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生活 アーカイブ

2001年07月03日

モモの砂糖煮

ふるさとからとどいたモモの砂糖煮、きょう、すべて平らげました。

べつにモモの産地っていうわけじゃないんですけど、庭にけっこう大きなモモの木があって、そういえばこの時期、たくさん実をつけてたなあ・・・などと、ふるさとの家の庭を思い浮かべたものです。

きのう、仕事でお会いした音響・イベントデザイン会社の社長が「小泉さんの“不良債権処理”がやられたら、日本経済は失速します」とおっしゃっていました。

ちかくのソニー関連の会社では親会社の“合理化”のあおりをうけて、自らの会社の経費節減のためということで、取引しているガソリンスタンドやら、土地の借主やらに単価の切り下げ、切り上げを通知しているとか。

結局、割をくうのは、下請け、孫請けの中小業者と、そのまわりにある取引業者なんですよね。

2001年09月08日

部屋がたいへんなことに!

8月の終わりごろから、河口湖町に出張中。

となりの富士吉田市の御師の家に泊めてもらっている。子どもたちもはじめのころはじゃれついてきていたのが、もうさいきんは落ち着いてきて、空気のような存在になりつつあります。

きのう、甲府の家に帰って、びっくりした。台所の天井にはってあるシートがはがれて、天井から土が落ちてきていた。このしとしと雨で、ふやけていたのでしょうか。コーヒーメーカーも土ぼこりまみれ。冷蔵庫の上、レンジの上も……。とりあえず掃除機をかけた。なにせ、翌朝には、また河口湖行きであったから、一度手をつけだすと、長引きそうな作業はしない!

そういえば、冷蔵庫の中身も、そろそろくさってきていたっけ。野菜なんか、ながくほうっておいたから、水になりかけていました。

2001年11月04日

回覧板に自衛隊員募集チラシ

みなさんの地域自治会でも回覧されているのでしょうか?
2日前、玄関においてあった回覧板のなかに「中学から進む自衛隊生徒」という題名のチラシが入っていたんです。これを知ったのは、となりの組にお住まいになっている元県会議員のお宅におじゃましていたとき。奥さんが「まるで、むかしの予科練ね。まったく……」とあきれていましたけれども、時期が時期でしょう? つい先日には“自衛隊戦争派兵法”ともいえる「テロ特措法」が参議院を通過してしまいましたので。徴兵制という言葉がふっとうかんでしまいました。

2002年02月26日

灯油いらずの冬でした

いつのまにか梅が九分咲き。このまんま春になっちゃうのかな……そんな暖かさが続いています。近所の農家のおじさんなんかは「異常だね」といっていたから、生き物を育てている人からみても、最近の陽気は、手放しでよろこべないんでしょうね。

しかし、この暖かさで体調は回復に向かっている。まわりじゃ、「花粉症」の人が多くて、苦しい季節になったようですが。そういえば、私も以前「花粉症」の症状がひどかったけど、このところ全然でてこないなあ。体質が変わったんでしょうか?

それはそうと、なんと、これまでストーブに火を入れずに過ごしています。つまり、この冬、灯油を買わずに過ごしたということ。昼間は職場でぬくぬくしてたから、そんなに困ることはなかったし、帰ってからも、炬燵で十分でございました。こんなのはじめてだな。それだけ暖かい夜が多かったってことかな。やっぱり、温暖化の影響なんでしょうか。異常です。でも、灯油代は助かりました。

2002年06月06日

夏が近づくと一番イラつくこと

蚊。
こいつがなんでこの世に存在するのか、ぜったい許せない。

もちろん、どんな生きものだって、それぞれの存在には必然性があって、そう生きるべくして生きてるってことは頭ではわかってるんだけど、こいつだけは、生理的にどうしてもダメ。

なんで血を吸うの?

それも、かゆくなるんだよね。なんで?

それも暑くて肌を露出する時期に重なっているわけよ。この4、5年、夏になるたびにこいつに悩まされて、夜なんか、あ、ようやく眠れるって気持ちよくなってきたときにかぎって、ウーンって……。

それで、もうダメ。もう目がさえちゃって、バチっと電気をつけて、どこにいるのか辺りをうかがうんだけど、なかなかみつけられないし、私はけっこうドンくさいから、パチって殺そうとしても、なかなか殺せないんだなこれが。それで、運よく命中しても、あとからあとから湧いて出てくるし。

とにかく、血を吸われるってのと、かゆくなるのと、あの羽音さえなければ、どうぞ、存分に繁殖してくれって!

2002年06月20日

あったまにきた!!

さいきん、いらいらしやすくて、ドクターに相談して、安定剤を処方してもらっていたのが、ここしばらく落ち着いていたんです。
ところが、きょう、もう、ほんとに腹の立つことがあって……

実は、はずかしながら、この歳で、「ポポロクロイス物語」というゲームシリーズにはまってまして。キャラがかわいいんですね。そして、ストーリーが連続していて、先を知りたくなるのと、ゲームの操作性が私くらいにはピッタリだったということがありました。

待ちに待った最新シリーズが発売されて、ネットで注文したのが、今朝の8時に“SAGAWA”さんがもって来てくれたらしいんです。たまたま、きのうの夜から宿直だったもので、帰宅してからさっそく配送センターに連絡をとって、持ってきてもらったんですね。

ところが……。台所で洗い物をしてると、突然、どなり声がして、「なにものだ?!」と思ったら、その“SAGAWA”さんだったんです。朝、メモを残してくれた人とは別の人らしい。40代の男性でしたけど、まず、「不在票、あった?」と、こうタメ口で来たわけ。「なんだ、こいつ」と思ったし、「あったから連絡したんじゃん」と思ったから、「へ? はあ、ありましたよ」とこたえたら、「朝一でとどけたらしいよ」……

「なにか? 私が朝起きられなくて、いたのに出なかったとでもいいたいのか?」……そう思いたくなるくらい、詰問調の言い草でした。「宿直でね、いなかったの」……腹立ちをかろうじて押さえながら、もう敬語をこっちが使うこともないからと思って、そう答えて、「ハイ、ごくろうさん」って、サインして、そうそうに出てってもらいました。

しかし、どうにも怒りがおさまらない。プレステに、事情を伝えて、「二度とSAGAWAは使わないでほしい」旨、メールしようかと思ったんだけど、まずは、“SAGAWA”に電話しました。

“タメ口で、そのうえ、こちらの責任でまたとどけに来なきゃいけなくなった、みたいな風に言われて、非常に気分を害した。ついては、もう二度と、SAGAWAを使わないように、とくに私のところには、使ってくれるなとプレステに言おうと思っている”

こういう電話でした。そしたら、折り返し、別の男性から詫びの電話がありました。

でも、こういう思いをしている人って、けっこういるんじゃないのかな…。私の場合は、気性がはげしい方ではけっしてありませんが、さいきん、イライラしやすくなっていたところに、きょうの一件でしたから、こんなになっちゃったんですが。

もう! せっかくの「ポポロクロイス」到着のよろこびなんか、これでふっとんじゃいました!

2002年06月27日

ねずみの餌場と化した台所

なんと、ウチの台所にさいきんデッカイねずみが出現しておりまして、流しのゴミ受けのなかに残っちゃった野菜くずとか、ゴミ袋のなかのトウモロコシの食べかすとかをあさっているようです。

ようです……っていうのは、現場を目撃できてないからです。形跡はハッキリ。なんたって、フンが残されているのだ! ねずみのフンが! 家主より栄養とってるんじゃなかろうか。

職場でその話をしたら、上司から「ねずみの相撲の話、知ってるか」って、聞かれたんです。そう、昔話にあるんだよね。貧乏な家のねずみと裕福な家のねずみとが相撲をとるっていう話。貧乏な家のねずみは、家がそうだから、食べるものが少なくって、痩せてるわけだ。家主が「これじゃかわいそうだ」ってんで、わざわざ力モチをついて、食わせて、相撲にのぞませるっていうお話。その上司が言うのに「食うもんがあるのか」だって! 失礼(?)しちゃうよ! って、なにが失礼なんだか…まあ、そんなこんなで、ある日、ゴソゴソ音がするからのぞいたら、そのねずみと遭遇しちゃったんだけど、でかかったあ。あんなにでかいとは思わなかったから、びっくりした。

むかしよく、“ねずみにふまれるなよ”っていわれたことがある。なんか、ふまれそうだなって思うくらいのでかさでした。

ねずみって、セッケンを食べるんですね。

水道の蛇口にミカンのネットでくるんだセッケンをつるしてあるんだけど、そのセッケンがツルリと落っこちちゃうんですね。ネットもセッケンも齧られちゃって、ゴロゴロしてるんです。あれえ? と思ってつぎのネットにくるんで結わえなおしたあともそうだから、ようやく気がついたんですが…。

おいしいのかな?

2002年08月22日

さいきん楽しみにしてるテレビ番組

とくにNHKのニュース番組にはとんと期待してないのはもちろんだけど、さいきん楽しみにしてるのが、朝の連続テレビ小説ね。

いまは「さくら」ってのをやってます。それからそのちょっと前に、NHK教育で放映してる「おじゃる丸」ね。いまは朝の楽しみと言えば、おじゃる丸を見て、すぐ「総合」にチャンネルを切り替えて「さくら」を待つわけ。その間に流されるニュースに、毎日立腹している日々であります。そのことは、追々、気が落ち着いたら、このページにも書き込みます(って、さいきん散々書き込んでるけどさ)。

それから、さいきん夜、楽しみにしてるのが、やっぱりNHK教育の番組で、アクターズ・スタジオ(かの有名な。わたし、あこがれてました。スタニスラフスキー・システムとか、ストラスバーグとかによって確立された演技実践原理)がプロデュースしてる、著名俳優へのインタビュー・シリーズ。勉強になるし、人生訓っていうのか……そういうのに。

個性があるのね、みんな。出演する人それぞれに。それがまたいいんだよね。スクリーンでは見られない、素の俳優の個性が垣間見られて(っていうのも、一応、カメラがまわっているわけだし、まったく演技してないわけないじゃない)。

あ、いま、むかあしむかしに購入して読んだ『メソード演技』(エドワード・D・イースティ著、もちろん翻訳物)を開いたんだけど、いっぱい線が引っ張ってある……。なつかしい。

実は私、かの『ガラスの仮面』に影響されまくりまして、高校生のときに演劇部に所属し、大学でも演劇に手を染め、そのために、生活破綻を期してしまった典型的人間なのであります。大学生活けっこう長かったあ。

2002年11月05日

こたつの季節に

11月にはいったとたんに寒さをツーンと感じるようになったのは、気のせい?
とうとうコタツをだしちゃいました。今年もストーブなしで過ごせるように、がんばってみよう。

こうやってみると、前月の中旬から半月以上ご無沙汰していた日記。

その間に、寒い話と感動的なシーンに出会いました。

まず、泣けてしょうがなかったのは拉致されて24年ぶりに帰国できた5人の人たちのこと。とくに曽我ひとみさん、お父さんと抱き合うシーンには、何度も涙しました。

しかし、いまそれぞれに、24年間の歳月の長さの残酷さを見ているような気がします。24年間にきずきあげた新しい生活、そのなかできずきあげた家族…一日も早く、家族といっしょに暮らせるようにという、曽我さんの切々たる訴えに、また涙してしまいました。

そのためにも、日朝国交正常化交渉が成功することを期待してます。

あと、寒い話は、イラク攻撃を是が非でもすすめようというアメリカの動き。

イスラム諸国の反発はすさまじく、ゆうべのニュース特集では、パキスタンというイスラム教徒が多数の国のなかで、キリスト教徒が暴力を受けているという、なんとも痛ましい話も。

でも、もっと寒かったのは、その状況についてのアナウンサーのコメントの方でした。

“汝隣人を愛せよ”の精神で、なんとか打開してほしい
というもの。あきれて一瞬、開いた口がふさがりませんでした。
言うんだったら、これまで共存できていた人びとの間に憎しみのタネをまいた根源についての言及があってしかるべきだったと思うんです。

イラクとアメリカとの摩擦は、宗教紛争では、けっしてありません。世界のあらゆる国ぐにが、おのおのの国柄をみとめつつ、平和的に共存できる世界をというのが、第二次世界大戦後の国際ルールの根本にあったはず。それを難癖つけて、根こそぎなくしてしまおうという姿勢にたいして、イスラム諸国やアジア諸国が反発しているのです。

日本がアメリカの視点でしか物を見られない限り、世界の平和を願う大きな潮流から置いてけぼりをくってしまうのではないでしょうか。

2002年12月16日

ギクシャク

ときどき雨が降りてきてる。まったくきょうは気分も最悪。暗くなってからときどきしょぼ降る雨のように、気分はゆれにゆれてる。

まじめに他人の話を間に受けるのが誠実だと言われるときもあれば、バカ正直だと言われるときもあるでしょう?

きょうはまさに、後者のケースだったかなあ。

気軽にしゃべったことに、こっちの方が過剰に反応して、まじめに反論したために、その場の雰囲気がギクシャクしちゃってさ。

相手も根に持つ人じゃないからいいけど。これからは、独り言に近い発言は、聞き流すことにしよう。

2003年01月23日

さぶさぶ

けさ7時半ころから降りがはげしくなった雪は、あっという間に積もりに積もって、山梨県の中西部には大雪警報がでる始末。ゆうべは宿直だったので、今夜ようやく9時に帰り着いた私、おもむろに玄関先の雪かきをしたのであった。

2003年01月28日

トイレの床がなおった

先週大家にたのんでいたトイレの床と台所の天井の修理。きょう業者が訪ねてきた。シルバー人材センターみたいなものかな。壮年の男性と老年の男性が一組で。

さっそく、ぬけかけていたトイレの床を見てもらったら、床を支えていた角材は湿気と白アリとでくさりおちていて、角材の上にはってあったベニヤ材1枚で床材を支えていたらしい。どうりでへこむわけだ。

きれいになったトイレの床は入り口の高さと同じになり、見違えるようだ。

しかしどうもへんだ。きれいになった床を見て、踏んで、上に乗っかって感触をたしかめて、うれしいことはうれしいのだが、なんだか、呆気ないような。

半日もかからないできれいになった床。まったく、1年以上も放置していてがまんしていた自分がバカみたい。

2003年02月26日

本棚からあふれた本

ようやくカゼも回復して、あと鼻声だけ。微熱もさめたし、鼻水もとまったし。そこで、むしゃくしゃしていたこともあったけど、解消するためになんとかしなきゃという気力ももどったこともあって、ちょっとした大掃除をした。

こんなにつめこんでいたんだなあと、いま部屋にあふれている文庫本と装丁本をながめながら、つくづく思っている。

棚に奥と手前2列にならべておいていた文庫本を1列にしたこともあるし、棚の上に積み上げてあった大学の教科書を棚の中におしこんだこともあるけど、そもそも棚ぎりぎりにつめてあった本にくわえて、この数年間に新しく購入した本が50冊をこえていたことが大きい。

この機会に、新しく購入した本以外、辞書や聖書などの保存版書籍以外は、みんなブック・オフに出すことにした。なおかつ、これからふえるであろうシリーズ本のならびにはスペースをきちんと開けておこう、などと考えていたら、かなりの本があふれてしまったのだ。はやく引取りにきてもらわなきゃ。

きょうは台所の戸棚のなかのタッパーも一掃。ほとんど使ってないし。あと、この1年間使ったことのない器も全部処分対象ということにして、ごみ袋へ。

これで、衣装ダンスとあわせて、主な収納スペースの大まかな整理がすんだことになる。

あとはPC類をどうまとめるかだ。

2003年03月04日

ひきとってもらえなかった本

ブックオフの基準は知らないけど、ずいぶんひきとってもらえなかった。けっきょくこんどの有価物収集の日にまとめてだすしかないな。

部屋のスペースを考えると、ほんとうに手もとにおいておきたいものか、書店では手に入らない本以外は、図書館で借りるのが妥当だと思い至った次第。

通常の書籍なんかは市立図書館や県立図書館があるし、マンガも、さいきんはまんが図書館ができたし。省スペースのための方策は、けっこうたくさんあるものだ。

2003年06月12日

招かねざる…

去年だったか、ねずみに荒らされた顛末を書いたのは。きょう久しぶりにねずみとバッタリ顔を合わせてしまった。

ねずみに荒らされたり、ねずみに居心地がいいと思われないように、台所の流しには生ごみを放置しないで、きちんと蓋のしまるごみ入れに片付けるようにしているし、床もきれいに掃き掃除している。

それでもふろ場にある穴から入ってくるらしい。

前の住人か、大家が、洗濯機の排水口をつくるつもりで開けた穴らしいのだが、いまとなってはいい迷惑である。

幸い、昨年とはちがい、被害らしい被害はない。

なにかがかじられているということもないし。

だいたい、そういうことがないように、ねずみにかじられそうな食品は戸棚の奥にしまうか、ねずみがのぼってこれないような場所に保管してあるのだ。

そういえば、そのおかげで部屋のなかが片付いているのかもしれない。洗い物も放置したまま出かけることはなくなったし。そういう意味では、ねずみに感謝すべきか。

2003年06月20日

梅酒を仕込む

ありがたやありがたや。わがアパートの大家さんから4キロ近くもおおぶりの青梅をいただく。

さっそく2升の梅酒を仕込んだ。1升は生協から購入したブランデー「風」リキュール。要はカラメルと香料で、それっぽい風味がついてるだけのなにやらあやしげなもの。もう1升はみんなが一般的に使用しているホワイトリカー。あと2升仕込めるぞ。ビンを買ってこなきゃ。

それにしてもこの作業を午前9時ごろやっていて、10時半に定期診察に出かけたのだが、久しぶりの晴天のせいもあったのか、すっかり気分も晴れ上がった。

友だちからのメールでは「暑い暑い」という。そういや、病院から帰宅してから草取りを少ししたら汗ダクダクだったけど、そんなに「暑?」っていうほどでもなかったのだが、かの友人のメールによれば、甲府は午前中32度まで上がったそうな。富士山の北ろくの富士吉田市でも「夏のようだ」というから、凄まじい日だったそうだ。

まわりが田んぼだったからか、窓と玄関を開け放していたせいか、とても快適にすごせたんだが。

2003年06月27日

夏の気配は網戸に

夜になって寝床にはいるときに、冷房装置のないわが部屋は、窓をあけるしかないけど、とりあえず夏至がすぎるほどの月になったとはいえ、まだ肌寒いし、完全に開けっ放しにするわけにいかない。寒すぎる。

それ以上にイヤなのは、蚊。

あれがとくに足の指の先を噛むと、かゆみで眠れなくなる。

蚊がはいってこないようにするためには、網戸にしたうえでカーテンをひく。玄関脇の小窓をあけて障子戸を閉める。そうして暑さをしのぐ。

ついでにさいきんはすっぽんぽんで寝る。

2003年07月17日

草取りは一番のストレス解消法

時計を見まちがえてあわててベッドから起き上がったはいいものの、まだ午前5時半。あーあ。それからまた寝床に横になったが眠れない。まわりはとうに明るくなっているし。

カーテンを開けて外を見ると、もうどんどん草が生えてきている。この間草取りしたのに。なんという生命力か。見習おう。

とりあえず、草取りでもするか、とサンダルばきで外に出ておもむろに草取りをはじめる。「スコッスコッ」と雨のあとの土だから、気持ちいいくらい根っこからぬけるのだ。

「この野郎! こんちくしょう!」

いつの間にか、日頃たまっているうっぷんが、口からついて出る。なかなか草取りも、根をつめると逆効果だが、いいストレス解消法ではある。草をとったところは、くっきりわかるし。自分の「努力」のあとがはっきりわかるから、達成感もある。だがしかし、この気候であるからして、のんきに構えていては雑草の生命力に負けてしまう。取りあえず、出かけるとき、帰宅時には、目立つ草を5?6本ぬきながら家のまわりを歩く。

2003年07月23日

梅の活用法

大家から大量にいただいた大ぶりの梅。2升の梅酒を仕込んだあと、タイミングが合わず、残りの梅は冷蔵庫のなかにしばらくそのままだった。そのうち青梅が色づきはじめ、どうしようかと思っていたところ、その話を、いつも昼を摂る食堂のおじさんに話したら、「梅酢」を仕込むといい、という。

「こういうものだよ」と、おじさんが仕込んだという梅酢の水割りをいただいて飲んだら、これがまたぜんぜん酢のツーンという刺戟臭がなくて、とてもうまい。「なんでこんなにまろやかなんですか?」と訊いたら、1年は経っているものだという。やっぱり時間をかけた分、うまくなるのかと思ったら、あんまり置きすぎても「梅酢」の場合は“うまくない”らしい。

そこで、残してしまった梅の実のうち、痛みだしているものをとりのぞいて、色づいているものを「梅酢」用に、まだ青いものを「梅酒」用に分けて、ジャムが入っていたガラスの広口でフタがねじ式になっているビンを使って、仕込んでみた。梅酢には梅と氷砂糖を多めに、酢はコップ半分程度。梅酒の方は、氷砂糖は少なめ、もったいないなと思ったけど、飲みかけの黒糖焼酎をドボドボとギリギリまで入れた。

これがもう5日くらい前のことだが、梅酢の方は、一晩で“水”が上がってきた。あっという間にビンの6割くらいのところまで。これは1年後が楽しみ。

2003年07月24日

久しぶりに夏らしい日

きのうとはうって変わって真夏日のきょう。陽射しもとても強くて。夜風が心地いい。

きのうの晩にもちょっとおしめりがあって、相変わらず、アパートのまわりの草は毎日伸び続けている。背の高いヤツ、目立つヤツから、少しずつ抜き取っていくのだけれど、ボチボチやっていたらキリがない。

ただこの作業をやっていて「出る杭は打たれる」という言葉がふと浮かんでしまって、いやな気分になった。いつもだったらいい気分転換になっていた草取りだったのに。なんで今朝にかぎって思い出さなくてもいい言葉が浮かんでしまったんだろう。

2003年07月26日

梅雨の晴れ間

おかげできのうの夕方からの土砂降りでキャンセルしてしまった用事をすませることができた、今朝の晴れ間。
それでも午後からはやっぱり雲が多くなってきて、夕方からまた“お湿り”。今朝の晴天を見ていたから、いつもは持ち歩いていた折り畳み傘をきょうに限って持ち合わせていなかったから、ちょうど帰宅時に振り出した雨のためにびしょぬれ。

2003年08月12日

こんばんから帰省

とにかく盆休みというのは航空運賃の割引というのがなかなかなくて、それでも朝早く日本航空に「東京-福岡」間に3便の「特割」便があってたすかった。割引率は通常の日にくらべて格段に低いけど。

朝早くだから甲府からだと間に合わない。今晩は新宿あたりのカプセルホテルにでも泊まって朝の便に間に合うように行こうと思う。ついでだから、ひさしぶりに友人と新宿で待ち合わせをした。さいきんは東京方面にでることがトンとなくなってしまったので、いい機会なのだ。

しかし、ゆうべきょうの晴天予報をあてにして洗濯物を干しといたのだが、曇天。でかけるまでに乾いてくれればいいのだけれど。それに、折り畳み傘は職場に忘れてきたしなあ。雨がふらなければいいのだが。でかい傘を持って歩くのもなかなか旅路では荷物になってこまるのだ。

伯父の初盆でもあり、同窓生の初盆でもある。郷里では同窓生の有志が、亡くなってしまった同窓生の家をたずねることにしたそうだ。きのう連絡があった。同窓会の前に集まってご挨拶に行くことになっている。だれもかれも、わが身のことと重なって他人事ではなくなってきているのを実感しているという。そういう年齢になったのだなと思うのと、そういう労働環境に、みんなが巻き込まれているのだなと思う。

いとこたちは郷里の周辺にもともと住まっているので、連絡をとって会える人には会って、近況報告をしあうつもりでいる。

前回はPCをもっていったが、とても荷物になってかなわなかった。今回はパス。Web日記もしばらくはお休み。

2003年08月20日

騒音公害

すでに22時をまわっているが、また今晩も、道をはさんで南向いのアパートから怒鳴り声が聞こえる。

母親が子どもを叱る声なのだろうと思われる。子どもがさわいでいる声はほとんど聞かない。むしろ母親のヒステリックな声が、夏の夜、開け放した窓からどんどんこちらにまで響いてくる。

いつごろからだったろうか気になりだしたのは。もうかれこれ1年にはなると思う。3日に1度くらいは、こちらの方がビクビクしてしまう。ふと“児童虐待”という言葉も浮かんだのだが、むしろ母親の方が切羽詰っている感じ。

叱り方だけではなくて、もともとああいうドスの利いた、あけっぴろげなしゃべり方をする人かもしれない。しかし、まわりにどれだけ声が響いていて、迷惑しているかくらい気をまわしてくれてもよさそうだと思うのだが。私のアパートより近い隣りや裏手のアパートの人がよく耐えていられるものだと感心する。子育て中の母親や父親というのはそういうものなのだろうか。

2003年09月03日

にがうり料理成功/ユリョン

昨年の夏に挑戦した苦瓜料理。あまりにも苦すぎて、より分けて食べたっけ。

今年の夏の帰郷の際に、母親と伯母からよくよく苦味の抜き方を教わったし、メル友からも教わって、今夜の夕食で再度挑戦。美味く行きました。ほどよく苦味も残っていて、そうかといって食べられないほどではない。

薄切りの苦瓜を塩水でゆでた後によく水気を切って、ほかの具材と炒めあわせる。今回は、Cabbageに椎茸にエリンギ、そして卵と。人参をあわせればよかったけど……。

選り分けて食べなくても十分おいしかったし。

韓国製作の映画「ユリョン」をCSで鑑賞した。

モチーフはかわぐちれいじ氏の漫画「沈黙の艦隊」とそっくりだが、朝鮮半島の政治的位置のリアルさは、映画「ユリョン」の方が上だ。

「ユリョン」とは「幽霊」。さいごに「狂気」に陥った副艦長の語る言葉が痛い。

米日韓の間には軍事同盟的な関係が保たれているが、あくまでそれは「日米安保条約」が基軸となっている。

いまの韓国の外交姿勢の経過は、日本の外交政策にくらべても、れっきとした「独立国」としての体面を保っていて、朝鮮半島の民族統一をいかに平和的に実現しうるかという、真摯な姿勢が感じられる。

いっぽう、わが国の外交はどうだろうか。むしろ政治的な「ユリョン」は、わが国の政治を比喩しているのではないだろうか。

2003年11月18日

ちょっとびっくり/戦争状態に逆もどり

本格的な秋晴れのさわやかな休日である。こういう時平日が休日っていうのはなにか得をした気分を味わえる。

夕べ、久しぶりにいつも通らない道を家路に急いでいたら、近所の「セブンイレブン」の明かりがない。びっくり。店じまいしたらしい。大きなトラックが止まっていて、荷物を積んでいたから、きっと店内のデコレーションを撤去するためのトラックだったかもしれない。

その店舗は、弁当や惣菜や酒など、けっこう長いこと利用していたのだが、最近、例の大きな買い物をしたこともあったり、帰省のための旅費の捻出のために倹約にはげんでいたりしたこともあって、ご無沙汰していたのだ。でもほんとうに突然閉まってしまったという感じ。

不況のせいかしらと思った。つくづく深刻だなと思う。

昼過ぎにストリーミングニュースのサイトをみたら、ブッシュ大統領の声明とイラク空爆再開のニュース。

イラクに新たな政府が成立したのちも「ともにテロ勢力とたたかうため米軍の撤退はしない。約束したことは守る」と、イラクの統治評議会メンバーを前にブッシュ大統領が語ったという。そして、大規模な掃討作戦を展開中の米軍による空爆の映像。バグダッド市内の施設を標的にして空からのミサイル攻撃である。市民がまきぞえにならない保障はない。

また戦争状態に逆戻り。こんなイラクのどこに「非戦闘地域」があるというのか。小泉さん、教えて頂戴。

2003年12月20日

自転車の保険

朝から冷え込みの厳しい1日だった。

というより、いまも盆地には強い風がふいている。午前中いっぱい、盆地の上空、東半分は晴れているのに、西半分はいまにも雪が落ちてきそうな厚い雲が覆われていた。南アルプスの峰峰、ふもとの市町村には雪が舞っていたかもしれない。というのも、盆地上空にまで、晴れ間が見える空の下で、小粒の雪がちらほらと舞っていたからだ。たぶん西の空から強風にあおられて流されてきたにちがいない。

夕方、この時分だから、もうすっかり暮れてしまった帰路の途中で、自転車を購入した店に寄った。さいきんペダルが重く感じられていて、自分の脚力が弱まったためかとも思ったが、どうも様子がおかしいので、たまたままだ明かりが灯っていた店のなかにいた店主に声をかけた。

やはり脚力の衰えではなくて、自転車のチェーンのゆるみが原因らしい。ほとんど自分で調整などしたことがなかったので、面目なかったが、プロにまかせるのにこしたことはないとも思った。なにせ道具がちがうのだ。

その修理・調整のさい、自転車の自賠責というのに入った。はじめて知った。自転車にも「賠償責任・傷害保険」システムがあったのだ。1000円なり。この保険に入っていれば、「自転車で万が一事故って人を死なせた場合、最高1000万円の保険がおりる」とのこと。有効期限は点検から1年間。それでなくても、半年に1度はお世話になっていた店だから、「1年と言わず、調子が悪くなれば気軽にうかがいますから」とお礼を言っておいた。

「TSマーク点検整備済証・TSマーク付帯保険加入書」というのが、いま手元にある、そのときもらった書類正式名称だ。

たしかに、自転車と人との接触や衝突でも、相当の事故につながるおそれはあるし、現にそういう話を身近に聞いてもいたから、なるほどこういう保険があっても不思議ではないし、当然だなと思う。

それにしても、いまも外は相当の強い風がふいていて、送電線を吹きすぎるときの「ヒョー」という音がすさまじい。ちょうどこの辺りには高圧の送電線が通っていて、「線下補償金」というのを東京電力が支払っている世帯が数世帯あるらしい。部屋のなかまで風が入ってくる。古いアパートなので隙間風がそうとうの勢いで入ってくるのだ。一酸化炭素中毒にだけはならない構造になっている。

2003年12月22日

午前5時の起床

よく眠れたのだかどうだか。

なぜか久しぶりに朝早く目が覚めてしまった。朝食を摂っていると、町内放送。ここらへんは防災放送で町の自治会の行事などの告知もされるのだが、今朝はたてつづけに死亡ニュースの告知が続いている。

はじめは、私の住まいより2キロほど北側よりの自治会放送が聞こえてきた。「○○町の○○さん、78歳が○○日、ご逝去されました」と。そしたら、そのすぐ後に、今度は私の住んでいる自治会でも「ご逝去」された方がいるとの告知。

この季節、それもここ数日の急激な冷え込みだ。こう寒さが厳しくなると、トイレにたつときや風呂上りなどに、急性心不全をおこすケースが増えるとか聞いたことがある。いやな季節だ。

2003年12月26日

月齢は3日かな?

職場からの帰路、西の空に不気味に赤っぽく、するどく、冴えてる月。
西の空にこの時間にでしょ、月齢はたぶん3日くらいかしら。いわゆる三日月だ・・・と思う。

牛肉は久しく食べてない。このところ鶏肉か、たまに豚肉だ。

でもこの前、上司の一人との対話でびっくりしたのだ。職場の近所、それもすぐ近くに肉屋があって、夕方からは焼肉店として開店するのだが、肉の焼け焦げるにおいが職場にもただよってくる。「あ、牛肉だ。たまにはあそこで食べたいですよね」と言ったら、その上司、「よく牛肉のにおいってわかるね」だって。

分からない方がおかしいでしょうが。「牛肉なんて、さいきん食べたことないからなあ」なんていってたけど、それは「鼻音痴」とでもいっとけ! 豚と牛の肉の焼けたにおいすらかぎ分けられないなんて、「男子、厨房に入るべからず」なんてことを、いまだに実践してらっしゃるのかしら。お馬鹿だね、とつくづく思った。

ま、それはそれとして、アメリカの政府というのは、他国民にたいしてだけじゃなく、自国民にたいしても横柄なんだなと思ったのが、今回のBSE問題でのベネマン農務長官の発言を聞いて。

「クリスマスディナーには牛肉を食べますよ」とかなんとか言ったんだとさ。

そう言えば、日本で騒ぎになったときも、農林水産(たぶん当時、もう統合されてたよな・・・)相も、同じようなパフォーマンスをやってましたっけ。自国の酪農家の苦悩なんか、これっぽっちも思い及ばないらしい。あちらもこちらも、農政はどんづまりらしい。あちらの国のとばっちりを食ってきた、日本の農業。浮かばれない。あまりにも「不感症」的政治だよ、国民の痛みにたいして。

2004年01月13日

側溝の水づまり

年明けの3日に帰省からもどってきて、アパートの側溝に目をやるとえらく水の流れが悪い。

そのうちよくなるだろうと、高をくくっていたのが、1週間たって、余計に水かさが増えた。つまり、まったく流れなくなってしまった。

「今度の休日は13日だから、その日になんとか水づまりをなおすしかないな」

と肝をすえていたので、きょう、とりあえずの家事労働をすませたあとにとりかかった。

となりの棟のおばさんに、少し長目の細い棒をみつけてきてもらって、側溝から通じる水路の入り口から差し込んで、グリグリとやってみたけれど、入り口付近にはなにも詰まり物はなさそうだし、いくらやっても水の流れは澱んだまま。

「これは大家に相談するしかないぞ」

ウチのアパートは大家が近所(なんたって、歩いて1分とかからない距離にある。となりのとなり)なのがなによりで、早速小走りでかけつけて事情をはなしたら、かなり長い竹ざおを貸してくれた。

今度はその長?い竹ざおを思いっきり、側溝から外側へ流れ出るはずのパイプの入り口に差し込んで、グリグリ、グサグサっとやったら、ボコボコっと空気が出てきたので、これはいけるかと思って、もう一度グリグリ、グサグサと探りを入れたら、なんといままで側溝にたまっていた水が、一気にすう?っと流れ出ていった。

あわてて水のなかから顔を出したビニールやら葉っぱやら、つまりをひどくするような障害物を素手で引き上げたけど。これでようやく安心した。

重宝した2メートル以上はある、その竹ざおは、しばらくお借りすることにした。また水づまりがおこったときの、強力な修復兵器になるだろうから。

2004年01月14日

夕方からの冷え込み

きょうの日没以降の冷え込みは、これまでになく凄まじかった。
これまで耐えてこられた防寒着と同じ装備だったのに、たまらない冷たさ。
空は、これまた凄まじい冴え渡り様。そろそろ湯沸かし器の水抜きを考えなければ。

2004年01月20日

コーヒーメーカーこわれる

以前コーヒーメーカーのカップの縁がかけてしまったのだが、そのままにしておいた。
洗う時に注意すればいいやと思ってそのままにしておいたら、ゆうべとうとう全体にひびが入ってしまった。

きょう電化製品小売店で1500円ほどのコーヒーメーカーをみつけて購入。

2004年01月23日

「乾燥」実感

午後7時半を過ぎて、けさ干した洗濯物を取り込む。
だいたいこの時刻なら、少し湿った感触があるものだったのが、きょうは「カラカラ」。

よっぽど空気が乾燥してるんだなと実感した次第。

2004年02月18日

免許更新講習

所轄の警察署で免許更新のための講習を受講。
免許更新の手続きをしてから約1カ月目。

講習の半分はビデオを視聴。「ながら運転」の危険性を強調する内容。はじめの約10分は講話だったが、早口なうえに声が小さいので、聞き取りにくいことこの上なかった。

県内の交通事故による死亡者は、住んでいる人の数の割にかなり多い。10万人あたりの死亡者数では全国1位だという。普通乗用車免許を持っている人口も割合が高いとのこと。いかに公共交通機関が整備されていないかがわかる。車優先の交通行政の結果だ。

この状況下で、ただ「十分注意して運転してください」とうだけでいいのだろうか。もちろん、わき見運転、ながら運転、飲酒運転など、ドライバー自身の心がけで改善できることも多い。しかし、根本的な問題は、歩行者と乗用車、二輪車が、同じ道路を通行しているということだ。本来は分離すべき通行が重なりあえば、事故につながる危険性がおおいに増大することはわかりきっていることだ。

「わかっちゃいるけどやめられない」

たしか「スーダラ節」の歌詞でこういうのがあった。

2004年03月15日

お人好しというのも

職場で、毎日のデータ変動と、それを累計した合計数を一つの票にまとめる、という、たいへんな作業をやっている。
いまのところ、全部、手作業で、入力。もちろん、累計合計も、PCの脇に電卓をすえて、いちいち計算しながら転記している。
この手法は、もっとも簡単なんだけど、もっともミスが出やすい。
なんとか、ミスが極力少なく、その上で入力が比較的簡単な手法はないものかと、お人好しの、大半余計なお世話なことを考えている最中。
EXCELの機能だけでも、複数のシートと、マクロ機能を活用すれば、なんとかなりそうかなと思って、虎の巻を読んで、構築の構想を練っている最中だ。
好きこそ物の・・・という諺があるけれど、ほんと、納得しちゃいます。

2004年04月03日

桜満開

とりあえず、この感動を忘れないうちに書き付けておこう。

きょうの成功の秘訣は、一番最後に小松菜と豆腐を入れること。豆腐は絹漉しでなく木綿豆腐であること。

鳥鍋も馬鹿にしたものではないのだ。人参と茸と鶏肉を煮込んで、味が出てきたら粉末の出汁の元を振り入れて、本味醂と醤油を適宜入れて(もちろん目分量)、一煮立ちしたら小松菜と豆腐を入れる。

もうばっちり! 豆腐の旨味と小松菜のなんともいえない苦味と旨味が良い感じだ。
むしろ散り際の桜。きょうはあちらこちらの神社でお祭りがあるらしく、近所の団地にあるお宮の前に人が集まっていたり、途中にある比較的大きな神社の境内に、神輿が準備されていたりした。

商店街でも、通りの北側と南側でそれぞれ神輿を囲んで青年や子どもたちが集まっていたし、午前中には街中でも笛と太鼓の音が職場まで聞こえてきた。

帰りに仕事場の近くの小学校の校庭の桜を見上げてみれば、強くなってきた夕風のためか、かなりの花弁が落ちてしまっている。あしたは日曜日で、アパート近くの大きなスポーツ公園でもお祭りがあるという。桜がもってくれるだろうか。

2004年04月14日

無事だった「やまといも」

市民生協を利用している。

「個別配達」会員だから、本来の生協運動とは少し活用の仕方がちがうのだが、自転車通勤のため、食料の買出しに毎日大荷物にならなくてすむから、助かる。

今朝が週に一度の配達と注文シート回収の日だったのだが、うっかり注文シートを出しておくのを忘れてしまった。わざわざ夕方に電話をもらった。まだきょうの9時までなら間に合うとのことで、あわてて注文した。

改めて配達された野菜や冷凍された肉などを冷蔵庫にしまっていて、ずいぶん前に購入していた「やまといも」のコーティングが、いつの間にかパンパンに膨れてしまっているのに気がついた。「まだ大丈夫だろうか」と思いながら開けてみたら、まだ新鮮さを保っている。さっそく摩り下ろしてみたら、帰省の折に、亡くなった伯父の家でご馳走になった「自然薯」に良く似た、こってりとした粘りがある。感動してしまった。唾が湧き出てくる。山葵と海苔と醤油をたらして、焼酎のオンザロックでいただいた。うまかった。

大和芋の旨さに舌鼓をうっている私の幸せ・・・。

ごめんなさいね、いま身を切られる思いでいるであろう、人質の家族のみなさん。

実は、言い訳ではないけれど、けさの注文シートを忘れてしまったのも、深夜と早朝のネットニュースのチェックをしつつ、3人の邦人と、ファルージャの虐殺のニュースに気が気ではなかったからなのだ。

きょうは盆地は不思議な天候で、朝から夕方にかけて、どんよりとした曇り空で、蒸した。日暮れごろから小雨。しばらくしとしと降って、止んだ。

すっきりしない天候と、すっきりとしない心持ち。

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