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PC アーカイブ

2001年05月28日

ごきげんいかがですか?

ごきげんいかがですか?

突然ですが、私も自分のWebページを公開することにしました。

NHKのおしゃれ工房でホームページのつくり方を特集していて、HTMLの専門知識をもたなくても、ソフトが充実してきているのでけっこう簡単につくれるということを知ったのと、たまたま、ヤフー・インターネット・ガイドに、ホームページのつくり方の連載がはじまったことがきっかけと言えばきっかけ・・・。

でも、まだほとんど知識もないまま出発します。

不安もありますが、とにかく少しずつ勉強しながら、マイペースでとりくんでいこうと思っています。あたたかく見守ってください。

2001年06月10日

英語詩をコンテンツに追加!

きょうは体調をくずして“早引け”してしまいました。それでいて、ホームページの更新のためにパソコンにむかっています。

Word2000でもWebページをつくれることがわかりましてさっそく書店で「Word2000でつくるホームページ」を購入して取り組んでいるところです。いまのところWebページの公開はWeb発行ウィザードを使用しています。

ふた昔前の自作の詩をコンテンツにくわえました。

当時、おなじサークルだった1年上の先輩たちとタイプライターであそびながらつくったものです。それで、英語の詩になってしまいました。和英辞典を引き引き苦労してつくった記憶が・・・。

ひさしぶりに読み返してみるとそのころの鬱屈がよみがえってきてあまりいい気持ちではないけれどいとおしい感じもします。

なお、先輩たちの詩も残してあるのだけれどもいちおう著作権がありますのでわたしの詩だけです。

2002年02月05日

忙しい年始でした

いつのまにか2月になってた……年末もいそがしかったけど、年始もなんだかんだとありました。甲府もご多分にもれず大雪を経験したんだけど、この前は予報がはずれてくれて助かった。そんな大事にならず、すぐ雪はみぞれにかわり、雨に変わり、その前に降り積もって残っていた雪の残骸もすっかりとけてしまって、歩道が楽でした。

そうそう、この間大事故があったのである。

私のパソコンのメールソフトはOutlook Expressなんだけど、数週間前から、送受信のあとフリーズしてしまっていて、いろいろまわりの知人に相談したら、ウィルスの可能性大だ、と言われてびびってたんだけど、「システムの復元」を決行しても、復帰せず、決意してリカバリーをしたんです。ところが、バックアップに失敗していたことが、いざ復元しようとしたときに判明して(単にバックアップすべきファイル類をしそこねていたのに、してると思い込んでいた自分がお馬鹿なんだけど)、大ショック。4日くらいかけて、1年間かけて少しずつやっていたアップデートをしました。それでも、それまで集めていたJPEGもパア。ソフトも再インストールしなきゃならなかったし……これもいい経験になったと思えば……思いたい。

2002年03月23日

待ちに待ったADSL開通!

2月26日に申し込んでから約3週後、3月18日にフレッツADSLが開通。

これまで56Kモデムのダイヤルアップでインターネットを楽しんでいたんですが、電話代が思ったより多額になって、これじゃあADSL契約して常時接続態勢をとっても同じじゃん! と決心した次第。

とにかく動画コンテンツのストレスのなさがいい。もちろん、ADSLなので、接続速度の安定性は保障されていませんから、遅いときもあるし、混んでるときは、ほんとにつながりにくくってしょうがないときもあるけど、56Kモデムのときで最高7KB/S、平均4KB/Sだったときとくらべたら、1.5MのADSLなら、(この前でたので)最高150KB/S、平均(たぶんいまのところ)80KB/S。雲泥の差である。

これまではめったにのぞかなかったストリーム配信のニュースコンテンツとかをのぞいたりして、朝刊より先にテレビで見ないで、こっちのコンテンツで見て知ったりして。

電話代を気にせずインターネットを楽しめるのがとてもストレスなくていいですね。

2002年04月06日

Internet Explorerの不調に悩まされるきょうこの頃

まったく……数回の再インストールの苦労の末、スキャンディスクも完了し、ディフラグもようやく無事完了し、これでもう大丈夫と思ったのに、けっきょくきょうも不調。途中で強制終了するはめに……

これで原因がわかる程度の知識があればいいんだけど……それがないために、よけいイライラしてしまう。どういう加減でしょうか

ADSL導入直後からなんだよなあ。なんか関係あるのかなあ。同僚にUNIXをOSにしているヤツがいて、相談してみたんだけと、やっぱりよくわからない。この間やったことといったら、バージョン6へのアップデートくらいなんだよね、Internet Explorer関係では。あと考えられるのは、キーボード操作でなるべくやってるから、ひょんに、キーボード操作でミスってたとか……

考えればキリがありましぇん……。

日本の地方都市で、こんなしょうもないことで悩んでいるうちに、世界はたいへん緊迫していました。

パレスチナにイスラエルの軍隊が押し寄せて、なんと、アラファト議長が監禁状態だと!!

つい1年前までの平和への努力はいったいどうなってしまうのか。水泡に帰するのか。アメリカがまるで自分を「世界の警察官」気取りで、巨大な軍事力を大展開している一方で、なかなか苦労はしているけれど、国連ががんぱってる。それも、旧東側にも西側にも属さなかった、アジア・アフリカ・中東中心の「非同盟(つまり軍事的同盟には組みさないってことね)」諸国のねばり強い、非軍事的解決への努力の影響……。

日本ってさあ、マスコミは欧米配信のニュースを主に流すでしょ。でもさあ、日本って、昔から地域的には東北アジアに属しているし、文化的にもかなり大きな影響を受けてきたわけよね。いまの、一面的にみれば、とても緊迫した情勢のなかで、それでも、困難な状況を切り開いてゆける可能性、というか方向性みたいなものをしめしてくれているのが、東南アジア、中東の非同盟諸国の動向、外交姿勢だと思うわけです。

いつのまに、日本は、根無し草になってしまったんだろう……。アジアからは世界第2の自衛隊のもつ軍事力が脅威とみなされ、アメリカからは中途半端な外交姿勢をののしられ、ヨーロッパからは、「どうせアメリカのいうことと同じだもん」ってかんじで無視されて……。明治のあの維新は、たしかに日本を「変えた」けど、ドイツ・ナチスよりもイタリア・ファシスト党よりも早く、完全な軍国主義で、ずんずん、同じアジアの同胞に銃をむけ、相手かまわず発砲しつづけてきたわけで……。あの明治から昭和20年までのゆうに70年余の時間が、日本をアジアの根無し草にしてしまったんじゃないのかなあ……

2002年08月03日

“ファイヤーウォール”の大切さがよくわかりました

常時接続態勢にしてから、しばらくたってるのに、いまさらのようなことをほざいておりますが、さいきん、あらためてファイヤウォールは不可欠だということを思い知りました。

というのも、ここ1週間くらい前に、プレインストールされていたヴィルススキャンが期限切れになってしまって、このままでは、新しいウィルスに対応できないから、ウィルススキャン・オンラインの購入をおすすめします、とかなんとか言われたので、購入したんです。そしたら、ファイヤーウォールとか、プライバシーサービスとかのソフトの紹介もあって、「インストールしておいたほうが安全性が高まります」と指示があったので、言われるがまま、とりあえず、無料の30日間お試し版をインストールしたんです。

そしたら、な、なんと、インストールした初日だけで2回、次の日には4回、その次の日には5回くらい、外部から、私のコンピューターに入り込もうとした形跡が知らされていました。その時点ではブロックされたのですが、これまで、なんど、探られたんだろう、と考えたら、ほんとに常時接続状態って、こわいなあと思ったんです。

このファイヤーウォールソフトには追跡機能があって、どこのコンピューターが接触しようとしてきたかが分かるのですね。それで試しに追跡したら、上海とか、ドイツのなんちゃらとかいう町とか、アメリカの南東部の町とか、オーストラリア北部の町とか……。げげっと思いましたよ。

ハッカーと呼ばれる人たち、あるいはグループというんでしょうかね、そういう人のことを聞いたことはあったし、ファイヤーウォールという言葉は知っていたけれど、これだけ、外部からの接触に、自分のコンピューターが無防備状態だったということを感じたことはありません。

お試し版で、その不可欠さが十分わかったので、30日後にはさっそく正式版(?)を購入するつもりでいます。

2002年11月26日

CGI設置

きのうの雨がウソのように晴れ上がった甲府盆地でした。定休日だったもので、ちょっと遠出して、市内大手の書店まで足をはこびました。

CGIで設置できる検索フォームがおまけについていそうな本を探すためです。

KENTさんの本が刊行されていると聞いたので、これ幸いと思ったんだけど、頼みのKENTさんの本に掲載されていた「検索エンジン」というのは、「Yahoo」とか「Google」みたいなもので、サイト内検索のフォームではない。

ほかにないかと探していたら、ありました。「とほほのWWW入門」の杜甫甫さん作のフォームをもとに、CJ-Clubさんが発展させたものだそうです。さっそく、そのおまけ本を購入。

ついでに店の奥に足をはこんだら、かの『ハリー・ポッター』シリーズの第4巻目、『炎のゴブレット』がどっさり山積み。

お金ができたら買おうと思っていたから、「ええい!」と買ってしまった。

その勢いで、瀬戸内寂聴さんの『釈迦』も買っちゃった。

しばらく外食は控えねば……。

帰宅してさっそく検索フォーム設置にとりくみました。

途中まではたいへんわかりやすく、簡単だなあと、さくさくすすんだのですが、さて、検索されたファイルにしめされているURLに入ろうとすると、「あれ、URLがちがう!」……。

実は、BIGLOBE、途中からサーバーをCGI設置専門のやつと、通常のWebページ用のやつに分離したのです。すると、CGIのファイルをおいたところから、検索されたファイルにもどろうとすると、一番あたまに、“cgi”っていうのがついてるもんで、

http://www5c.biglobe.ne.jp/~kyawa/capital/vol1/ch01.htm

に入ろうとしたのに

http://cgi.www5c.biglobe.ne.jp/~kyawa/capital/vol/ch01.htm

にリンクしてるから、入れない……。ううっ……。

こりゃ、本格的にCGIを勉強しないと、ダメかなあ。こういうときに応用きかなくなっちゃうんだよね、基本を知らないと。

2002年12月31日

あした、おめでとうというあいさつに違和感ないかしら

ようやくひとごこちついたなあ。年末のいろいろもとりあえず切りがついて、きょうから年末年始休暇だ。

懸案のメモリ増設も完了。はじめ64MBだったメモリは、128MBを増設していたんだけど、今回、64MBと128MBを差し替えて、256MBとしたのでした。

それからスパーリングワインを買って、今夜は紅白でも観ながら、ゆったりワインをのみながら年を越すのだ。

相変わらず帰省すっぽかし。

なにしろ、盆と正月にはJRの割引きかなくなるんだもんなあ。せこいよね。結局、金がかかるという理由で今年の盆にも帰省しなかったし、つくづく親不孝だよな。

年末のテレビって、総集編とか歌番組ばっかりであまりおもしろくないんだよね。あと、ニュースもこの1年を振り返るとかいって、総集編っぽい編集なんだけど、こうやってみると、来年にむけて、北朝鮮問題といい、イラク問題といい、日本の不景気といい、20世紀の残り物がまだ尾を引いているかんじです。来年もしばらくは落ち着かなさそう。

2003年02月07日

Windows Media Player 9

きのう帰宅してWindows Media Playerのアップグレードを確認したら、9シリーズへのアップグレードが奨励されていたので、言われるがままアップグレードした。

アイコンがかわいくなった以外は、どれがどうグレードアップしたのか、実感わかない。

むしろ前に使っていた機能がどこにいったのかわかりにくくて、ちょっととまどってる。

新しくなったときって、たいがいこんなものかな。

2003年05月01日

Linuxに挑戦

怒涛の4月だった。夜8時まで候補者カーのアナウンスが凄まじかったし、前半の選挙でも後半の選挙でも投票日前の夜、アパートの周辺の激烈な候補者カーの宣伝競争も相当なものだった。5、6人の候補者のカー・アナウンスがみな「地元の○○です」と絶叫するのだ。

そんな騒動も落ち着いて、ひさしぶりにPCをいじくりたくなるサイクルがもどってきた。突然、Linuxを本格的に扱ってみたくなったのだ。

さっそくまずパーティションに初挑戦。「ループパックインストール」という方法を使えば、べつにわざわざパーティションを行わなくてもよかったらしいことが、パーティションをし終わった後になってわかったのだが。

結果的に、WindowsMeをインストールしているドライブに直接Linuxをインストールせずに、別のドライブにインストールする方がなれないOSを扱うのに、万が一のときの対処に最適だと思った。

「ノートブックパソコンではじめるLinux」という本と付属CD-ROMのおかげで、比較的安易にLinuxにふれることができた。本には丁寧にインストール方法が書いてあったが、それでも結局3回目にようやくインストールに成功。とりあえずの第一歩。しかしこれからがたいへんだ。

2003年05月03日

WinMe終了時の効果音

突然、WinMediaPlayerで音が出なくなった。何が原因か分からず、コントロールパネルを開いて音声設定をいじくっていたら、「既定の設定」という項目が出てきて、とりあえずそれでOKしておいた。

しばらくいろいろといじくって、さて再起動だと、終了コマンドを選択したら、あれれ? これまで聞いたこともなかった終了時の効果音が聞こえた。

初期設定からプレインストールされている「デスクトップテーマ」には、これまでいろいろ変更してみたことはあって、その効果音は聞いたことはあったけど、WinMe(たぶんオープニング効果音はWin2000もおんなじだったから、Win2000にも終了時に同じ効果音が当てられているのかも)の設定に、こんな印象的な効果音が当てられていたなんて、知らなかった。

2003年05月11日

Linux頓挫

挑戦したのは「Turbolinux8 Workstation(プロモーション版)」というディストリビューション。「ディストリビューション」という言葉自体、今回はじめて知った。

虎の巻である『ノートブックパソコンではじめるLinux―習うより慣れよう! Linux徹底活用方法!』によれば、「Linuxは、元々オープンソースとして配布されているソフトウェアを集めたものであり、そのようなソフトウェアの集合体にインストーラーや独自のツールなどを追加してインストールや管理を行いやすい形にとりまとめたものをディストリビューションとい」うのだそうだ。

このディストリビューションをインストールして、まずはコマンドをどう入力すればいいかでお手上げ。Windowsでいう「Notepad(メモ帳)」にあたるのが、どうやら「vi」というエディタらしいが、どうやって起動させるのかがわからないし、いろいろいじくってみて、なにやら起動するのだが、これがコマンドを実行できるエディタなのかがわからない――こういう超超初心者にとって頼みの綱は、身近のUnix使いだ。

さっそく同僚に相談してみたら、なんのことはない、“Turbolinux8 Workstation”では“X Window System”によって、とてもグラフィカルな操作が可能なのだ。Macのようにマウス操作によるコマンド実行が楽に行なえる。「ターミナル」とよばれるアイコンをクリックすると、コマンド実行のためのエディタがたちどころに立ち上がる。そこからコマンド入力すればよかったのだ。

さて、つぎはネットワークの構築だ。はたしてこれまで使用していたフレッツADSLのルーターやPCカードで対応できるのか? いろいろネットで調べて、フレッツADSLのサポートサイトから、Linux対応の接続ツールをダウンロードしたりしたのだが、結局、それは使わなくてもいいことが判明。すでにTurbolinux8 Workstationにふくまれている“rp-pppoe”というADSL接続のためのソフトを起動させ、設定すればよかった。さいわい、カードは認識されていたので、「Packet」というNTT Communications代理店のお助けサイトの説明どおりに設定をすすめると、接続!

ところがである。虎の巻本にしたがって、インストールしたCD-ROMに付属していたアップート・パッケージをインストールしたら、ADSL接続に不可欠のPCカードを認識しなくなるのだ。いくらやってもダメ。結局、再インストールすること3回。なにが原因かわからない。とりあえず、ここで頓挫。

2003年05月16日

Linux再開

きのうのIraq Body Countについての記述で、「ミニマムで4800人」と書いたのは「マキシマムで」のまちがいだった。

さて、TurboLinux8Workstationに再挑戦。

グラフィカルなインストール画面で進めていると、パーティションのところでとまどってしまうので、テキストモードのインストールをやってみたらうまくいった。

これはテキストモードじゃなくても、チェックを入れればよかったんだけれども、これまで何度やってもサウンドカードがうまく起動してくれなかったのだが、自動認識されたサウンドカードを「読み込まない」として先に進むと、うまく音が出てくれるようになった。

今回はWindowsのパーティションとは完全に別個のパーティションにインストール。FDでブート起動する必要がなくなって、最初に、Windows(DOS)で起動するか、Linuxで起動するかを選択できるようになった。

2003年05月19日

ひきつづきLinux

とりあえず、起動と終了のコマンドを覚えた。……って、なんか情けないくらい初心者だよなあ。コマンド入力にいかに慣れていないかを実感……。

あと、ようやくダウンロードしたアイコンを設定できた。あと、デスクトップテーマと。カーソルをなんとかカスタマイズしたいんだけど、まだ成功してない。どうやるんだろう? KDEのカスタマイズのための素材・テーマサイトに、カーソルもいっぱいあって、いくらでもダウンロードできるんだけど、設定方法が分からない。説明書きがあるんだけど、読んでもよく分からん。「コレコレこういうディレクトリをつくりなさい。そこにコレコレこういうファイルとディレクトリをおくんだよ」と書いてあるんだけど、そのディレクトリをどのディレクトリにおけばいいのかが、まず分からん。……ほんとに、情けないくらい初心者だよなあ。

それでも素敵なアイコンをカスタマイズして、素敵なデスクトップ画像をカスタマイズできたことに、まずは満足……しておこう。

2003年05月26日

RedHatインストールの顛末その1

TorboLinuxのインストールに成功し、ADSL接続に成功し、本格的にLinux関連サイトをサーフィンでき、RedHatのサイトを閲覧。

あ、その前に、KDEのサイトで、そのデスクトップテーマの美しさに感動したのだった。なんとかKDEの最新バージョンを獲得しようと、rpmパッケージを四苦八苦してダウンロード、インストールを試みるも、依存環境の不具合でアウト。あきらめて、そのままにしておいたところに、別の同じ系列のディストリビューション、RedHat9のリリースのニュース。

これまで常時接続態勢の恩恵は、Appleのムービートレイラーサイトを閲覧するときだけだったけれど、今回ほど、ブロードバンドのありがたさを実感したことはなかった。

なんといっても、RedHat9という、ボリュームたっぷりのディストリビューションを、完全ダウンロードできるのだから……。isoファイルというのもはじめてだったけれど、そのファイルで完全なCD-ROMができあがったのにも感動した。それに、インストールしたあとに起動したデスクトップの美しさ。

しかし、これにあきたらず、フルパッケージのインストールのために、パーティションをしなおそうと試みたところから、思わぬ苦難が待ち受けていたのだった。

2003年05月28日

RedHatインストールの顛末その2

私のパソコンはNECのLaVieUで、OSはWindowsMe。

再セットアップ用の起動ディスクでブートすると、パーティション可能なカスタムモードが用意されている。この際、すっぴんからはじめてやれ、とRedHatのパーティションをふくめてすべてのパーティションを切りなおしてセットアップ・プログラムをすすめた。

フォーマットが終わり、バックアップCD-ROMからファイルをインストールし、さあ再起動。お馴染みのNECロゴが表れたところまではよかったが、しばらくすると、テキストモードで

GRUB

とだけ書かれた画面に……。コマンドを知らない私は、そこで作業をストップせざるをえなかった。

GRUBはLinux仕様のブートローダらしいので、もう一度RedHatをインストール。なんと、これまでWindowsMeがプリインストールされていたのに、こんどはメインOSがLinuxのディストリビューションに……。

そして起動。でもLinuxは認識しても、DOSのパーティションは認識してくれない。ブートローダーの再インストールの方法をまちがえたか……。

私の知識ではそこまで。虎の巻にはLILOというブートローダーのことは書いてあったけど、この通りにしたものかも判断がつかない。UNIX系OSを使っている知人に相談してみることにして、その日の作業は終了。

2003年05月29日

RedHatインストールの顛末その3

UNIX系のOSのなかで、その知人が使用していたのは、FreeBSDとよばれる系統のものだそうで、かれのブートローダーは、LILO。

「GRUBについてはよくわからないし、自分の知識がLinuxにすべて適応できるか心配だけど……」

と言いながらも、わざわざ自宅まで出向いてくれて、GRUBの.confファイルの書き換えに成功。めでたくDOSが起動してくれた。万歳!

お馴染みの起動ロゴが表れたときの、あの感動はいまも忘れることができない。

とにかく、この顛末をとおして学んだことは、まさに、

「習うより慣れろ」

ということ。試行錯誤の甲斐があって、GRUBのこと、manコマンドというヘルプ参照コマンドはたいへん重宝することが分かったことは、私にとっては大収穫。

その後、WindowsMeの起動ディスクを作っていなかったことが最大のミスだったことが判明し、しっかり起動ディスクを作った。これで起動し、虎の巻に書いてあったLILOのアンインストールコマンドで、GRUBもアンインストールすることが可能だったことを知った。

いまの私のパソコンのHDDは約20GB。そのうちの半分をRedHat9にあてている。ほかの部分は、25%をWindowsMeに、25%をWindowsMeの拡張ファイルシステムとしてオリジナルファイルやダウンロードしてきたファイルの格納にあてている。

いまやノートパソコンでも40GBとか80GBという大容量のHDDがあたりまえになってきているけど、ほんと、いくつもパーティションをつくれるよなあ。

私はいまのところ、TV録画とか、大容量動画ファイルを格納する予定がないし、20GBというHDDは十分“大容量”である。

2003年06月02日

リニューアル!

これまでWord2000でHTMLファイルを作成してアップロードしていた、わがサイト。今回、大リニューアル完了!

Wordによるタグを一掃。表によるレイアウトをなくして、FLOATタグと、CSSですべてレイアウトした。

かなりの苦労があったし、Netscapeだと、Internet Explorerでは反映していたレイアウトが、くずれてしまうという目にもあって、なにがどう関係しているのかを解明するまで、かなりの忍耐力を要した。

今後も改善の余地はおおいにありそうだが、とりあえずのリニューアルを終え、今回、アップロード完了。

2003年06月15日

IBC Web Counter設置

Netscapeでは画像レイアウトがズレまくっているが、とりあえずCenter指定は成功したのでアップロード。

とにかくなんとかリアルタイムで現状を知りたかったし、たまたま私のサイトをのぞいた人に、知ってもらいたかったので、カウンタ設置を試みた。なんとか成功しているようだ。

2003年06月17日

すばる望遠鏡サイト提供のスクリーンセイバー

すばる望遠鏡のWebサイトのURLは
http://www.subarutelescope.org/

ここから最新ニュースのページにリンクすると、スクリーンセイバー提供の案内がある。そこからダウンロードさせてもらって、さっそくインストール。

すばらしい。

すばる望遠鏡の技術的概要の紹介もそつがないし、その技術的発展によって、マウナケアに設置されている望遠鏡がとらえた映像が、かなり数多く紹介されている。

その映像の鮮明さ……ただただ溜息。

そしてハッブルの映像や動画より印象的なのは、「またたき」である。マウナケア山頂から、大気を通して見ている天球がスクリーンセイバーでも再現されていて、星がまたたいているのだ。もう、ただただ感動して、スクリーンセイバーが早く起動するように、省電力設定を変えてしまったくらい。

一度お試しあれ。

2003年06月18日

Chanson Update

「桜んぼの実る頃」という歌は、「紅の豚」で加藤登紀子が歌った。彼女の歌声は私は好きではない。私の印象とまったくちがう歌い方しか聴いたことがないからだ。どの歌も。

オリジナルを誰がはじめに歌ったのか、記録がわからない。コラ・ヴォケールも歌っている。彼女の歌だったら、ぜひとも聴いてみたいものだ。どのように歌い上げたのだろう。コラ・ヴォケールがオリジナルで歌ったのが、やはりシャンソンのページに掲載している「サントロペへはまいりません」(一般的には「サントロペの思い出」)である。この歌の作詞は彼女の夫だ。

さて「桜んぼの実る頃」の歌詞を作詞したのは、なんとパリ・コンミューンの闘士だったそうな。発表されたのは1866年とのこと。それで、訳詞を途中まで現代語ですすめていたのを、文語調に訳しなおしたのだ。

文法的に気になるところもあるし、訳の上で、「あれ? ちょっとちがうかも」と思うところもあるから、またアップデートするかも。

2003年07月15日

Google検索フォーム設置

1年ほど前だったか、Googleのディレクトリ検索コーナーに、わが「資本論を読む」のページをリンクさせてもらえたのだが、こんどの大幅リニューアルを機に、検索フォームを設置させてもらった。画像はGoogleサイトにリンクしている。

Kyawa's Pageのトップページと「資本論を読む」の目次ページにフォームがあります。

2003年07月22日

検索フォーム設定奮闘中

CJ-CLUBさんがフリー配布しているサイト内検索フォーム(とほほのWWWサイトのWEBMaster杜甫甫さんのCGIをもとに作成されたらしい)で、膨大な文字数となってしまった「資本論を読む」内を検索できるフォームを設置しようと奮闘中。

わからないところがたくさんあって、試行錯誤中。サポートBBSで訊きまくっているのだが、CJ-CLUBの方が丁寧に対応してくださっている。あと少しで設置までこぎつけるかも。

2003年08月31日

デフラグ試行錯誤

まったく「Windows Me.FAQ」様さまである。Cドライブのデフラグを試みると、10%ほどのところで再起動を繰り返し、挙句の果てに「一部にアクセスできない部分があるから、『完全』スキャンをほどこして再度挑戦せよ」というような指示が出て、その通りにやっても、結局同じように、10%までいったところで……。

「これは典型的な悪循環というやつだ。再セットアップしかないのかも」とまで落ち込んだけれど、そこはそれ、これまで数回の再セットアップを行ない、結局あまり得策ではなかったことを思い知っている私であったから、なんとかならんかと粘った。

こういうときは「虎の巻」本よりも、サイトを検索して助言を願った方が得策だというのもこの間悟ったところだったので、さっそくGoogleでサイトをさがしたら、先に紹介したサイトにヒットしたのだ。

「目からうろこ」とはこのことかと思ったけれど、デフラグという作業は、C:\Windows\Applogフォルダにあるファイル情報によって正常に行なわれるもので、ファイルのでかさが気になるときには、デフラグした後に削除する、というのがセオリーだと思い込んでいた。ところが、このFAQサイトによれば、Applogフォルダ内のファイルのなかに破損ファイルがある場合、デフラグ作業自体が正しく終了しない場合があるとのこと。とくに「10%ほどすすんだところで、それ以上すすめないような場合には、Applog内のファイルを削除してみよう」とあった。びっくり仰天。「あ、そうなの?」ってなもんだ。

さっそくご指示通りに削除したあとにデフラグを行なったら、かなり時間がかかったけれど、これまでに比べれば格段に早く一気に終了。ありがたや。これで再セットアップの必要も、いまのところはまぬがれたか。

さて、しかし、今回のデフラグ、はたしてなんの情報をもとに行なわれたのやら?

2003年09月06日

PCはやっぱり「ブラック・ボックス」だ

無事終了したと思っていた「デフラグ」、実は終了できなくて途中で作業が放棄されていたことが判明。

Cドライブの「プロパティ」から「ツール」メニューに入ってみたら、「デフラグ」の項目にしめされている日数が増えていたのだ。「このドライブが最適化されたのは……日前です」という表示日数が。

それでもう一度挑戦してみたが、まず、「完全」モードの「スキャンディスク」が失敗してしまう。エラーを修復できない。それで「デフラグ」作業の途中でやはり「一部アクセスできないデータがあります……」とエラー表示される。

ここまでくると、もうなにがどう悪いのかわからない。2回試みた「スキャンディスク」でエラーが修復できなかった「クラスタ」は、1度目はOfficeアプリケーションに関わるファイルの部分、2度目はフォト・エディタ・アプリケーションに関わるファイルの部分。2度とも修復できないクラスタがちがうというのも、よく訳がわからない。

結局Dドライブは無事のようなので、Cドライブの再セットアップをした方がいいだろうと思う。いまのところ、通常使用しているアプリケーションには深刻な問題は起きてないのだが、比較的使用頻度の低いアプリケーションを使用中にフリーズしてしまうことが2、3度。これが破損クラスタと関係しているのかと考えてみたり……。

やっぱりWindowsって、私にとっては「ブラック・ボックス」である。

2003年09月08日

PC修理に出すの巻

あ?あ、やっぱり修理に出すことになってしまった。
結局ドライブへの書き込みに成功せず。正常なデータ書き込みができなくなってしまったようで、悪くすれば、ハードディスク本体の全面交換になるかも、というのは、修理に出したPC購入店のお兄さんの話。最悪1カ月はかかるって。

いまは近所の「まんが図書館」のなかの「ネット・ブース」を利用して書き込んでる状況。早くなんとかしたい!

2003年09月09日

IE5でみると・・・

相変わらず近所の「ネット・ブース」から入力してるんだけど、いやあ、別のPCでわがサイトを見ると、欠陥がよくわかる。ここのPCのIEのバージョンは5なんだけど、CSSのなかで効いてないスタイル指定がある。IRAQ BODY COUNTサイトへのリンク、Googleフォーム。CENTER指定がバージョン6だと効いていたのにIE5だと効いてない。なんで?

2003年09月11日

CENTER指定不可の理由

なぜインターネット・エクスプローラー5だとCENTER指定が効かないか、判明。TEXT-ALIGNの指定が必要だったのだ。でも、アップロードしようにも、こちらのファイルを展開するPCが手元にないし・・・。

とにかくPCが手元にもどってくるまでそのままほっとこ。

2003年09月16日

ネット・カフェは週1度に

とにかくカネがかかるし、だいたいメールのやりとりくらいしかできないし。「日記」を Web Diary にしておいてよかった。こういうときこのコンテンツだけは外から書き込みできるからな。

意識的に当日の日記には書かなかった2年前のテロ。ここ1週間ばかりどのメディアも特集してるから、避けようとしても耳や目にとびこんでくる。あの日の犠牲者はテロ集団によって殺されたんだけど、間接的な殺人者はアメリカ政府の傲慢な外交・経済政策だと思ってる。あの日の犠牲者の数以上の死傷者が、この2年の間に中東を中心に新たに増えてしまった。

それでも「世界は着実に理性的方向で打開しようとしてるんだ」と確信をもてるのは、当初日本やアメリカのメディアが予想していたのとはちがって、アメリカ中心の世界秩序づくりがうまくいってないから。

北朝鮮をめぐる国際協議も、主導したのは中国だったし、北朝鮮の滅茶苦茶な発言にも、韓国を含めた参加国代表が、たいへん理性的に対応したことにも、平和的解決をのぞんでいる強い意志と潮流を感じた。

孤立しはじめているのは、フランスやドイツ、非同盟諸国ではなく、アメリカや日本の外交政策だ。

NHK特派員め、ざまあみろ! あんたの予測はおおはずれだったぞ! 国内の大抵のメディアが「アメリカが国際外交を支配してゆくだろう」とふんでいたらしいが、それがいかに皮相な、おまかせ分析だったかが、いま明らかになりつつあるのじゃなかろうか。

2003年09月29日

PC復帰は当分先

大ショック。きょうPCを購入し、修理を依頼したコジマに「なかなか連絡こないんですけど、いつになりそうですか?」って訊いたら、な、なんと、ICボードも取り替えだと!

ほんとに本格的にダメになってたんだあ。メーカー側も部品欠品状態なので、10月中旬になりそうだそうで、当分PC復帰はない・・・。

しかし、ひさしぶりにIBCのカウントを見て、その数の凄まじさにびっくり。マキシマムで1万になろうとしている。国会がはじまって、再選されて「堂々と」答弁にたつ小泉首相。ぶんなぐってやりたくなった。本気で自衛隊をイラクに派兵する気だ。大義もくずれさって、まさに侵略占領というしかない状態の米英軍といっしょになって、占領地域に派遣される自衛隊員の身になってみろってんだ!

この前の、米兵が酔っぱらってベンガルトラを撃ち殺したというニュースも、「なにをやってるんだ」と思うのと同時に、「酒でも飲んでないとやってられないっていう雰囲気なのかな、やっぱり」なんて思ったりもした。解放軍として歓迎されるつもりでいったのにねえ、当の米兵たちは。やってることは客観的に見たら、国際的常識からいって、どうみたって侵略軍以外のなにものでもない。

2003年10月17日

待ちに待ったPC復帰

最短でも今月20日までは待たなければならないかと覚悟していたが、きょうの夕方、コジマから連絡があり、PCが手元にもどってきた。

さすがにもとの状態にもどすまでには3時間以上かかったけれど、苦にならないものだ。ようやく自分仕様のPCが手元にもどってきたのだから。

職場で借りていたのはOSがWindowsXP。安定性では定評のあるOSだったが、やはり使い慣れている自分のPCのOS、WindowsMeの方が勝手知っていていい。

「資本論を読む」ノートもようやく本格的に再開できる。

2003年11月15日

大きな買い物

とうとう買ってしまった。WindowsXPのノートパソコン。

ローンの終わったPCのBIOSが起動しなくなってしまったのが、もっとも大きなきっかけ。この前修理にだしたばかりだったのに、この1カ月でまた修理にだすハメになってしまったからだ。

1カ月1万数千円の12カ月ローン。大きな買い物だけど、しょうがない。

さて、上記を書き込んだのは午前1時すぎ。

それからきょう1日、秋晴れの天気で昼過ぎまでは暖かかったのが、いま午後11時半、外は雨。それに気温も夕方から一気に冷え込んできた。

もう鍋の季節だ。焼酎のお湯割りがよく合うし。さいきんちょっと飲みすぎの気味があるので注意しようっと。

そういえば、きょう近所の本屋に注文していたコミック本が届いたとの知らせ。高口里純さんの『伯爵と呼ばれた男』。白泉社発行のコミック本の1?4巻までもっていて、それで完結しているのかと思いきや、5巻目があったのを、ご本人からHPで指摘されて、あわてて注文したら、白泉社ではすでに品切れとのことで、双葉社発行の全3巻本のうちの第3巻目だけ注文していたのだ。これで高口さんにも面目が立つと言うもの。

2003年12月02日

コジマから連絡

待ちに待っていた電話あり。
コジマに2回目の修理に出していたノートPCの件である。なんとやっぱりマザー・ボードの不調によるものらしい。前回取り替えたばかりなのに・・・。店員さんの話では、(ノートPCはNECの製品なのだが)「あちらもこの間修理したばかりだということで、無料で再度ボードを取り替えさせていただくということでした。ただ、やはり部品を取り寄せるのに1週間ほどかかるようです」とのこと。店員さんもかなり強く「抗議」してくれたようで、なによりこれ以上の修理代負担がないということがありがたかった。それに今回はHDDの取替えは必要ないので、データはおそらく無事だろうとのこと。でも万が一消えてしまっても、仕事関係の重要データは、修理に出す際に確認して、無事にバックアップしてあったことが分かったので、「もし万が一消去することになっても大丈夫ですから」と伝えておいた。

とにかく二度と不調のでないような状態でもどれば、それにこしたことはないから。この際、徹底的に修理してもらおうっと。

2003年12月08日

修理にだしていたPC復帰

ようやく手元にもどってきたわが初代PC。
WindowsMeのノートPCが、データそのままでもどってきた。ありがたや。マザーボードを取り替えたものの、再修理(それもたった1カ月で)のケースだったので、手数料はいっさいなし。ありがたや。

そんな気持ちを予兆していたのか、今晩の空は、すこぶる「秋晴れ」のよい夜空。月は満月に近い。月齢がいくつになるかはわからないけど。風が午後から強かったから、雲ひとつない。文字通り、煌煌と月影するどし。

だって、自分と自転車の影が、くっきり。月明かりで道が明るい。昔の人は、こういう月明かりで秋の夜長を過ごしたのかしら・・・とふと想像したりした。

世間はむごいことが多いけれど、卑近な事柄ですみませんね。私のPCは、職場用(Office Application主体)と自宅用(BroadBandなどのInternet主体)に使い分けるようにしよう!

2004年01月10日

NASAのWebサイト

たまたまひさしぶりにNASAのWebサイトをのぞいたら、そのまま火星探査機「スピリット」の特設サイトに入った。

びっくり。

スピリットが火星に着陸し、地球のセンターに画像を送ってくるまでの、センター内の息詰まるような緊迫感と、成功へのはじけるような喜びが伝わってくる動画を観ることができた。

2004年01月16日

Yahoo!登録

ようやくわが「資本論を読む」のコーナーがYahoo!のカテゴリーに登録されそう。

きょう夕方、その旨、サーファーチームから通知メールあり。

何回申請したことか。なかなか受理されずに2年くらい経ってしまったもんね。Googleに続いて、Yahoo!にも登録してもらえて、なんだかようやく一人前のサイトとして認めてもらえたような気がしてうれしい。

2004年03月14日

母からの2通目の絵葉書

だいたい着いてから数日経ってからだったのだが、郷里の母に電話した。

相変わらず「絵葉書」教室でがんばっているようで、2通目の葉書も、なかなかの出来だったから、けっこう才能があるのかも。「親馬鹿」ならぬ「子馬鹿」か。

母の葉書に触発されて、2年前に購入した絵描きソフトとタブレットを押入れから引き出して、2台目のPCに接続。XP対応でよかった。タブレットのペンの感度を自分仕様にするのに、かなり手間取ったけど。

まだまだ自由に手になじむほどではないけれど、そのうち慣れてくるだろう。

そもそもプリンタがLPTポート専用なので、USBポートしかない2台目のPCでは、プリンタを使用できない。母への返事は、手書きで挑戦してみよう。

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