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日記 アーカイブ

2001年06月06日

ハンセン病訴訟の勝利報道について思う

ハンセン病訴訟で、国が控訴を断念したニュースはまだ記憶に新しいのですが、なんだか、巷では、小泉さんの手柄になっているようです。

とんでもないです。

熊本で判決もだされて、マスコミでも大きくとりあげられて、なにより、原告の方々の命をかけた行動があってはじめて、“しぶしぶ”“おそるおそる”判決をみとめたという経過があったんですから・・・。

小泉さんだって、ハンセン病患者の隔離政策を是正しなかったこれまでの政府の閣僚の一員だったし、熊本の判決のあと、国が“控訴をした後和解する”などという、恥知らずの手法にうったえようとするなか原告の人たちが控訴断念を訴えようと、首相官邸に面会にきたときに門前払いをくらわした当の本人です。

国の姿勢にたいして批判が集中するなかでようやく3日目に原告の面会要求におうじてその時、新聞社がとった写真が大きく載ったわけだけれど、面会要求に応じさせたのは、なにより、原告の行動の長い長い積みかさねと、その運動によってひろがった世論だと思います。

「小泉さん、よくやった。たいしたものだ」なんて、とても私は言えない。

むしろ、あの日、一面に掲載されていた写真のなかで、原告の手をにぎる小泉さんの顔を見て、「あんた、他人事じゃないんだぞ。あんたが当事者なんだぞ」と思ったものです。

2001年07月02日

サークル誌普及はたいへん

ふうっ! ようやく9冊目が売れました。

私、日本民主主義文学山梨支部の会員で、この会が発行している『山梨民主文学』っていう冊子に小説を掲載したんです。

なんとか10冊は普及したいとがんばっているんだけれど、ようやく9冊。

小説っていうのは、自分の体験や感じたことを客観視するところからはじまるのかなと思うのだけれど、これがなかなか、こつをつかまないとむずかしい・・・。

おなじ冊子に、県の芸術祭で入選した作品を書いている若手の書き手が小説を掲載しているんですけど、そういう点で、ずいぶん勉強になりました。

2001年07月04日

火星かなあ・・・

さいきん、帰宅が9時ちかくになることが多くなっていて・・・私のアパートというのが田舎にあるので、空の見晴らしがいいんです。

この時期、この暑さのせいか、夜になると盆地の上空はすっかりもやがかかって・・・

ちょうど田んぼのなかをとおっている農道を自転車をこいでゆくと、そのもやの中に月がすごく明るく輝いていて、その同じ視野の中に、赤く光る星がみえるんです。

これ、火星かなあ・・・

しかし、きょうの暑さはまた格別だった。

昼間、橋の上を渡っていたら、ふいてくる風がなまあたたかいんだもんね。ようやく外の空気も9時ちかくになってやわらいできたけれど、まだまだ暑い!

となりのおじさんが「38度」だとか言っていたけれど、ほんとうですか? 体温より高いじゃん!

2001年07月07日

マナーって大事でしょ

きょう、おなじような光景を2回見た。

1度目は、自転車をこいでいたおじさん。

えっ……と思うまもなく、ひらひらとおじさんの手から舞い落ちるビニールくず……。たばこのパッケージみたいだった。ほんと、こともなげに、なんの違和感もなく、自然にやってのけていらっしゃいました。

2度目は、オープンカーのお兄さん。

信号が青になって発進するとき、あっ……と思ったら、ふと落としてったビニール……やっぱりたばこのパッケージだね……

私も他人のことは言えないけどね……以前、喫煙していたとき、車の窓から吸殻を投げ捨てたことが2度、3度ではなかったから。でも、ほんと、こともなげにやってのけているところが、ほとほと感心……

ゴミ問題っていうのは、根っこには“あとは野となれ”式の生産システムがあると思うし、ゴミを出さない商品をつくることがとても大事だと思うんだけれども、消費者の側でも、おたがいが共有している生活環境の保全っていうものに、もっと関心をもっていかなきゃいけないんじゃないかな……

そのためにも、たとえば、例のビニールがどれくらいで自然分解されるのかとか、商品について、できるだけ科学的な知識をもつことも、大事かもしれない。

2001年07月08日

車窓から……

千駄ヶ谷への出張で、中央線沿線の景色を、特急かいじの車窓から見ていた。さびしい風景に2度……

4、5人でかつぐ花神輿

――目のさめるような青の半被を着て、子どもたちばかりでかついでいた。おとなが2人くらい先導していたっけ。

さぞや地元の自治会のおじさんたちが、苦労して準備したんだろうなと思う半面、その神輿を傍から見ていたアベックが視野のなかにあって……花神輿のかざりのにぎやかさが、逆に、ちょっとさびしかった。

ベランダで遠くを見ていた老婦人

――新宿からの帰り、どの辺だったっけ……たしか中野をちょっと過ぎたあたりだったと思う。年配の女性がアパートのたぶん3階のベランダにいて、てすりにすがって、遠くを見ていたっけ……。

萎えつつある足をささえるようにして、ベランダのてすりにつかまっている姿が痛々しかったのと、いったいどこをみているのか、ぼんやりと遠くを見ている様子がさびしかった。

電車のなかっていうのは、他人とすごく接近する場所で、いろんなにおい(香りじゃなく)がするもので……。経験があると思うけど、においって、ときに記憶をよみがえらせることがあるでしょ。

大月駅でのりこんできたおじさんがとなりに座ったんだけど、どこかなつかしいにおいがするわけ。遠足のときに食べた弁当を思い出したのね。新聞紙につつんである弁当……。なぜかなと思ったら、おじさんがスポーツ新聞を開いているわけ。あれは、弁当そのもののにおいじゃなかったんだと、はじめて気づいた。新聞紙のにおいだったんだ……

2001年07月31日

暑かった

暑かった。30度を下回る日がない月なんて、ひさしぶりらしい。いまは少し雨がふってくれたおかげで涼しい空気……

第19回参議院選挙がおわって、結果、自民党の圧勝……。あと、自由党もちょっと議席をのばしているのとあわせて、わたしはいま、危険な兆候だと感じています。

海外のマスコミも、日本の右傾化と評している……。これで、日本の国民が、靖国神社参拝と侵略戦争美化の教科書を容認する首相と内閣を評価したと、海外からは見られている……。今後の日本の外交が、いっそう、国際的に孤立を深めていくのは必至。

2001年08月03日

夏の研修会はじまる

今月の18日から、わたしが入会している日本自由書道連盟の全国研修会が、富士吉田市で催される。

きょう、参加することを決めて、参加費の捻出のために郵便貯金の定額をとりくずした。マル優制度が廃止されてから、わずかの貯金からも税金がきちんと引かれる。今回も、ささやかな定額貯金からかなりの率で税金分として天引きされていた。ほんっとにくやしいったらない!!

書の練習は、毎週水曜日の休日にすることにしている。

1日が第1週の水曜日だったが、その日は結局さぼってしまった。

だいたい、めんどうなことは先に済ませてしまったほうがいい、という性分なので、いつもだったら、部屋に掃除機をかけたあと、うんこらしょと、ふんぎりをつけてはじめるのだが、さすがに、この月は、先月の疲れがどっとでて、ふんぎりをつけることができなかったのだ。

2001年08月13日

靖国参拝

早めの帰宅でのんびりとテレビのスイッチを入れたら、小泉のニュースが飛び込んできた。とうとうやったか――

「熟慮」という意味は「おれは断じてやるぞ」という意味だろうと思っていたら、案の定だったけれど、15日じゃなく、そして15日以降じゃなく、早めに参拝をすませてしまおうというのはあの人らしいといえばらしいのかもしれない。

日本の首相の靖国神社への参拝が外交にあたえる影響はでかい。さっそく、中国の日本大使が声明を発表、韓国も外相が声明を発表した。いずれも、こんごの日本との関係への“憂慮”をいっている。つまり、15日をはずしたことなど、なんの意味もないということで……靖国神社の性格と歴史を考えれば、そんなことはさいしょからわかりきっていることなのだ。

問題は、過去にアジア諸国への侵略戦争を引き起こした日本という国の首相が、国際的な非難のなかでもあえて、侵略戦争を思想的にささえる主柱となった靖国神社に参拝し、侵略戦争に追い立てられ、むなしく殺されていった人々を“英霊”として追悼したということなのだ。

2001年08月16日

日本人として……

靖国問題と「新しい教科書をつくる会」の教科書をめぐるテレビ報道をみていて、とても気になることがあります。

とくにNHKの解説委員とよばれる人びとが何人か、くりかえし、こう言っています。

“過去の歴史認識にかかわる微妙な問題”……

こう言い放ってしまう、日本のマスコミの現状……。あらためて、“歴史”という確固としてある事実をゆがめる“政治的配慮”を感じてしまう……

この歴史にたいする欺瞞と、アジアの人びとの思いへの鈍感さを克服しなければ、国際社会で、日本が生きていくことはできない。

2001年09月17日

Oh! My God!

河口湖町への長い長い出張も終わって、きょうは休日をもらった。

あのニューヨーク・マンハッタン島の惨劇からもう1週間。まるでパニック映画のようで、あまりにすさまじすぎて、逆に現実感のない映像だった。

でも、2日後、激突直後に、センタービルの周囲に、人間の手足がちらばっていた、という新聞報道をみて、あのテレビでなんども放映された爆発のなかに、何人もの人間がいたのだということを、あらためて思った。想像を絶する暴虐だ。

アメリカ大統領の反応も、これまでのアメリカのやり方を見てくれば当然といえば当然なのだが、即、軍事報復、という判断をくだすあたり、あまりの短絡さにあきれてしまったし、テロをひきおこした異常な集団にたいして、なんら説得力をもたないのではないか、ということを強く思う。

今回のテロをひきおこした集団の異常さというのは、自らが乗り込んだ飛行機をミサイルにして、ビルに激突させるという“特攻隊”的な手法にもあらわれている。

戦前、特攻隊という狂気の戦術が可能だったのは、国家神道による、国民への教育、洗脳の徹底によってだったが、この集団、報道では、イスラム原理主義の一派ではないか、というものがあるが、そうであれば、なっとくがいく。狂信的なやり方、一般市民を犠牲にするという方法、テロリズムという手法をえらんでしまう、その考え方など、まるでオウムだ。

この集団にたいするのに、おなじ暴力をもっては、けっして効果ある対応はできない。もし、いま、軍事報復という名のもとに、アフガニスタンを空爆か、あるいは、領域侵犯し地上戦になれば、アフガニスタンの、テロとは無関係な一般市民を必ずまきぞえにしてしまう。
暴虐にたいしては、理性と道理の力、国際世論の力でもってたいするしかないし、それがもっとも有効で、説得力あるものになると思う。

2001年09月18日

柳条湖事件をおもう日

きょう、9月18日は、70年前の1931年に、中国東北部に駐留していた日本軍が、みずから引き起こした鉄道爆破を中国軍の仕業だとして攻撃した日。

中国では「九・一八」とよんで、日本による中国侵略のはじまりの日として記憶されているという。日本軍は、これを口火にして中国東北部全体を侵略し、1937年の盧溝橋事件いらい全面的な日中戦争につきすすみ、日米開戦にまでいたったのだった。

私も、この数ヶ月、教科書問題をつうじて教えてもらい、認識を新たにしたのだが、教えてくれた上司は、以前中国語を学んでいたそうで、そこで、中国の友との会話のなかで「九・一八」という言葉がでてきたときわからなかったことが、たいへん恥ずかしかったと語っていた。

とかく教科書では最後の方に記述してあって、なかなかたどりつかなかった日本の近現代史。まだまだ知らない歴史がたくさんある。アジア諸国を侵略した民族の一人として、日本という国の引き起こした暴虐を、きちんと知っておく必要があると、あらためて思う。

そこで、きょう、9月18日は、柳条湖事件をおもう日……

2001年09月22日

あしたが秋分の日だから?

今朝の冷え込みといい、今夜の冷え込みといい、急に秋になってしまいました。

カレンダーをあらためてみたら、あした、秋分の日だもん。本格的に衣替えの態勢に入らないといけないようです。

2001年10月01日

長嶋監督辞任私見

9月28日のスポーツニュースは、この話題でもちきりだった。星野監督もやめるそうだし、大木監督も……ひとつの時代の終わりといったところでしょうか……

ある人が1週間前に語っていたことを思い出していました。「いい加減、長嶋を監督役から解放すべきだ。彼の虚像がまだ消えないうちに。このままじゃ、能力のなさがあらわになってしまう。長嶋がかわいそうだ」――こう、その人は語っていたんですが、なにか、感慨深いものがある。

2001年10月02日

肉骨粉使用禁止

きのう、ニュースで、この農水省発表を聞いたとき、“えーっ”と思った。なんと、いままで使用と輸入の禁止措置がとられていなかったなんて……。あまりにも遅すぎ! これだけの騒ぎになっていたのに、打つ手が遅すぎやしませんか?

それでも、とにかく、対応がはじまったのを是としなければならないでしょうか……。4日から、狂牛病の感染源とされる肉骨粉の輸入は全面的に禁止されるし、豚やにわとりの飼料に使われている国内産も製造・販売が停止されるとのこと。すでに出回ってしまっているものは、すべて焼却処理するよう指導するそうです。この緊急措置の対象は、肉骨粉のほかに、肉粉、血粉、獣脂かすなど。

しかし、今回の輸入・使用の停止措置はあくまで一時的なものとの説明(式部農水相)。それでほんとにいいのか? 狂牛病の感染源とされているんだから、完全禁止措置は当然だと思うんだけれど……

それはそうと、金木犀のにおいがすさまじくなってきました。あまりにすごくて、“くさい”……。もう秋だよね、すっかり。

2001年10月08日

アメリカ政府、アフガニスタン空襲開始

なかなか寝付けなくて、テレビをつけたら、米軍がアフガニスタンの首都カブールを含む数箇所の都市の爆撃を開始したとのニュース。いま午前3時。

タリバン側から何の回答もないから、これは自衛権の行使であるとブッシュ大統領は声明した。爆撃の対象は、一般市民の犠牲をさけるよう留意しているとのことだが……

イギリス軍が共同しているらしいが、国連で決定された“テロ根絶のための国際協力”は、けっして軍事的行動を合理化するものではない。さっそく小泉首相が記者会見しているが、“わが国としての可能な限りの協力を惜しまない”と、全面的にアメリカの今回の行動を是認する立場だ。

湾岸戦争が勃発したときも、感じたことだし、結局、その後の経過をみても、はっきりしているが、このような軍事行動が、事を良い方向にすすめたことは一度たりともなかったのではないか。

このアメリカの行動に、日本が自衛隊派遣など、憲法をなしくずしにする仕方で、つっこんでゆくことに非常に危険を感じる。 “国民の安全を守る”ためということを、小泉首相はくり返しているが、はたして、このような“報復”というかたちで、テロをなくすことができるのか、むしろ、米軍基地を国内に100箇所以上も設置させられている日本が、全土を逆報復対象にされる可能性があるのではないか。

ただちに、空爆を中止して、なんとしても、国連中心に、緊急の国際会議を開き、テロ犯罪者の特定、逮捕、裁判のための国際協力の態勢をとる方向に、軌道修正すべきだ。

イギリスもすぐに協力をやめ、他の国も、けっして、直接軍事行動に参加することのないよう、ぜひとも勇断を願う。

2001年10月17日

自衛隊がいよいよ戦場に!?

きのう16日、いわゆる「テロ対策特別措置法」案が、衆議院の特別委員会で可決された。

この間の国会のやりとりを聞いているかぎり、自衛隊の行き先は“無限定”で、アメリカがテロ撲滅作戦上必要と思われる地域に、物資などを輸送できる。小泉首相も、しきりに、「テロはいつ、どこでおきるかわからないんです。限定しようがない」と開き直っていた。つまりは、いつ戦場になるかわからないところにも自衛隊はおもむかなければならないということだ。

だいだい、物資輸送などの、いわゆる“後方支援”なるものは、だれがみたって、戦争行為の一環だ。物資補給ルートの確保なくして、戦争戦略がたてられるわけがないからだ。

それにしても、この法案に賛成した政党、議員は、憲法を最高法規と考えているのか? 事は、日本人が、戦後初めて、直接戦場におもむき、戦争に参加することになるということなのだ! アメリカが“テロ対策”と言う名のもとにミサイルをうちこんでいる先には、NGOの事務所があった……一般市民がいた……。こういう戦争作戦に日本人が参加するということなのだ!

16日、テロ特別委員会でこの法案に賛成した政党、議員の名をわすれないでおこう。この日、彼らのとった行動が、日本国憲法にてらして、人類の歴史の発展にとって、いかなる行為であったかは、そう遠からず明らかになるだろう。

2001年10月23日

人は見かけによらない?

って、ちょっと言い方が悪いけれど、正直そう思ったんですよね。
というのも、きのう、自転車のタイヤがパンクして、その自転車を購入した店に、修理によった時の話。でかい車にのった男性が、その自転車屋の主人に声をかけて、

「今度、4日にパーティーがあるだけんど、どうでぇ、きちゃくれんけぇ。こないだみたいに、ダンスの相手してくれると助かるから、金はいらんから」

とチケットをその店の主人に手渡して帰っていった。店の主人に、

「社交ダンス、やられるんですか?」

とたずねると、そうだという。ずいぶん前からやっているらしいし、ダンスホールにも通っているらしい。いま男性から渡されたチケットには「\13,000」の数字があった。「えらい、悪いことしちゃったな。こんなのタダでもらっちゃって」と自転車屋の主人は頭をかいていたっけ。

彼によると、ウリナリ(ご存じのテレビ番組です)の芸能人社交ダンス部なんぞは、にせものなのだそうだ。私なんかは、あれで、社交ダンスを身近に感じる若い人が多くなっていいんじゃないかなどと思っていたから、けっこう、反感をもっているダンス愛好家もいるんだなと思った。

そう言えば、映画で「Shall We Dance?」という映画もあったよね。あれも身近に感じさせるいいきっかけになったんだろうし、ウリナリの例の部は、これがきっかけのようなもんだったんじゃないかな。

甲府市内にも、いくつかダンスホールがあって、でも女性の比率が大きくて、男性が不足している状態らしい。「お客さんも、いくともてますよ」といわれた。もてなくったっていいけれど、ダンスに興味があるので、もし、時間と気持ちに余裕がでてきたら、挑戦してみようかしら。

2001年12月06日

報復の悪循環が……

もう、なんともやるせない事態になってしまって……

イスラエルがパレスチナ過激派の連続テロにたいして、パレスチナ自治区への軍事攻撃を開始してしまいました。

アメリカもこれを支持しています。それはごもっとも。なにせ、アメリカ自身が報復戦争をやってしまった当事者なんですから。こういう帰結は当たり前と言えば当たり前。

しかし、こんな暴力の連鎖がなにをもたらすのか。アフガンでは、罪のない市民、子どもたちが何千人と死んでいます。こんな方法で、テロがなくなるのか。まったく納得がいかない。

つい1年前には、長年にわたるパレスチナとイスラエルの軍事紛争が、解決の糸口を見出したかにみえたのに。間に入ったのがアメリカだったのが事を混乱させる一要因であったことは確かでしょう。

このときに、日本が自衛隊の派兵のことばかりを追及しているのが、ちゃんちゃらおかしい。

もっと別のアプローチがあるはずです。憲法九条をもつ国として。

2002年01月03日

とんでもないことがおこりませんように……

この2年ばかり、年の初めからとんでもないニュースばかりだったので、今年こそは、そんなニュースがとどきませんようにと、これが正直ないまの心情。

国際情勢も、平和とはまだまだほど遠いところにあるし、国内では不況をひどくするような政治がつづいていますし。これらによって深まっていく社会矛盾がどんなかたちでふきだすか……なんとか、反動的な方向でなしに、進歩的な方向での打開の道が開ければ……

話は変わりますが、この年末、印象的だったことが2つ。

ひとつは、子ネズミがゴキブリホイホイにひっかかったこと。ガサガサ音がするから、なんだろうとうかがったんだけれども、姿が見えない。しばらくするとゴキブリホイホイのなかから小さなネズミがひょこっと顔をだして、ようやく音の原因がわかりました。どうなるかなとしばらく様子を見ていたら、ネズミはいっしょうけんめいがんばってわなを抜け出しました。

もうひとつは、冴え冴えとした夜空を明るくしていた月影。年末のいそがしさで、帰宅が10時、11時になってしまって、そのおかげでブルームーンを仰ぐことができました。盆地をへめぐる峰峰がくっきりと空との境界線を描いて、月影のおかげでいつもより星もよく見えないはずなのが、氷のつぶのように、よけいに透明感をまして、とても神秘的な夜空でした。

なんとか年を越せたけど、また正月休み明けからいそがしくなりそう。

2002年03月14日

開いた口がふさがらない

まったく、開いた口がふさがらないとはこのこと。鈴木宗男氏の利権あさりの実態のすさまじさよ。千島列島返還という、領土問題まで利権あさりの場にしてしまっていたとは……

このあいだの証人喚問のなかの鈴木氏の発言をめぐって、3点にわたる偽証容疑の告発を四野党が準備しているという。

しかし、この間の国会のやりとりをみていて、不思議かつあっけにとられてみていたのが、閣僚の態度。とくに塩川財務相と小泉首相の他人事ってな態度。

だいたい改革改革っていって声を張り上げておいて、鈴木宗男氏がやってたような問題を、いまのいままでなんでわからなかったの? それに、指摘されたら、徹底してみずから究明するのが、所属議員として鈴木宗男をかかえている自民党総裁の当然の姿勢でしょうが!

それを「わたしもおかしいと思いますよ」なんて……あんた、他人事じゃないっつうの。

結局、小泉改革ってなんだったの? 共産党の佐々木憲昭さんが追及しなかったら、なんにも出てこなかったってことじゃない。田中眞紀子も、外務省の官僚のなかで身動きとれないまんま、追いだされちゃった格好になったし、「強制権のない調査とご理解いただきたい」なんちゅうことを、この期に及んでまだのたまわっている川口さんをみているかぎり、外務省にもその長にも自浄能力はないんだっていうことをつくづく感じる。鈴木宗男を即、除名とかいう処分に徹しきれない自民党という政党も、自浄能力ないよね。っていうか、みんなたたけばほこりがたつってことかな?

2002年04月05日

春の嵐?

うう、0時をすぎてしまった。4日のうちに書こうと思っていたのに……
おとといの晩からすごい風です。うんうんうなってます。

とくに夜がすさまじい。台所の明り取りの窓、ひさしのところがトタンなんだけど、めくれあがっちゃいまして、すごい音たててます。おかげで朝早く目が覚めた。

4日の朝は、あたたかいんだけど、風がつよくて、自転車こいでもこいでも前にすすまないんだよね、これが。

盆地からのぞむ南アルプスや八ヶ岳、頭だけちょこっと見える富士山も、まだ頂きは白く輝いてます。風がつよいせいで、空気が澄んでいて、よけいくっきりと白さが際立ってる。

でも、もう桜も花びらを散らしてしまったし、青葉が目にささるようになってきた……。さいきんのからだのだるさはこの陽気のせいかな。春だねえ。

2002年06月03日

正直怖い……でも、絶対ゆるせない

いまさらなにを、と言われるかもしれないけど、おとといからのニュースを聞いていて、怒りよりも、あっけにとられるというか、ゾクゾクっとしたというか、なにか身の毛がよだつというか……そんな感覚におちいってしまったのです。

って、なんのことやらってかんじですけど、例の「非核三原則」“見直し”発言をめぐるニュースのこと。

明らかに、アメリカ政府の意向を意識した言動が、さいきんたてつづけに行なわれていて、そりゃ当たり前の帰結でしょ、って考えればそうなんだけれども、まさか、ここまで開き直るとは、正直思わなかった。

福田康夫って人がその発信元らしいけれど、そのあとの小泉首相の「どうってことない」っていう発言の企図するものも、怖い。あの小泉っていう人、単に“おバカ”じゃないな、と思ったわけです。かなりパフォーマンス的な効果をねらっているな、と。だって、ある意味、肯定もしなければ否定もしないってポーズだけれど、外交的にみたってえらく重大な発言を、結局、「どうってことない」といって“無視”“問題視しない”というやり方で、否定してないってことなんだから。つまり、否定しないってことは、肯定しているってことなんですから。

絶対、絶対、絶対許さない。

幾千万人のアジアの人たちと、幾百万人の同胞の犠牲のうえに成立しているいまの法体系のもとで、絶対に両立できないし、パキスタンとインドとの緊張が高まっているときの、被爆国の政府の発言としてもあまりにも重大すぎるし、許されない。

あの人たちは、きっと戦争をおこしたいのです。でも、私は徴兵されるのはいやだし、日本の同胞が、他国の人たちを殺すのもいやだ。ましてや、核兵器の使用、保持が「理論的には否定できない」なんて……。私は、理論的に否定します。核兵器は人類がつくりだした現存するもののうちでも、一番の失敗作だけれども、人がつくったものだから、かならずなくせると確信している。あんな無差別大量殺戮のためだけに存在するものが、なぜ、いまの国際社会に必要なのか。必要じゃないでしょ。日本国憲法は、はっきり、武力の保持を拒否しています。ましてや核兵器の保持などは論外です。もし、「理論的には否定できない」というんだったら、その人は(現にでてきちゃったんだけど)日本国憲法を読んだことがないか、意図的に読もうとしないし、理解しようとしてない人です。

2002年06月13日

やっと涼しくなりました

すごかったんだから、おとといの晩からの蒸し方といったら。
甲府盆地全体がサウナのようになってまして、窓をあけても、外がそんなだから、部屋のなかの湿気もどうにもならなくて。寝苦しかったし。

それが、ようやくです。きょう、夕方から、「え」ってかんじのさわやかさ。すっかり湿気が晴れ上がって、涼しい風が吹いてきて、自転車で切ってゆく空気のすがすがしいこと。

う?む、ビールもうまい!!

あ、そうそう、日本ではワールドカップの真っ最中(もちろん、おとなり韓国との共催)。

先日、チャットで、対ロシア戦で日本チームが勝ったことを知りました。「利家とまつ」を観てました、っていったら、笑われちゃいました。同僚には、「ほんとに、観なかったんですか? それもすごい精神力ですね」と感心されてしまいました。

そんなたいしたことじゃなくて、たんに興味がないだけでござんす。

こんなこといったら、おこられちゃいそうな雰囲気なのが、いまの大阪でしょうか?

夕方のニュースでは、一部の過激にはしゃいじゃった人たちが、電話ボックス壊したり、車のフロント割ったりしたようです。前夜祭ってんでしょうか? すごい盛り上がり方です。

きょう、職場の用事で買い物によった文房具店の奥さんに「サッカー全然見なくてね」といったら、小さな声で「ウチもよ」っていってました。けっこう、観てない人、いるんですね。

で、その店でも話になったんですけど、さいきん、ほんとにきな臭い動きしてるでしょ、内閣の面々。

防衛庁のリストの話には、驚き桃の木ですわ。そして、その後日談があったわけですねえ。内部調査による40数ページに上る報告書、国会への提出を、閣僚が押さえつけたってんですから。けっきょく4ページだっけ? いわゆる“概要”という形でしか国会へは報告されなかった。でも、所詮、浅知恵ですから、すぐ底が割れて、今回の騒ぎ。

「非核三原則」見直し発言やら、今回の騒ぎやらで、とうとう、見切ったのか、「朝日」の夕刊に「有事関連三法案、今国会成立断念」との見出し。中身を読むと、医療改悪の法案とか、生活悪化法案と、いっしょに通したかったけど、この際、医療改悪などの方を優先させましょ、ってことらしいし、「継続して成立にむけて努力する」と執念を燃やしているそうですが。

まだまだ、政界の方は、涼やかさとはほど遠いようで……

2002年07月05日

田中長野県知事がんばれ!

あんな県議会なんか解散しちまえ!
ほんとにどっちがわがままなんだか。汚職したり、公約を破ったりしたってんだったらともかく、公約実現のためにがんばって、“脱ダム宣言”を勇気をもって宣言した知事を、なんで不信任しなきゃならないんですか?!

議長も議長だよね。知事の答弁をさえぎるなんて。考えられない。数の横暴っていうんだよ、こういうの。県議会を解散して、県民にあらためて審判をあおぐべきだね。

田中県知事にたいして、不信任をつきつけた会派、それを支えている政党をしっかり監視しなきゃだめだと思う。それと、県議会の外の県民の世論がどこまで応援できるかだよね。

夕方のニュースでは、マスコミ各社にも不信任案提出にたいする抗議のファックスや田中県知事へのエールのファックスが8割だったって報道されていましたが、県民はしっかり見てるからね。県議会のなかではたしかに少数与党で、共産党くらいしか応援してないみたいだけど、県議会の外では、多数をしめる声です。なんてったって、それで選ばれたんだもん。県知事選挙で。

今後、田中さんが、どういう態度を取るかは、知事次第だけど、さいごまで、がんばってほしい。県民の信託を受けている知事としての使命をさいごまではたしてほしい。

正直、田中康夫っていう人、見直しちゃいました。はじめは、『なんとなくクリスタル』っていう例の本のイメージがあって、なに考えてるんだかわからんちんだと思っていたけど、なかなか気骨がある人でした。例の、議長の、知事にたいする妨害があったにもかかわらず、「県民のための改革をすすめるだけです」と淡々と粛々と宣言を述べ続けた気骨は、なかなかのものです。多数に支持されて知事になったという確信がなければ、やれないことです。

くらべちゃいけないけど、青島都知事とくらべちゃうんだよね、思わず。青島は情けなかったね。すぐころんじゃったもんね。圧力に屈して。都議会のなかだけの力関係で判断しちゃだめなのよ。ちゃんと支持してくれた有権者が、なにをあなたに期待していたかを、なにを託したかを見なきゃ。

田中長野県知事、がんばれ!!

2002年07月07日

日本国の報道機関について

最近、知人の報道記者と話をしていたのだが、あまりにも日本の報道の内容がアメリカからの視点に偏ってはいないかということ。

昨年9月のあのテロ以降それがとくにひどくなってきているのだが、こと外交にかんしてはひどいのだが、経済問題についてもアメリカ首脳がどう評価しているか、という視点からしか、自国の経済状況について報道しない。まるで、ほかの国の考えは論外とでもいいたいような。同じ資本主義国でも、イギリスのBBCの方がまだましじゃない?

そんないらだちをその記者にぶつけていたら、彼がこう言ったのだ

イギリスは、とにかく独立国だということでしょ。日本は事実上、アメリカに従属している国で、そういう国の報道機関だ、ということなんでしょうね
ふーむ。納得。

そんな話をしていたすぐあとに、新生アフガンの副大統領がテロによって殺害されてしまったという報道。その直前には、アメリカ軍が、同じアフガンで、結婚式の会場を爆撃して多数の死傷者を出したという報道があったのだが、NHKは、アフガン副大統領の殺害にたいするコメントとして、ブッシュ大統領のコメントのみを報道した。

バッカじゃないの!!

なにを考えているのかと、神経をうたがいたくなる。ブッシュ大統領のコメント――「アフガンの平和維持のためにたいへん憂慮している。今後、より強力に平和維持のための努力をしていく」――っていう内容自体、「なにさまのつもりじゃい」と思うが、そのコメントをそのまんまたれながす日本の報道機関のあり方にも、たいへん不信を募らせている。

日本のマスコミには、期待しないことにしているが、改めて、救いがたい状況におちいっているマスコミの現状を目の当たりにした思いだ。

この状況というのは、もちろん国内の政治状況の反映でもあるのだが、田中長野県知事不信任決議をめぐる報道にも、“政治的中立”をよそおった無責任報道という姿勢を感じる。

2002年07月11日

もはや台風は人災

いや、今回の台風の被害のすさまじさにはびっくりしました。

いま、北海道の方がたたいへんだと思います。ほんとに気をつけてください…としか言えないけど。

しかし、つくづく考えてしまいました。毎回台風は発生するし、大雨と大風が生じるわけですよね。そして被害が集中する地域もだいたい検討がついてるわけです。なのに、なぜ、被害がくり返されるのか。

公共工事にカネをつぎこんできた日本の政治ですけどね、はっきり言って、役に立たないものばっかりじゃなかったの?! 今回みたいな被害が出る地域に万全の防災工事をやるべきでしょうが!

いったいこれまでどこにどういうカネを使っていたんだか……。

そこで思ったわけです。“台風は人災”って。もちろん、台風は自然現象ですけど、いまは気象観測の装置やら方法やらが発達していて、それなりにコースとか、規模とかが事前にわかるわけですよ。役場の人たちなんかもいっしょうけんめいだったよね。でも、それだけじゃあフォローできないことが、放置されたまんまだったっていうのが、今回あらためてわかった気がする。

2002年07月14日

バーミヤンの壁画が生き残っていた!

この壁画のカラー写真をみたときに思い浮かべたのが、井上靖著『敦煌』でした。

高校生のころに、シルクロード周辺の都市国家に思いを馳せたものでした。井上靖氏は、この小説のなかで、敦煌から発掘された、大量の西夏文字による仏典を、ある意図がはたらいて洞窟の一室に埋め込まれたものと想定して、壮大な歴史スペクタクルを描いたのでしたが、そこに描かれていたのは、“文化、人類の思想、叡智こそが、何より尊く、後の世代に残されるべきものなのだ”というメッセージだったと思うのです。これは、読んだ当時も、そう感動したし、いまもそうです。

バーミヤンの壁画が、タリバン政権下の壊滅的な打撃のなかで辛くも破壊をのがれていたとは…。それが、偶然だったのか、はたまた、井上靖氏が想像したように、多数の人びとの意思によるものであったかは、まだ定かではありませんが、これを撮影した写真家の方、アッパレなり!

2002年07月31日

暑い……

梅雨明け、いつだったっけかな。

23日が大暑でしたが、まったく暑い。いまも暑い。風通しがよければまだしも、この家は風通しが悪くて、外の方が涼しい。扇風機は暖風をかきまわしております……。

そういえば、1週間くらい前まではセミの鳴き声が聞こえないなあと思っていたら、きょう、ふと気づいたら、ミンミンと、あっちこっちで鳴いてます。もう7月も終わりだもんな。8月に入れば、あっという間に秋。

とはいえ、この暑さはしばらくの間続くそうです。耐えられるかしらん……。

2002年08月05日

ツクツクボウシが鳴いていました

8月にはいればすぐ秋だよな……。そう書いたのはほんの数日前だったけど、こんなに早く秋の気配を感じようとは思わなかった。

ゆうべ、もうすぐ日が暮れるぞ、という時間帯でした。「ツクツクホーシ、ツクツクホーシ」って鳴いてるんだもの。あれ、もう鳴きはじめちゃったよ、ってちょっとびっくり。

2002年08月06日

きょうヒロシマの日

いま、NHKスペシャルを観ています。涙がとまらない。57年を経て、生き延びた人も心の傷をかかえて生きてこざるを得なかったということの重みに。

いま世界に存在する核兵器にくらべれば、ヒロシマ型原爆、ナガサキ型原爆は、桁違いに威力の小さいものだったが、世界ではじめて、都市という人口密集地域に、大量虐殺を目的に投下された核兵器であったことの凄まじさを実感する。これまで、意図的には、核兵器が都市部など、人口密集地域に使用されたことは、まだないけれども、現実に、“戦略”と称して国家首脳部が想定している。このおそろしさ。

きょうは休日だったので、リアルタイムで広島平和記念式典の中継を観た。

広島市長の「平和宣言」
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/index2.html
を聞き、小泉首相の「あいさつ」も聞いた。

広島市長は、アメリカ政府首脳が核兵器使用も含めた報復・先制攻撃を表明していることにたいして、批判し、日本政府は、憲法九条にもとづいて、報復の連鎖の中止と核兵器廃絶への外交的イニシアチブをとるようよびかけた。

しかし、広島市長がもっとも言いたかったであろうこの内容は、その後のNHKのニュースでは一言もふれられないままであった。それどころか、いまの現状では空文句にすぎない、小泉首相の「非核三原則」の堅持表明ということを強調して報道する。

私は、あまりにも、ひどい報道姿勢だと思ったので、昼間のニュースのときに、NHKに苦情を言った。いま報道されているNHKスペシャルのような良質の番組が、スタッフの努力で製作されている一方で、こと政治的報道をめぐっては、あまりにも情けないと。

2002年08月09日

きょうナガサキの日

長崎市長の平和宣言
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/abm/index.html
をリアルタイムで聞きました。広島市長の平和宣言よりも、よりつっこんだ内容だったと思います。

ヒロシマとナガサキ、この地名に象徴される事件の、人類史的重みというものを、改めて感じます。

長崎市長は、より直接的にプッシュ大統領のとる核戦略にたいする怒りと即時転換を求めていました。また、非核三原則見直し発言にたいしては、「長崎市民の心をふみにじるもの」と、より強く批判しています。

広島市長と長崎市長、このお二人の「平和宣言」のなかにこめられた願いと、率直な問題提起を、私たち日本国民全体が、真摯に受けとめ、実践しなければならないと感じています。

2002年09月08日

雑草のたくましさよ

盆休みは草取り三昧でした。

借家なんですが、まわりにけっこう草が生えてきていたので、大家さんからなにか文句を言われるか、大家さんに草刈させちゃうまえに、なんとかしなきゃとは思ってたんです。それに、秋ちかくになると、草が種をとばすでしょ。その前にぬきとらなきゃと、かなり本格的に草取りしました。近くのホームセンターで「フォーク」いわゆる「熊手」ね、それまで買っちゃって、軍手も買って。

1週間がかりできれ?いに草がなくなって、茶色い地肌をさらした“庭”先を見ていて、「こりゃ、砂漠化しちゃうかも」なんてことを思って、なんか複雑な気持ちになってましたが、なんのなんの。

それから2週間、いまやすっかり緑の草原になってます。

うれしいやら、悲しいやら。雑草のたくましさよ。ほんとに、あれだけ根っこから抜き取ったつもりだったのに、さいきんの雨の恵みのためでしょうか、すっかり成長しちゃって。

こんどの定休日には、また草取りやらなきゃ。

2002年09月27日

中秋の名月イブは美しかった

たしか22日の夜が“中秋の名月”といわれる月の美しい晩だったそうで。
21日の夜の月があまりに冴えて美しかったので、てっきりその日がそうかなと思っていたのですが。

9月はいろいろなことがテレビの画面から流れ出てきて、まったくうんざりぐったりしてしまいました。

9月11日――昨年の凄まじい映像を見てからもう1年たったんですね。そしてその後の、なんともおぞましい報復の連鎖。いまアフガンでは副大統領も殺され、新政権の維持も危うい状況のようです。いずれにしろ、子どもたちは、まだ安心して暮らせてはいません。

けさもイラク攻撃準備をすすめるアメリカ政府の“断固たる姿勢”が報じられていましたね。

それに、拉致問題――あまりにも生きている人が少なすぎた。なんで死ななければならなかったのか。待ちわびていた家族は、たぶん、韓国の生き別れになった家族が北朝鮮の家族と再会するシーンなんかと同じようなシーンを、思い浮かべて、期待していたんだと思うんです。あまりにも残酷な結果で、落胆ぶりは想像するにあまりあります。

それにしても、報道が拉致事件に巻き込まれた家族の気持ちにのっかって、国交正常化交渉全体の意義や前進面など、その全容を伝えることを軽視していたのには、がっかりしました。まるで、オウム事件のときみたい。渦中でがんばってきて、流れをつくってきた人たちが一方でいて、メドがつくと、とたんに、いままで無関心か真剣に解決しようという姿勢でのぞんでこなかったマスコミや団体が、こぞってオウムたたきに熱狂しました。それによく似ています。

イラク攻撃を表明するアメリカ政府の行動をめぐる報道もそう。さすがにヨーロッパ諸国、アラブ諸国からは、かなり手厳しい、アメリカへの批判がされているようで、報道のなかにも表われてきましたが、この間のドイツの選挙報道のNHKの現地記者の〆の一言――アメリカとの関係正常化が今後の課題になりそうです――だって。バッカヤロー! ひどいもんです。勝利したシュレイダー氏はイラク攻撃に批判的な主張をしているんですよね。

児童労働にかんする本の紹介があって、買って読みました。すでに2年前に初版本が出されていたものです。『資本論を読む』のコーナーで紹介していますけど。その本にも紹介されていた、ラクダレースを題材にした番組が、先日、NHKで放映されました。けっこういつも良質の題材で、楽しみにしている番組だったんですが。ラクダレースの騎手になるのは、たいへん幼い子どもたちなのです。たしか10歳前後だと思います。身体が小さくて軽いからなのでしょうか。実態が知りたくて、NHKに問い合わせているところです。

東京電力、中部電力など、ほぼ全国で、原子力発電のトラブルかくしが明るみにでました。

なんか、夏すぎていっきょにいろんなところから膿がでてきたってかんじ。

そんなこんなで、いろいろなことが頭のなかをめぐりめぐって、ぐったりするような日々でありました。

ああ、そんな日々のなかで、唯一のなぐさめになっていたのは、4カ月前にしこんだ梅酒がバッチリ大成功で、オンザロックで楽しめたことだ。2升仕込んだんだけど。1升は氷砂糖をちょっと入れすぎたのか甘すぎ。もうそろそろ飲み終わるので、もう一方の少なめで挑戦したほうを楽しみにしてます。でも、香りもいいし、すっきりさわやかに酔えていいですね、ふつうの焼酎よりも。

大家さんに1升あずけてたんですね。置く場所に困って。そしたら――来年は、もっと大振りのいい梅があるから、ウチのを分けてあげるよ――なんて、ありがたいお話をいただきました。来年の梅の季節が楽しみだ。

2002年11月27日

大きなのっぽの古時計

いま、平井堅の歌う「大きなのっぽの古時計」がけっこう人気だそうですね。私はきらい。彼の歌い方が。

これくらいメジャーな歌というのは、人それぞれに思い入れがあるもので、私にとっての思い入れと、彼の歌い方、とくにあの変にのびるビブラートというかこぶしというか、そういうのとは、合わないんです。

職場の昼休みにその話をしたら、えらく反発されてしまいました。

でも、私にとってはそうだからしかたない。

2002年11月29日

拉致問題のゆくえ

昼に、いつもの食堂でひさしぶりの客とよもやま話をしていて、拉致被害者の家族の話になった。その客は、北朝鮮にいる被害者らの子どもや家族のことを心配していて、

「彼らはいったん帰すべきだし、帰るというべきだ」

というのだ。

もちろん、そうなるに越したことはないし、私もはじめは、彼らがいったん北朝鮮に帰るものだと思っていた。

でも、24年ぶりに再開した日本の家族の気持ちも痛いほどわかる。

北朝鮮という国が、わけのわからない国だからこそ、これでまた帰してしまったら、ふたたびまみえることはなくなるのではないか、という気持ちになるのも無理はない。だから、被害者の家族や友人が、とどまるよう説得したのも無理からぬことだと思うのだ。

むしろ、私が気になったのは、まわりの反応だった。

マスコミや一部野党や与党内のタカ派。

これまで拉致問題をほとんど無視していた彼らが、ことさらに騒ぎ立てる。マスコミの取材攻勢は、いつものことだが、ことはあちらに残されている家族をふくめた人命にかかわることだから、余計、彼らマスコミの無神経さにあきれてしまった。

それに、もっともまずいと思うのは、拉致問題の報道のさいに、日本が朝鮮を植民地にしていて、強制的に、つまり拉致して、日本国内に連行してきたおびただしい朝鮮人の存在があった歴史的事実をふまえていないことだ。

日本国内にある朝鮮人学校の生徒にたいする暴行やいやがらせが多発しているという。まったく、おなじ日本国民として、そういうことをするやつらの存在が情けない。拉致事件を引き起こしたのは、北朝鮮政府であって、国内に残されている在日朝鮮人の人々は、むしろ、日本が引き起こした戦争の犠牲者であって、拉致事件の加害者ではない。

北朝鮮の拉致事件というのはもちろん国際法上も、人道上も許されないことだし、だからこそ、今後の事実解明のためにも、国交を断じて開かなければならないと思う。ルートを断ち切ったら、解明の一歩が開けた道筋を断ち切ってしまうことになる。

帰りたいけど、帰れない……。とくに曽我ひとみさんをみていると、切々と思いがあふれているような気がする。曽我ひとみさんがいっていた。「自由に、里帰りで行き来できるような関係になるように望んでいる」と。ほんとうに、そうだと思う。そういう国どうしの関係を築くことしか、この問題をほんとうに解決する道はないのだと思う。

さっきの客は、国交回復以前の段階でも、拉致被害者とその北朝鮮の家族だけでも、自由に日本と行き来できるような、特別パスを発行するという措置をはかればいいじゃないか、といっていたが、それもいい手だと思う。

拉致事件の真の解決のためにも、北東アジア地域の安定的平和のためにも、無責任な報道や、政治哲学をもたない政治屋の無責任発言に、ぜったい惑わされないようにしたい。

2002年12月04日

民主党の混迷

鳩山由紀夫代表が辞任するという。こんなに非民主的な態度はないだろう。代表選挙は、つい2カ月ほど前の9月に行なわれたばかりだった。民主党の宣伝文句は“民主的な開かれた代表選”。

それから2カ月たって辞めるときには、選んだ人たちにはなんの相談もなし。お家の都合かなにかは知らないが、勝手なものだ。これが民主的党運営とでも誇るのだろうか。

そういえば、2?3週間前だったか、民主党内の一部の若手議員が、自民党議員の一部といっしょに「勉強会」をやっているということで、鳩山代表がおこったというニュースを聞いた。

鳩山代表は「そういうことをやるから、支持率が下がるんだ(伸びないんだ)」といって、彼ら若手議員を批判したとか。

しかし、民主党の基本政策そのものに与党の政策とのちがいのないことが、若手議員の“造反”を生み出す要因ではないか。

「不良債権早期処理」の早さの度合いを競ったり、「道州制」だとかいって市町村合併など自治体リストラの規模のでかさを競い合ったり、基本政策の上で、自民党・公明党・保守党などと変わるところがないのだから、彼らの行動は、むしろ自然だったのだと思う。

今回の辞任騒ぎになった直接の契機は、鳩山代表がぶちあげた「新党」、新「統一会派」方針が、党内でうまく意思統一できなかったことだったらしいが、基本政策で与党とちがいを出せないなかで、いかに数合わせをしようとしても、混迷をふかめるだけだ。

2002年12月06日

イージス艦派遣

「イージス艦」というあまり聞きなれない活字が新聞紙上におどっていたきのう。ネットで調べてみた。

http://bb-wave.biglobe.ne.jp/newword/

のページに紹介されていたところによると、

イージス艦

迎撃ミサイルを備える高性能で強力な艦船。
イージスとは、ギリシャ神話から来る言葉で、盾、防御という意味。多方向から攻撃されても、相手の艦船が発射するミサイルを同時に200個までキャッチし、12以上の目標物を同時に迎撃できる大型で高性能、強力な艦船。鑑の周囲300kmの範囲で攻撃を察知し、100km以上の射程距離をもつ迎撃ミサイルを装備。日本の海上自衛隊も「こんごう」など4隻のイージス艦を保有している。

で、このイージス艦を、対イラク戦略のためにペルシャ湾に展開する米軍にかわり、インド洋に派遣するのだという。

専守防衛が基本方針のはずの自衛隊が、なぜわざわざ日本を遠くはなれてインド洋くんだりまで出張っていかなきゃならないのか。

それも、いま世界が、イラクをめぐる問題が平和的に解決できるよう、固唾をのんで、あるいは、大規模なデモンストレーションで訴えながら、見守っているときに。

このイージス艦派遣をめぐっては、新聞報道をみていてあきれてしまったことがある。

「公明新聞」の報道である。

5日付の1面では、党首が「派遣反対」を表明したことが掲載されていたが、きょう、6日付の1面では、「派遣は憲法の範囲内で慎重な運営を」とあった。

こういうのを“朝令暮改”というのだ。

2002年12月09日

初雪だあ!

たぶん。これがはじめての甲府盆地の降雪だと思う。朝起きたら、小雪が空からちらちらと。

最近の朝の冷え込みの厳しさ、ゆうべの夜の冷え込みは前兆だったか。

2003年01月04日

仕事始めに……

年末年始の短い集中休暇のあいだ、あまり外にも出歩かず、映画も家のなかでCS放送をみたりしていたから、“外気”にふれなかったせいもあったけど、きょう、ひさしぶりに職場に出て、帰宅したとたん、自分のからだじゅう、タバコのにおいが染み付いているのに気がついて、ほんとうにいやな気持ちになった。

こんなにまとわりつくものなのかっていうくらい。服にはもちろん、なぜか手にもにおいが染み付いている。職場の洗い場のタオルのせいかな。となりが喫煙コーナー兼談話室になってるからなあ。髪の毛のなかにもにおいが残っているようで。

休んでいるあいだは自分自身の体臭くらいしか感じなかったから、よけいにタバコの煙のにおいが気になる。

2003年01月07日

初凍結

昨夜の気象情報で、山梨県全域に低温注意報(警報だったっけ?)が出されていたのに、水抜き作業をしなかったら、けさ、やっぱり台所の湯沸し器の水が凍っていた。しばらく水がでなくてあせったけど、幸い凍結がひどくなくて、しばらくして普通どおりに出てきてくれたからよかったけど、今年はじめての湯沸し器の凍結であった。

北側にあって、家のなかでは一番低温になりやすいトイレの水は、もう2週間くらい前から、朝凍っていることが多かったんだけど。

2003年01月12日

“北朝鮮有事”が現実感を……

まったく、とうとうNPT脱退などという滅茶苦茶なことをやってのけた北朝鮮。
「アメリカの核独占政策、わが国への政治的圧力に抗議する!」という言い分――たしかに核拡散防止条約っていうのは核をもつ国の優位を保持するという思惑がプンプンするものだけど、だからといって、「それはけしからんから、わたしも核開発をすすめるぞ!」っていうのは、それは筋ちがいでしょ。

だいたい、北朝鮮政府が、そういうことを言える立場かということです。散々、国際的無法行為――大韓航空機爆破、ラングーン爆弾テロ、韓国や日本からの拉致、ロケットを他国の領空をまたいで発射、などなど――をやってきておきながら、いまさらそんなことをアメリカにむかっていっても、納得されっこないでしょう。

それに、いくら「核開発は兵器のためでなく、電力供給のためのもの」といったところで、これまでの北朝鮮の対応をみているかぎり、信じる人はいないです。

だからこそ、ということなんだけど、こういうときだからこそ、お隣の国であり、憲法九条をもつ日本国政府が、どれだけ国際的道理にもとづいた冷静な外交対応ができるかが、ほんとうに問われてきたと思います。

いま、アメリカの対北朝鮮政策にまるごとのっかってしまったら、まさに、朝鮮戦争の再現という最悪の事態になりかねない。

2003年01月14日

愚痴っぽいけどね

ほんとに。いまさらなんだけど。いま「アコム」のCMを見たばっかりで、むかついているので書いちゃいますけど。
あの宣伝ね。にこやかな女の子がお客さん本位っていうかんじで写ってるんだけど、あれ、貸す顔じゃなくて、返せってときの顔を写せって思うわけ。
金貸すときの顔がいい顔なのは当たり前じゃん。

そんなこんなしているうちに、
“黄色?い看板、プロミス”と、
“ほのぼの、レイク”
って、たてつづけにCMがありました。

ほんと、金返せってときの態度をCMで流せばリアルなのに……って、思います。

2003年01月21日

ピース・アクション

今月18日を前後して世界各地で連携して行なわれたピース・アクションという大規模なデモンストレーション。

このことを報道した記事を、県下独占紙「山梨日日新聞」で探したら、国際面で3段記事として扱われていた。テレビでの報道はあまり見ていない。気づかなかったのか、報道自体がされなかったのか。

国内のメディアサイトをあちらこちら見てみたけれど、なかなか全容がわからない。

以下にアメリカのサン・フランシスコで行なわれたピース・アクションのもようを多くの写真で紹介しているサイトを見つけたので紹介します。

http://www.indybay.org/

2003年01月24日

冬の星座

ああ、なんてはっきり見えるんだろう。
きのう降った雪は、街中では7割がた消えかかっているけど、私の住んでいる地域の畑や田んぼの上には一面に雪ぶとんがふんわりと覆っている。その雪明りに照り返されて、冬の夜空がいちだんと黒々と、くっきりと際立っていて、オリオン座がはっきりと見える。

2003年01月31日

冬のビール

冬は、なにはなくともナベだよね。白菜と豆腐はかかせないけど、人参と鶏肉、あと茸類があればいいよね。

それと、なぜかさいきん、シュワーっていう炭酸の刺戟がほしくてほしくて、ビールがおいしいんだよね。べつに部屋が乾燥してるわけじゃないし、熱くて熱くてしょうがない状況じゃないのね。なんたって、ことしも灯油なしで過ごしてますから。

2003年02月04日

スペースシャトル事故

もう2日前のニュースだ。NHKの朝の連ドラでちょうど宇宙飛行士をめざしている若者の物語をやってるけど、この事故でシナリオに影響があるんじゃなかろうか。

やっぱりまだまだ人間が地球の引力圏から離れて、またもどってくるということは、技術的に安定していないことなんだと、つくづく思った事故だった。

それと、これは顰蹙ものかもしれないが、違和感を感じたのが、報道のなかでみたアメリカ・テキサス州のある男性の一言。

シャトルはもちろん、乗組員のカラダも服も、かなりの広範囲に落下していて、そのうち乗組員のものと思われるバッチを見つけたその彼が、つくづく言っていた。

「思わずふみそうになって……。よく見たらバッチでした。乗組員の名前が書いてあって……。それを読んだときに涙がでてきて……」

たしかにさもありなんと思いながら、私は欺瞞を感じてしまう。

いまアメリカ政府はイラク攻撃の口実をやっきになってつくりあげようとしている。どうしても戦争をはじめたいらしい。

アメリカによって空爆をうけたアフガンでは、何人の罪なき人たちの肉片がとびちったことだろうか。またバクダットで、その行為がくりかえされようとしている今、スペースシャトルの事故による被害者には涙をながせるアメリカ国民と、それを痛ましく報道する日本の放送局が、同時に、戦争をひきおこすのをよしとするか、それを助長するような報道をしていることに、なんとも居心地の悪さを感じるし、素直に、ニュースを見られないのだ。

2003年02月06日

NLP誘致撤回

けさはじめてテレビニュースで知った。YBS(日本テレビ系列)のズームインで。ひさしぶりに清清しい思いをした。

それはそうと、はずかしながら、NLPってさいしょにテロップにでたとき、液化ガス基地のことかと勘違い。「夜間離着陸訓練」だった。そもそも、そんな話がもちあがっていたことも知らなかった。それも被爆県広島の町に、である。

町長の撤回判断の早さが、ニュースでも話題となった。防衛施設庁から打診をうけ、“水面下”での調整をおこなっていたとのこと。ことが明らかになったとたん、たいへんな反発がひろがったそうである。

印象的だったのは、地元町民の声。ある女性が

「戦争の片棒を担ぐことにならなくて、ほんとうに安心しとります」

といったのだ。

思わずなみだがでそうになった。

2003年02月11日

春近し……かな?

だと思ったら、あしたから、また寒さがぶり返すそうな。くだらないけど、職場の上司が、「それじゃあ、“寒ブリ”じゃん」だって。さぶ?。

ほんとうに先週からの暖かさは体調がくるうほど。とくにこの3日間は汗ばむほどだった。この分だと、この冬もさいごまで灯油なしですごせそうだ。

2003年02月16日

3年ぶりの帰郷

きのうの夜遅く、ようやく3年ぶりにふるさとに到着。安い航空便をさがしていたら、夜に羽田を発つ便にそういう格安運賃の便があって、お世話になりました。帰りも。――帰りの方が心配だ。羽田に着くのが夜の10時すぎだもんな。どうやって山梨まで帰ろう……。

着いたのが夜中だったが、両親が快くもてなしてくれて、さっそく一杯やりながら話をしたが、どうも政治談義になるとけんか腰になってしまう。

まだ、話のテーマには選ばないほうが良さそう。避けたほうが無難だ。

2003年02月18日

なつかしい書棚

以前は私の部屋だったところは、いまは物置になっているのだが、私が使っていた書箱のなかに、とうに忘れていた本が残っていた。

通っていた高校のある町の駅前通りの本屋のカバーがしてある。

艶色文庫小説もけっこうでてきて、もんもんとしていた時期だったことをあらためて思い起こした。

でてくるでてくる。ヘッセに凝っていたんだ、そう言えば。『シッダールタ』とか『車輪の下』とか。『クヌルプ』なんて、まったく覚えていない題名の本もあった。あと、スタンダールの『赤と黒』とか。小林多喜二の『蟹工船・党生活者』もあった。版は昭和59年のものだった。

2003年02月19日

結果散々の帰省

昨夜福岡空港を発って22時半に羽田に降り立った。すでに山梨行きの電車はなく、それはもうとうにわかっていたことなので、まえもって調べておいた歌舞伎町のカプセルホテルをめざす。

福岡を発つときに、ちょうどおととしの歌舞伎町ビル火災事故の特集が放映されていたのだが、これからあそこに行くんだなあと、なんだか複雑な気持ちになった。

しかし、タイミングが悪いというか……むこうを発つ前の日からどうも調子がおかしかったのだ。鼻の奥が妙に乾燥してヒリヒリして……飛行機のなかでは耳はつまるし鼻はつまるしで、頭が重くなるし、結局カプセルホテルにたどりついたころには、カゼの一番のヤマだった。

いまようやくアパートにたどりついて一息ついたところだが、けさ届いていたらしい新聞の一面に、例の韓国・大邱市の地下鉄火災のニュース。すでに飛行機の中でも、カプセルホテルの備え付けテレビでも報道されていたけれど、とうとう死者は120人をこえるのではとか。

いまのところ、放火による火災である疑いが強いそうだが、そうだとすれば、その無差別性といい、無責任さといい、言語道断だ。動機など、背景になにがあるのかしらないけれど、絶対にゆるせない。

そんなこんなで、きょうは一日、職場に電話して、休ませてもらうことにした。

2003年03月13日

しっとりとした寒風

ゆうべは夜の会議のため、帰宅が午後10時になった。そのため就寝時刻は、たぶん午前2時。これじゃあ翌日の仕事に差し障りがあるなあと思ったが、それでも、翌朝、つまり今朝は、いつもと同じ、午前7時半に目がさめてくれた。

それで、きょうは午後5時半には退社。夕暮れの空気は、やはり冷たかったのだが、妙にしっとりと感じる。きのうまでの空気よりも湿気をおびているのが頬にあたる風でわかる。

空を見上げたら、西の空から南の空にかけて、青黒い、みるからに重そうな雲がたちこめていて、そこから湿った風が吹き降ろされているのだろうかと思う。専門家じゃないし、朝連ドラのヒロインじゃないし、くわしいことはわからんが。

それでも、「春だなあ」と思ったわけだ。

2003年03月17日

17日を期限にするな!

武力攻撃はイラクにたいする回答とは決してなりえない!
日本とアメリカ・ワシントンDCとの時差は、およそ11時間ほどらしい。ブッシュ大統領が決断の基準日と設定していたのが17日。きょうももう幾時間かで終わる。

2月16日を前後して全世界をめぐった“ピース・アクション”の大波を境に、日本国内のマスメディアも、イラク武力攻撃を唯一の“圧力”とする、アメリカやイギリスと、それを支持するスペイン、日本政府などの姿勢を疑問視する報道がされはじめたが、全体としては、戦争開始は力関係として止む無し、という雰囲気だった。

ここにきて、全世界の世論が、各国の政府を動かしはじめている。これまでにない、戦争阻止への熱意と圧力が、各国政府を取り巻いている。国連加盟諸国のうち、数としてはもっとも多数を占める非同盟諸国と中東・湾岸諸国も、武力攻撃に反対の意思表示をした。けっして反アメリカの態度をとっているわけではない国ぐに、それどころか、アメリカへの経済的政治的依存度がつよい国ぐにでさえもだ。

それに引き換え、日本政府の態度は、「依存度がつよい」国ぐににくらべても信じられないほど、アメリカ第一主義まるだしである。依存しているというより、一心同体というべきか。だから、日本政府の見解など、聞く必要がない。アメリカ政府にさからったことなど、戦後これまで一度としてなかったのだから。

その日本政府の足元でも、若者が立ち上がり始めている。日本政府の態度を変えさせるのは至難の業ではあるが、強力な同盟国日本の国民世論の動向は、必ずや世界にむけた強いメッセージとなるにちがいない。

2003年03月20日

ブッシュ米大統領を戦争犯罪人として訴追すべきだ

理由の第1。今回のイラク武力攻撃は、国際法上なんらの根拠もない。理由の第2。主権国家の元首を選択する権利は、当該国の国民にあるのであって、第三国にはない。したがって、気に入らない国の元首を追い出せないからといって、追い出すためにその国を武力で威嚇したり、侵略する権利は、いかなる国にも認められていない。

理由の第3。大量殺戮兵器の廃棄について、それをイラク政府が放棄、拒否したという証拠はないし、国際機関は、いずれの機関も、イラク政府が大量殺戮兵器の廃棄を放棄、拒否したということを断定してはいない。むしろ、査察の継続と強化によって、湾岸戦争いらいの国際約定の履行をせまることは可能であると判断している。

世界的に「戦争はこたえではないし、問題を解決しない。武力攻撃反対」の声が、未曾有の規模に高まっているなかでの愚行である。アメリカ合衆国政府の行為を世界の市民はけっして黙認しないだろう。また、米政府を支持する国々の政府をも。

さらに、この愚行をたんなる事実の列挙としてしか報道できない、無知蒙昧なNHKニュース報道のあり方は、かの七十年戦争において、報道機関がおかした罪を、くりかえすものだろう。私は12年前、湾岸戦争勃発時に学生だったが、当時腹立たしかったのは、攻撃する側のニュースは流れても、攻撃されている側の被害について、ほとんど情報が入らないことだった。ところが、今回については、この愚行が開始される前からの傾向が、よりエスカレートしているのだ。

とくに、NHK特派員の口をかりてしめされた、NHKのフランス政府の外交にたいする評価に、それが顕著だ。まず、こうだ。

武力攻撃によらない事の解決を主張していたフランスにとって、この戦争を回避できなかったことは、フランス外交の限界をしめすものと言える
戦争をひきおこしたのは、イラクではない。アメリカ政府自身である。イラクが直接アメリカを攻撃したのではないし、12年前のように、隣国のいずれかを攻撃したのでもない。戦争を開始した側を「やむをえない行為だ」と擁護しておきながら、平和的解決を一貫して追求し、その先頭にたって奮闘してきた政府の外交を非難するとは、言語道断である。そして、さらに、こう続けたのだ。
戦闘がはじまったうえは、早期に戦争が終結することを願うとして、フランスはアメリカ軍の領空通過をみとめているが、冷え切ってしまったアメリカとの外交関係は、容易に修復しないだろう。今後、アメリカとの間の外交の困難を克服することが、フランスにせまられている
NHKのアメリカ中心主義の根深さが相当なものであることが、この報道一つみても分かるというものだ。

しかし、はたして、NHK特派員氏がいうように、ことがすすむだろうか。私はそうは思わない。威信を失墜しており、今後、国際外交の表舞台で、その権威をなくしていくのは、フランスではなく、アメリカ政府だろう。そして、そのアメリカに、ひたすら追随してきた日本外交のような、国際平和ではなく、アメリカ第一主義の世界ルール構築にあくせくする国ぐにの政府の外交のあり方が、権威をなくしていくにちがいない。

私はこのさい、国際法廷において、戦争犯罪人として、米大統領ブッシュ氏を訴追するべきだと思う。

そしてついでに、これまで私はNHKの受信料をあまんじて支払っていたが、ここにきて、私が支払っている意味をもう感じなくなったので、受信料支払を拒否することを決めた。

2003年03月25日

NHK受信契約の解約

さっき電話で受信契約の解約申請をした。若干のやり取りが必要だった。「解約したいから引き落としは中止してください」の一言ではすまなかったのだ。

受付した女性スタッフによれば、“放送法”にもとづいて受信契約と受信料支払が規定されているそうで、NHKの放送を受信することのできる設備をもっているものは契約を「しなければならない」のだそうだ。

放送法第32条1項にはこう記述してある

協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジヨン放送に該当しないものをいう。)に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りではない。
「ですから」――と受付の女性は言った――「解約には、お客様のテレビが壊れてしまったとか、受信設備が機能しなくなったというような理由が必要なんです。」

結局、いったん契約をしてしまえば、テレビを壊すか、アンテナを撤去しないかぎり、契約を解約することはできないということだ。

幸いというか、私のアパートのテレビは室内アンテナだったので、すぐアンテナの接続を切って、「いま、室内アンテナとの接続をきりました。こんどのごみの日にアンテナをだして処分します。」と言ったら、解約申請を受理してくれた。正式には、こんど送られてくる書類にサインして、送り返せば、完全に解約完了ということだそうだ。

放送内容が見るに耐えないという理由だけでは、解約することができないということをはじめて知った。NHKも教育チャンネルとか、総合チャンネルのスペシャル番組とか、いい番組はあるし、残念だけど、CSを受信していることだし、映画やドラマ、アニメーションなどは十分楽しめるし、主要な国のニュース配信も行なわれている。それに、これで、NHKのイライラするようなニュースはもう見なくてすむ。

これは期待していなかったが、受信料が半年ずつの銀行口座引き落としとなっているため、ことしの7月まですでに引き落とされていた分、4月から7月までの契約料は返金されるとのこと。もどってくるというのだから、ありがたく頂戴しておこう。

2003年03月28日

「誤爆」って……

この言葉、いつから使われはじめたのだったか。しかし、ほんとうに都合のいい言葉だと思う。けさの新聞にもいくつか出てきているけれども、この「誤爆」の下には生身の人間がいるのだ……。
あ、ごめん。まちがえちゃった――ではすまないのだ。

首都をはじめ、人口の密集している都市を空爆、砲撃するという行為自体、無差別性の濃い攻撃なのは明らかなのだ。すべての住民が避難してしまっていると確認できない状態で行なわれているのだから。

そういえばブッシュ大統領はこんなことを言っていたっけ

フセイン政権は冷酷非情だ。市民を平気でわが身の盾とする
つまり、フセイン政権を攻撃するさいに、住民が犠牲になることを十分承知のうえで、今回の作戦を展開しているということらしい。

「放送受信機廃止届」――帰宅したらNHKから届いていた。先日の解約申請にもとづいて送付されたものだ。氏名と捺印欄のほかに、「廃止理由」の記入欄があったので、つぎのように書いた。

とくに今年に入ってからの貴社のニュース報道の放送内容が、放送法第1条、および第44条に抵触し、視聴するに堪えないものとなったため。
あすの日付で届日を記入した。さっそく投函しよう。

2003年03月30日

桜の咲く季節

職場への往来に通う道沿いに、2つの神社があって、それぞれの境内に桜の木があるのだけれど、この2日くらいの間に、淡い色の花びらを開いている。

さいきん、昼間のだるさがとてもつらくて、暖かくなるのも良し悪しだと感じていたら、本格的な春なのだと、その桜の花びらを見て、思ったのだ。

2003年04月07日

つばめ

冷たい雪とみぞれで凍えたおとといとはうって変わって、きのうからのあたたかさが、まだ午前中は、それでも寒さが少し感じられていたのが、午後には、暑いくらいになった。

桜は、寒さがもどったせいか、まだ豪勢に咲いていて、春まっさかりの様相だと思っていたら、帰りぎわ、ふと空をするどく低く飛ぶ鳥が目に入った。つばめだ。

つばめは初夏の鳥と思い込んでいたから、4月の上旬に、すでに甲府盆地に飛来していたかとおどろいた。巣作りをはじめているようだ。夕方のすずしくなった空気のなかを飛ぶ羽虫などをねらってか、しきりに路地の上の空間を行き来している。

つばめを見上げたその空が、いま、猛襲をうけているバグダッドの上空にもつながっているのだ。

まわりはいま、いっせい地方選挙前半戦の真っ只中で、候補者カーのアナウンスがときおり騒がしいが、日本の空は静かだ。

2003年04月10日

フセイン政権は「自壊」したのか?

山梨県内の地方新聞であり、地域独占紙である「山梨日日新聞」の今朝の1面は、やはりバグダッド陥落のニュースだ。
共同通信の配信による写真が大きくトップをかざっている。

バグダッド市内を移動中に、街頭のフセイン大統領の肖像画を破って掲げる米陸軍第三歩兵師団の兵士(9日、共同)
と写真の説明書きにある。

解説記事は、9日の共同通信配信をもとに書かれているらしいが、「独裁体制のもろさ露呈」という見出しで、最初の段落につぎのように語っている。

圧倒的な戦力を持つ米英軍が包囲する中、イラクのフセイン政権の“牙城”バグダッドが9日、陥落した。市内や郊外で住民の離反が相次いだことで、フセイン大統領は「支配者」としての権威と統制力を完全に失った。
フセイン大統領が呼び掛けた市民による首都防衛の「聖戦」もなく、独裁体制のもろさを露呈した。日に日に増す米軍の軍事的圧力に耐えきれず、政権が自壊したともいえる
この文章に、明らかなパラドックスがある。米英軍の展開を「圧倒的な戦力」と評価し、米軍のイラク領域内への侵略を「日に日に増す米軍の軍事的圧力」と言っているのに、「政権が自壊」という。

国家的暴力でもって、クラスター爆弾などの大量殺戮兵器を多量に使用し、病院もホテルも見境なく砲撃する“圧倒的軍事力”をもって、これまで通常兵器を最小限度にまで削減させてきた主権国家にたいする恐喝をおこなってきたのは、どの国の軍隊だったか。

よくも「自壊」などといえたものだ。

私はもうテレビ局にも新聞社にも、なんら期待しない。「山日」新聞も、つきあいでときどき3カ月ほど購読してきたが、もう二度と購読することはないだろう。

2003年04月15日

けっして、この非道を許さない

とおい昔、やはり日本も“天皇は神さま”という、軍事的独裁体制にあったという。

それが連合軍にやぶれたとき、要領のいい大人たちは、占領軍司令官マッカーサー氏との対話・対面のなかで、自らの地位の正当性を訴え、保身をはかったという。

そのなかで生き残った、戦争犯罪者の末裔が、いまも、わが国の政界で、二世三世として幅をきかせているという。

いま、フセイン政権を、圧倒的な軍事力によって「制圧」したやからが、「われこそは正義なるぞ」と言って、“戦後復興”なるものを提唱している。

みずからの意思で、みずからの国柄を選択する権利は、その国の国民がもっている。このことは、あの多大な犠牲をこうむった第1次、第2次におよぶ、世界大戦の惨禍のなかから、「ヒト」という種族が到達した「叡智」であったはずだ。

それをふみにじるものが、ただ現在のところ、いかに、大きな軍事力をもち経済力をもっていようとも、それはただ一過性のこと。人間があゆんできた数万年におよぶ長いあゆみのなかでは、わずかな期間の逆流でしかない。たとえ「人間」が、特定の、恣意的な目的を持たずに、今日まで進化しつづけたにしろ、なにより、「生き抜く」ために、これ以上の「共食い」を、人間社会全体が、放置しておくわけにはいかないのだ。

今回の、あきらかな、米英軍による「侵略戦争」の経過のなかで、報道されなかった数々の残虐非道の実態が、刻々とあきらかになるだろう。いったい、この数週間に、「独裁体制転覆! 民主主義擁護!」という旗印のもとで、いかなる所業が行われたかが、必ず、全世界の人びとの眼前に、明らかになるだろう。これらの所業に加担した人びとを、わたしは「戦争犯罪人」と呼ぼう。イラクの、罪なき子どもたち、女性、老人、逃げたくとも逃げることのできなかった人びとや、殺されるべきでは、決してなかった人びとの、痛恨の叫びを叫び続けなければならない。

それは、アメリカ政府の、狂信的キリスト教原理主義者ともいうべき、ブッシュ大統領の政策に、なんの躊躇もなく、支持を表明し、加担してしまった、わが国政府与党――自民党・公明党・保守党のヤツらを、与党としているはずかしさ故だ。こんなヤツらを与党とする政府を樹立するだけの、国会議員をかかえている、日本国民の恥辱としてだ。

2003年04月19日

花水木“満開”

そもそも初夏の景色と思っていたから、気づいたときには驚いた。花水木が、この2、3日の間にいっせいに苞葉を開いて、白やピンクの色彩を街路にくわえている。

桜がもう葉桜になって、緑が濃くなってきていたので、とくに目立つようになった。

それにしても、この4、5日の陽気は異常なほどで、5月下旬だとか中旬だとかと、騒がれていたっけ。

2003年05月10日

突然の訃報

今朝の目覚めも悪い……。まだ微熱があるようだ。ゆうべ寝入りばなに故郷の同窓生から電話があった。同じ同窓生が急死したとのこと。ショックだった。ここ数年、なんどか故郷の同窓生が集まる機会があって、そこにも顔をだしていなかった。

思わず「過労死か」とたずねたら、どうもその可能性が大らしい。心筋梗塞だったかもしれない。「ずいぶん苦しんで死んだようだ」と電話の向こう。なにやらその声の背後が騒がしいのでたずねたら、近隣の同窓生がいま集まっているとのこと。

花輪くらいは出したいのだという。「もちろん。費用については、あとで請求してくれれば対応できるから」といっておいた。

2003年05月15日

Iraq Body Countついに4800をカウント

つい2?3日前、「3000人を超えるか」と重い気持ちで見ていたIraq Body Countのサイト。なんと今朝見たら、ミニマムで5000人に達しようかという数字である。

内訳を見て驚愕した。ここ1カ月間に攻撃対象となったバグダッド市内の病院が、確認されているだけで19箇所。その攻撃のなかで死亡が確認されているのが、1500?2000人にのぼるというのだ。この数字が明らかになったことで、全体の死亡確認数が一気に増えたのであった。

2003年05月17日

有事法制急展開

なぜ今になって民主党が妥協したのか。現在、自由党も同調しているから、有事法制諸法案に反対している政党は、共産党と社民党だけとなった。

前回の国会では、野党がこぞって反対したのに、今回、「基本的人権の尊重」という文言を入れるという条件つきで賛成したのだという。民主党のサイトでその声明を読んだけれども、有事法制という、戦争協力法自体が、現憲法と矛盾しているのだし、「尊重」はあくまで「尊重」であって、事態の推移によっては、制限されることが依然、明言されているままである。

だから、いったいなぜ今になって……という疑問がわいてくるのだ。もしかしたら、総選挙、参院選での選挙協力(とくに公明党などとの)が取り交わされたのではないだろうか……あるいは、民主党のスポンサーの一翼である軍需産業資本からの圧力があったのだろうか……などなど、いろいろ勘ぐってしまう。そう勘ぐりたくもなる、大義なき「妥協」である。

国家主権と国民の生命・財産にかかわる重大法案である。党利党略で扱うべきものでないことは明らかだ。

2003年06月06日

きょうという日に

いつかこの日記を読み返して、きょうという日に、自分がどういう判断をしていたのか、振り返れるように、やはり、きちんと書き留めておかねばならないと思う。

有事法案が参議院で可決成立した。
前の国会で反対していた民主党、自由党もふくめ、国会内の圧倒的多数の賛成による。
反対したのは、共産党と社民党だ。
しかし、国会の外の、国民大多数の声を代弁したのは、むしろ、共産党と社民党の議員だったと確信する。

誰でも戦争はイヤだ。
なかには、アメリカさんがいるから日本は安泰だという人もいるかもしれない。
しかし、私は、イラク戦争勃発にいたる経過と、勃発後の、言語に絶する惨害を知るにつけ、アメリカがやろうとしていることの実態が、ここにあるのだと、まざまざと見せつけられたと思っている。

日本がアメリカに守られているのではない。
日本はアメリカに占領され、血税をアメリカの世界展開されている軍隊のために湯水のように使われ、自衛隊はアメリカの補完軍隊として増強され、世界への覇権確立にむけて着々と態勢を整えているのだ。

私はこの数ヶ月地上波放送はいっさい見ていない。
事務所や食堂のテレビで有事法案可決成立のニュースを見た。
NHKの若いアナウンサーが、感情のまったくこもらない無機質な声でこう枕詞を言う。

日本が武力攻撃を受けた際の態勢を整えるための有事関連法案……
と。
いったい、現在、世界第2位の軍事費をつぎこんでいる世界有数の自衛隊という軍隊をもっている日本に、どこがせめてくるというのか。

北朝鮮のことが騒がれているが、飢餓・食糧難が喧伝され、独裁体制による矛盾があちこちに吹き出ている脆弱な社会体制である国家の軍隊とは、くらべものにならないくらいの軍事力をもっているのは、この北東・東南アジアのなかで、中国を入れても、日本がダントツなのである。

むしろ、アジアにとっての脅威は、さきの侵略戦争を美化し、世界有数の軍隊を、またいつか展開したような、侵略のための手段として、武力による威嚇の手段として使用するのではないかという脅威なのではないのか。

なんのことはない、「日本が武力攻撃を受けた際」とNHKアナウンサー氏は言うが、国会答弁によれば、この場合の「日本」とは、インド洋や紅海にうかぶ巡洋船であり、イージス艦なのである。アメリカと軍事的共同行動を、現在もなしくずしにとっている自衛隊が、今回のような法制度のもとで、実際に起動するとなれば、まさに、イラクへの侵略戦争のような戦闘行為に、日本の軍隊と、日本国民の財産、公務員、医師、看護婦、港湾労働者、船舶労働者、航空労働者などが、まるごと関わることになる。

たしかに法律は成立したが、具体的法令はこれから作成されるのだという。
断じて、この諸法案を生きて機能させてはだめだ。
あのイラク戦争のような行動に日本の同胞をまきこませてはならない。
一人たりとも、大義なき戦争のための加害者としてはならない。

私は、一般メディアには、すでになんらの期待も、要望も持ち合わせてはいない。
インターネットの世界は、その点で、世界の良心的情報発信者と、こだわりなく、制約なく、つながりをもつことができる。いま、この特性を存分に生かすことが、とても大事になっていると思う。
与えられる情報ではなく、自らの良心にしたがって、つくり、広げる情報へ。
世論は市民の生活感覚から生まれる。生存への欲求から生まれる。
断じてアメリカ政府のバカ殿と、フィクサーたちの、意のままに、世界世論は動くはずもないし、動かしてはならない。

2003年06月09日

入梅まじか

先週末、天気予報で8日ごろから、東海・関東甲信地方は入梅、という情報を得ていたのに、なぜか晴れてる。

それでも10日ごろから本格的に雨つづきになりそうなんだけど、心配しすぎて、洗濯をあきらめていたのに、こんなタイミングで晴れの日がまだ続くんだったら、もっとチャッチャとすませとけばよかった。

2003年06月11日

IRAQ BODY COUNT, 7000

IRAQ BODY COUNTという調査機関はイラクでの全面的な戦闘が終わったのちも、一般市民の殺傷された実態を調査しつづけている。つい3週間前だったか、5000人をカウントしたと書いたのは。いまミニマムで5500人、マキシマムで実に7000人をこえている。

米英軍の強引な侵略の最大の大義名分であった大量破壊兵器は、なかった。

殺された7000人をこえる老人、女性、子どもたちの命を、いったい誰があがなうのか。

小泉首相は先日、ブッシュ大統領の個人の牧場に招かれ、ブッシュの運転する車に乗せてもらってご満悦だったそうだ。7000人をこえる人間を殺した殺人者と同席して、さぞや楽しかったことだろう。

きょうも「党首討論」で、米英軍のイラク攻撃を支持した根拠とした大量破壊兵器の存在について、いったいその証拠をどこで入手したのかという質問に、おちゃらけて答えていたが、こういう集団によって日本の政治が動かされているのだと思うと、悪寒がする。

人間の痛みとか、人生の喪失感とか、そういうものとはまったく無縁なところで生きてきた人種なのだ、きっと。そうでなければ、あれだけの能天気さで、戦争と平和の問題を口にはしないだろう。

2003年06月14日

晴れのち曇りのち雨

ようやく梅雨入りらしい天気になった。
それにしても、朝の清々しさは格別だった。ただ、もう8時をすぎると猛烈に蒸し暑くなる。昼頃から曇りはじめ、午後4時すぎごろからパラパラと降りだした雨は、おしめり程度のこれまでの雨とちがって、苗を植えたあとの田に、一定度の水をたくわえられるくらいにはなったかもしれない。

2003年06月21日

市内は暑い

あっちっち。やっぱり郊外とちがって市街中心部は暑いよー。夏日でありました。

しかし空梅雨だよな。このまんま雨が少ないと、お百姓さんがほんとうにこまっちゃうんだけどなあ。

さて梅酒の方は、お金の余裕が現局面では、ないので、とりあえず青梅が痛まないように冷蔵庫にしまって、月末の給料日まで待つことにした。青梅がもちますように。

2003年06月22日

夏至

きょうは夏至だったそうな。昼のニュースを職場で見ていて、知った。そう言えば、きょうは6時45分の退社だったが、7時すぎまでまわりが明るかった。

ところがあいにく空には雲。これで雲が少ないか、ほとんどなければ、もっと昼間の時間の長さを楽しめたのに。それにしても、もう夏至だ。もう今年の折り返し点だ。

そう思うと、なんだかまだ8月にもなっていないのに、これから一途、冬に向かって日が短くなっていくんだなと思う。

2003年06月24日

「桜んぼ実る頃」考

シャンソン「桜んぼ実る頃」を訳し終わって、あらためて詩の内容を思ったら、やっぱりこれは酒場で、酔った男連中が肩をくみあったりして、大勢で歌った歌なのではないかと思った。

よく似た光景を思い出したのだ。アニメなんだけれども、「母をたずねて三千里」というフジテレビ系で放映され、いまも人気のある作品のなかで。

マルコが母親をたずねたずねて、とうとうアルゼンチンの内地深くにたどり着くのだが、そこで、イタリアからの船のなかで知り合った同郷人とばったり出会って、困っているところを、イタリア人入植者がよく集う酒場で助けられるシーン。

そこでイタリア男たちが歌っていた歌が「さらば恋人よ」。

綴りがわからないけど、イタリア語であることはたしかだろう。“ベラ・チャオ、ベラ・チャオ、ベラ・チャオ、チャオ、チャオ”といって肩を組みあい歌うのである。「さらば、さらば、恋人よ」の歌詞で知られている、かの歌である。

2003年06月25日

同窓会の案内

どういう偶然なのだろう。先日、中学校時代の同窓会の案内ハガキがとどいたのだが、その次の日には、実に20年ぶりに今度は高校時代の後輩からメールが届いたのだ。

中学校同窓会にはたびたび出席したことがある。今度は急逝してしまったクラスメートの一件もあり、

「やっぱり会えるうちに会う機会を多く持とう」

という趣旨らしい。この8月のお盆の時期に同窓会を予定してくれたのだ。

ふるさとの町にはけっこう同級生がいて、時折みんなで集まっている様子。ただお互い家族もいることだし、ほんとに、こんな機会でもないと、集まりにくいよな。

私はといえば、もっと質が悪い。だいたい帰省自体、あんまりしなかったし。こういうことでもないとウチに寄り付かない。帰ったときも知人に知らせることもしないし、のんびりぼおぉっとすごして、すぐもどってくる。

すでにこれまで生きてきた年数の半分をこちらですごしているから、物心がついてから数えたら、すっかり山梨県人である。こっちの風土にカラダもなれてしまったし。ことしの2月だったか、ひさしぶりに帰省したときには、体調をくずしまくってたいへんだったのだ。

しかし、高校時代の後輩からのメールにはおどろいてしまったし、なつかしかったな。当時の同窓生とはいまやほとんど交流がない。そのなかでもサークルが同じだった友人からは、年賀をいただく。ありがたいことだ。今度の後輩からのメールの件があってから、もう一度きちんと連絡を取り合ってみようと反省した。

この盆に予定されている中学校時代の同窓会。前後3、4日しか滞在を予定していないが、連絡がとれるところに取りまくってみるか。

2003年06月29日

ほんとに梅雨、明けるの?

となりのおばさんから聞いたのだが、梅雨が明けるらしい。はて、梅雨はいつ来たのやら。来るくると言っていたから、いつだいつだと待っていて そういえばこの間、午前中だけとか、夜中だけとか 2、3回ドシャーと降って、それっきりだったから そろそろ本降りの季節に入ってもいいよな

と思っていた矢先、はや、梅雨明けだそうな。

おいおい……

でも、これまでにもなんどかあったけど、気象庁が梅雨明け宣言したあとに、たっぷり雨が降ったなんてことは2度や3度じゃありませんでしたよ。

ちなみにきょうの甲府盆地は真夏日で、35度はくだらなかったのじゃなかったろうか。

2003年07月03日

やっぱり書きつけておかずには…

イラク措置法とやらが国会で物議をかもしている。自衛隊をなんとしてもイラクへ送りたいらしいのだ。自民党さんや公明党さんや保守「新」党さんは。

伝わってくるニュース――CSのニュース番組かニュース・サイトの情報だけれど、一番ショックだったのは、CS・BBC放送の、英軍死亡のニュース。

占領政策への不満をデモンストレーションで表していた一般市民。警護にあたっていた英兵よりも人数が多かったそうな(そういう場合が多くて当然だけど)。ビビった英兵の一部がそのデモにむかって発砲し、けが人が出た。怒ったデモ参加者の一部に過激な人たちがいて、近くの警察所に押し入って、銃を奪い、英兵を射殺して、大騒ぎとなった。

国会の答弁で「イラクのどこで戦闘がはじまってもおかしくないという、米軍幹部のコメントをどうみているのか」という質問に、首相はじめ閣僚は、ただただ「非戦闘地域に派遣するのだから大丈夫」と言い張るばかり。

派遣される自衛隊員や家族の身になってみろってんだ!

一番もとめられているのは、イラク国民自身による国の再建だ。

警察力の整備はもちろんだけれど、病院の設備は、バグダッド市内だけでも、主要な医療施設は空爆で破壊し尽くされている。医療体制をはやく構築するために、国連が中心になって、医療専門家チームを組織して、最大限の人員を派遣するとか、教育機関の再建のために人を派遣するとか、やるべきことはたくさんある。

なぜ自衛隊という武装集団を送り込まなければならないのかというのが、私にはどうしても解せない。逆に憎悪の対象となり、石ならまだしも、銃弾を打ち込まれかねない、そんな雰囲気をニュース報道から感じているからだ。

武装集団でなく、むしろ丸腰の医師、看護婦、教師、ビルや橋の再建のための技術者、水道や電力供給のシステム復帰のために必要なありとあらゆる専門家の派遣。

どれをとっても、ユニセフなど、国連を中心とした国際機関でこそ十分に対処し、機能できるはずのことばかりではないか。

このさい、自衛隊派遣先にありき、という前提を捨て去って、国内のNGOとも連携して、一刻も早く、イラク国民自身の手による国の再建を開始できるよう、条件を整備すべきだ。

そのためにも、なにより、一刻も早く、占領軍は撤退すべし。

2003年07月06日

58年前の「甲府空襲」

私の住んでいる甲府市の人口は現在20万人弱。

昭和19(1944)年当時甲府市の人口は約12万人強だったそうな。昭和20(1945)年はすでに主要な都市が爆撃され、3月10日には首都(当時でいえば帝都)東京が猛烈な空爆によって惨害をこうむった年である。当時富士川沿いに、B29の大編隊が東京方面にむかって飛んでゆくのを見たという人にあったことがある。

昭和20(1945)年、明日に七夕をひかえる7月6日。天皇制政府がポツダム宣言を受諾し、日本軍国主義が敗北し、戦争が終わったのは、それからわずか1カ月ちょっとであったが……。

この日の夜、139機にのぼるB29の大編隊が現われた。当時積翠寺町に住んでいた人に聞いた話では、B29は現在の甲府市和田町から古府中町にかけてまず焼夷弾を落としたそうだ。当時風は山風で、甲府盆地に北からの風が吹いていて風上にあたったこともあったらしい。また当時甲府駅北口付近には甲府49連隊の駐屯地があったと聞くが、この駐屯地の殲滅も大きな目的であったろう。

しかし、甲府市は当時でも県内でもっとも人口の密集していた都市であった。当然、焼夷弾による風上からの火災発生が、非戦闘員の住居地域をふくめ、市の全域におよぶことは容易に想定されていたはずである。

甲府盆地の北西部から山際をめぐるように焼夷弾が落とされ、その空爆によって発生した火災は夜方ふく山風にのって、当時の甲府市街地の7割を焼失させたという。被災者8万7千人、当時の甲府市人口の実に7割に達した。死者1127名。現在の酒折町、あの連歌発祥の地で有名な地域であるが、そこに長く住む年配の女性からも、この酒折駅付近まで火の手が広がったという。

甲府市は水晶加工技術で有名であるが、柳条湖事件以降、とくに昭和15(1940)年の「奢侈品禁止令」で間接的直接的に水晶・宝石加工業は様々な制約を受けている。それに軍事的産業政策の影響もあって、水晶発振子、レンズ、絶縁体等の軍需研磨品の生産体制に組込まれていく。昭和16(1941)年、太平洋戦争に突入する頃には、甲府市にも山梨県地方統制工業組合(後に山梨県海軍統制工業組合)が発足し、明電舎甲府工場は陸軍軍需工場となり、その下請け協力工場としても業者は働くことになった。太平洋戦争に突入翌年の昭和17年「企業整備令」によって、商業関係の従業員は、すべて動員され、軍需工場で働くか召集されて兵士となるかで、商業界は壊滅状態であったという。

甲府空爆は、このような軍需産業工場の破壊を戦略的目的として行なわれたのではあるが、はたして、それは人口密集地を完全に焼失させることを目的とした、非戦闘員をふくむ無差別殺戮作戦でもあった。

もともとこの無差別殺戮作戦は、日本軍国主義による皇軍をはじめ、ナチス・ドイツなどがまっさきに開始し、とくに中国の諸都市の壊滅(なかでも南京における大虐殺は世界的にも有名な愚行である)、ゲルニカの壊滅など、数え上げればきりがないほどである。しかし、その無法にたいして、無法でこたえることがはたしてゆるされたのか。

イラク・バグダッド空爆を思い、きょう、58年前の「甲府空爆」を思う。

当時の日本軍国主義の犠牲者であり、アメリカ軍の国際法違反の無差別爆撃作戦の犠牲者にたいして、黙祷。

2003年07月09日

長崎市幼児殺害事件の報道

カメラの映像から、被害者といっしょに歩いていた男性が特定されたとの報道。同市内の中学生だとのこと。

事件に深く関与していると考えられるので、事情聴取を行なっている。ただし、当該者が中学生であるため、警察は慎重に調べをすすめている
とのこと。本来は、これだけでいいのだと思う。報道内容としては、これ以上踏み込めないのだいまのところは。けさ早くネットのニュース配信でこの事件についての報道を見るかぎりでは、この中学1年生を県警が事情聴取をはじめたという事実だけでなく、
犯行時に14歳未満である場合、刑法は刑事責任を問わないから、事件への関与が明らかになれば補導し、児童相談所に通告することになる
ということまで言及してしまう。ほとんどのメディアがそうだ。容疑が確定することを前提に、この中学1年生の社会的抹殺がすすめられている。少年の冤罪事件が増加している大きな要因の一つに、このメディア報道のあり方があると思う。

たとえ、少年が事件に関与していることが確定したとしても、本来刑法や少年法などによって少年の犯罪にたいする対応が「教育的」なのは、少年犯罪が、たぶんに社会的背景をともなっていること。大の大人でも精神的に追い詰められ、やってもいない犯罪を「自白」するほどの警察の「事情聴取」のすさまじい実態があるからだろう。

メディア報道は、以前、松本サリン事件で痛恨の教訓を得ているはずであったが、基本的な姿勢はまだ変わっていない。

2003年07月10日

裁かれるべきは?

今回の長崎市幼児殺害事件は、殺害方法の残酷さに驚き、それが12歳の少年による行為であるらしいことが明らかとなってそれがまた衝撃をあたえた。二重に痛ましい、やるせない事件となった。

加害者とみられている少年の家族や親戚が「ワイドショー」的報道攻勢から守られなければならないし、被害者の家族もこれ以上傷口を広げるような報道は絶対にさけなければならないと思う。

今回の事件をめぐって、警察の対応に疑問が2点。

  1. 事情聴取のさいは任意同行が前提だが、報道によると少年は複数の刑事に一人で連れて行かれたとのこと。目立たない場所などの選定が必要だったにせよ、このことは十分注意されなければならないことだと思う。
  2. 被害者家族のコメントがこのタイミングで公開されたこと。殺された家族にとって、「コメントを」ともとめられれば、あれよりほかに言いようがない。しかし、新聞各社がいっせいに報道することがわかっていて、なぜ敢えてこのタイミングで公表しなければならなかったのか。
またぞろ少年法「改正」という論調がでてきている。しかし、厳罰化がなんの効果もないことは、今回の事件であきらかなのではないか。

少年犯罪には、それを生み出してしまう社会的一般的要因と、それが顕在化する特殊な要因と、2つの面があると思う。12歳の少年のなかにどんな「闇」があったのか。

人は誰しも多少なりとも心の中に「闇」の部分を潜ませている。それは年齢には関係ないのかもしれない。その闇を顕在化させるにたる契機は、いまの社会にはそこここにあふれているではないか。

テレビ番組では暴力シーンが当たり前のように登場する。なんの必然性もない、淡々と描かれる殺人や暴力、銃撃戦。「名探偵コナン」というアニメの主人公は幼児化した高校生だが、小学生たちの目の前に、殺されたばかりの死体があっても、アニメのなかの小学生たちはその「死」の恐怖や重大性にはほとんど無関心で、むしろいわゆる殺人事件の謎解きの方にすぐ関心をむけるのだ。

女性にたいする暴力の肯定的描写、弱者にたいする社会的いじめの蔓延――この場合、いじめは教室のなかより、むしろ職員室のなかで、あるいは株式上場企業の職場のなかで、有名工場の作業場のなかで、行なわれている。国際的「いじめ」の許容、推進。社会的弱者にたいする政策的「いじめ」あるいは間接的「殺人」。

裁くのは誰か。今回の事件で裁くべきはいったい何か。

2003年07月12日

「確信犯」考

どこの新聞だったか「日本語の乱れ」とかいう特集で、いくつかの言葉の意味の転倒や混乱を指摘していたが、ご多分に漏れず、私もこの「確信犯」という言葉の意味、間違って使用していたのに気づかされた。

私は「悪いこと、まちがっていることとわかっていて、あえて犯す事」という意味だと思っていた。辞典で調べなおしてみたら、小学館『国語辞典』ではつぎのように説明してあった。

道徳的・政治的・宗教的な確信をもって、正しいと信じておこなう犯罪。また、その犯罪者。[革命運動・宗教改革運動など]
さしずめ、例の鴻池防災担当相(青少年育成推進本部副本部長)の発言は、この「確信犯」という本来の意味あいで、確信犯的発言だったのだろう。そうでなければ、あれほど開き直れはしない。そしてまた、こういう人物を党内にそのまま温存しておく政党や、大臣として任命した総理大臣もやはり同様の「政治的な確信」をもっていたのだろうから。

なんという国だろう。われわれ国民は、このような人びとを国の代表として政治をあずけなければならないのだ。

2003年07月13日

うんざり…ぐったり…

夕刻から大粒の雨。いま午後8時。本降り。最近のテレビや新聞を見ていると、とても平常心ではいられなくなる。あの事件のショックをまだ引きずっている。

政治家の無神経な発言にもむかつくし、加害者が通っていた中学校の生徒が嫌がらせを受けているというニュースにもうんざりする。学校にも無言電話や嫌がらせの電話がしょっちゅうかかってくるとか。

ある学校では、教頭がこの事件を引き合いに出して生徒を脅したというし、ある学校では、「人権尊重を教えるため」と称してネットに流された加害者の(ものではないかと勝手に判断された)写真を教室で生徒に見せたとか。うんざりするニュースばかり。

いったいこの国はどうなってるんだ。

2003年07月21日

つばめの巣

何か書き忘れていたことがあったんだ。ようやく思い出した。19日の出勤のとき、いつもの交差点で信号待ちをしているときに、「ピーピー」という鳴き声にふと顔をあげたのだ。

つばめの姿をことしはじめてみたのはいつだったっけ。たぶん日記を読み返してみればわかるのだが、5月だったと思う。そのころ懸命につくったのだろう。小ぶりの巣が壁にへばりつくようにしてつくってあった。

自転車屋のおじさん、こそぎ落とさずに残しておいたんだな。孵ったばかりなのか、つばめの子が大きな口をあけて鳴いていたのだ。

そこはもう甲府市の市街地のなかだし、一方通行だけど車の通る道だし、交差点だし、よくもまあこんな騒々しいあぶなっかしいところで、無事に巣づくりを仕上げてきたもんだ。

さいきん人が死ぬニュースばかりで滅入っていたので、なんだか涙が出るほどほっとした。

2003年07月30日

国連の公用語

NHKは地上波放送を見なくなって久しい。先日NHKのWebサイトをのぞいたら、こんどアラビア語講座が開設されるらしい。国連の公用語にもなっているということをはじめて知った。

さっそくUNのWebサイトを検索してトップページにジャンプしたら、英語、アラビア語、中国語(たぶん北京語)、フランス語、ロシア語、スペイン語のそれぞれの入口があった。たぶん使用している人口が多い順番に公用語とされたのだろう。

英語は「大英帝国」の植民地となった地域で使用されている言語で、北アメリカ大陸の3分の2以上の地域で使用されているのをはじめ、オーストラリア大陸でも公用語だし、インド亜大陸では準公用語だ。フランス語もやはり植民地となった東南アジアやアフリカ大陸の一部で使用され、カナダでは英語とならぶ公用語だ。スペイン語は「大航海時代」以降中南米大陸を中心に使用されている。ロシア語はロシア帝国だった広大な地域で使用可能だ。中国語は広東語も含めればそれこそかなりの人びとが話す言語だ。

そしてアラビア語。今回あらためて、この言語が使用されている地域の広大さを思った。西欧が「暗黒時代」とよばれた期間に、ユーラシア大陸からアフリカ大陸北部にかけて席捲したイスラムの大帝国があったのだった。

その地域がいまやアメリカという軍事的にも経済的にも「大帝国」となった国の一部の「キリスト教原理主義者」によってかく乱されようとしている。そういうときに、NHKでアラビア語講座が開始されることは、善きこと哉。

それにしても、そのことに、つまりそれだけ多くの人びとがアラビア語圏で古くから住まっているということに、こういうときでないと気づかないということに、いかに情報が西欧や米国にかたよっていたかということを思い知らされたし、それに私自身が慣らされていたのだということを思い知らされた。

2003年07月31日

夕方の遠雷

きょうは蒸した。かなり湿度が高い1日だった。夕方になって雷のゴロゴロという音が聞こえたから、そのうち一雨くるかと待ちかまえていたけれど、そのまま曇り空は変わらず。

この時期の雷というのは梅雨明けの兆しらしいのだが、先だってとなりのおばさんにまんまとハメられてから、「梅雨明け」という言葉に不信を抱いている。安易に信じないようにしている。さて今回はほんとうに梅雨明けの兆しだったのか、夕方の遠雷。

2003年08月02日

ほんとの梅雨明け宣言だ

きょう昼間のニュースを事務所のTVで見てたら、関東・甲信越・東海地方も「梅雨が明けたとみられる」と気象庁が発表したとのこと。はっきり「梅雨明けしました!」って言えないのは、このところさっぱり予報があたっていないからだろう。

ほんとにきょうの暑さときたら、夕方になってもちっともおさまらない。ただし、梅雨明けが8月にずれこんだのは、さいきんではめずらしいのだそうな。

小学生や中学生、夏休みを楽しみにしている子どもたちが、ようやく「らしい」夏休みを過ごせるわけだ。こちとらオトナたちは、暑さにまいっちまいます。

2003年08月04日

つばめ巣立ち

つい2週間前だったか、ピーピーと大きな口を開けて鳴いていた燕の雛のいた巣が空になっていた。
もう8月だものなあ。きっと渡って行ったのだろう。たしか燕も郭公も渡り鳥だったと思ったな。

2003年08月05日

すさまじい夕立/爆弾テロ!?

週に1度の定休日。朝からうだるような暑さで、それでも朝のうちには日陰になっているアパートの横の草取りをした。

先日から気になっていた水道管の水漏れのことで電話が入って、工事にすぐ向かうという。やっぱり雨のたまり水ではなかったのだった。メーターの手前の漏水だったので検針のときにもわからなかったのだ。その工事が終わったのが午後2時ごろだったか。ちょうど日陰がなくなって、陽射しがまともに照りつけるなかでの作業だったけれど、思ったより短い時間ですんだ。

この暑さじゃまいってしまうと、水風呂に入って、グダ?と横になっていると、にわかに空が暗くなってきた。午後3時ごろには小雨がぱらついていたが、風も出てきた。さっきまでのうだるような暑さがウソのようだ。すずしい風が心地よく吹き抜けている。

そのうち40分くらいたったころか、雲が厚くなってきて、遠くで雷が鳴りだした。かと思ったら、雨が大粒になって、一気にバケツをひっくり返したような豪雨になった。あっという間に玄関側のアスファルトの道路は「川」になってしまった。ちょうど排水溝が一番低い位置にあったからなのか、集中的に集まってきた水を処理しきれずに、逆流して道にあふれだしていたのだ。みるみるうちにアパートのまわりが水浸しになってきた。玄関先では、車がとおるたびに、小さな波が押し寄せてくる。床下浸水とまではいかなかったし、玄関にまで水が入り込むことはなかったが、急に降りだすと、こんなに水が処理されずにあふれてしまうものかと改めて思った。

現在すでに午後6時をすぎている。雨も小降りになり、水も大分引いてきた。「川」と化していた道も、側溝に流れ込んでいる水がうまく流れていくようになったおかげか、逆流してあふれでることもなく、どんどん水が引いている。雨はまだ小降りとはいえ、降り続いているが、急に寒さを感じるほどの涼しさになった。梅雨ではない。すでに夏の夕立という感じ。
まだ遠雷が聞こえる。PCが心配だったので、30分ほど前まで連続して発生していた雷におそれをなして、照明から扇風機から、TVから、電源をストップしていたのだが、ようやく復帰させた。

さきほどストリーミングのニュース配信でジャカルタのホテル爆弾テロのニュースを見た。
すくなくとも10人が死亡。けが人をふくめて被害者は100人にのぼるという。
まったく許せない! こんな手法を使っていったいなにが変わるというのだろう。
火種をまきつづけているアメリカのキリスト原理主義者にも怒りを感じている。

2003年08月07日

58年目の「きのう」

私が住んでいる甲府市も「非核平和都市宣言」を行なった自治体のひとつらしい。きのうの朝、8時15分、

「広島市に投下された原子爆弾による犠牲者を祈念し、黙祷を」

と市内に放送が流れ、鐘の音が響きわたった。その場でしばらく目を閉じていた。

けさの新聞で広島市長の平和宣言を読む。
胸が熱くなる。
政治家としての品格では内閣総理大臣よりもはるかに秋葉市長の方が高い。
闇のなかの光。高齢化してはいるが被爆者の「和解」の精神は現代世界にむけて掲げられている光だと、市長は高らかに宣言した。そして、アメリカ大統領や日本政府にたいする痛烈な批判。

「地方自治の精神とは斯くあるべし」

との感を強く抱く。

2003年08月08日

「愛の讃歌」の歌詞

本場フランスのシャンソンの歌詞の検索サイトで確認したら、「愛の讃歌」の作詞はピアフとはなっていなかったし、作曲者もちがってた。私がはじめ参考にしたのは学生時代に買ったシャンソン集だったのだが、実際にピアフの歌っている曲を聴きなおしてみたら、やっぱり私の手元にあるシャンソン集の歌詞と若干ちがう。

そこでシャンソンのページを訂正してアップ。訳詞もそれに対応して若干訂正。

2003年08月09日

奇妙な符合

けさ4時半に目が覚めてしまった。それというのもすさまじい風と雨音のせいだ。すっかり明るいのだけれど、表は確実に台風が近づいているんだと思わせる悪天候。頑固に干したままだった洗濯物を見たら、ほとんど落ちていたり吹き込んでいる雨にうたれてぬれていて、けっきょく全部洗濯しなおすことにした。

体調も最悪できょうは休んで明日出勤することにして、『指輪物語』の続きを読む。とても『資本論』のノートをすすめられるような集中力はなかったから。

物語はすでに第二篇「二つの塔」に入っていて、ここでも血沸き肉踊る描写がつづいていて、これまでになくトットと読みすすめた。この篇の前半では、ローハンとアイゼンガルドの戦いが描かれている。それに行方不明となっていたホビットの二人組、ピピンとメリーのエントとの不思議な出会いと胸を沸き立たせるエントたちのたたかい。

しかし、この前半のラスト、アイゼンガルドの「元」白の会議長であった「元」賢者サルマンの「声」のくだりで、ふと思い出したのだ。

きのうの昼、いつも世話になっている食堂で久しぶりに会う常連の客と話になって、先日の秋葉広島市長の平和宣言はすばらしかったとほめたたえあっていたが、少々気になる一言があったのだ。私は新聞記事でその全文を見て胸を熱くしたということを言ったら、その客が「いまあれだけの政治家はほかにはいないだろう。話っぷりがよかった」というのだ。

たしかにいい話をいい語り口で話す能力というのは政治家にもとめられるのかもしれないが、「中身もだが話っぷりのほうに魅了された」という客の反応に、少々危険だなと思ったのだ。話し方がうまい独裁者で有名なのはヒトラーだろう。さいきんだと、小泉首相や石原都知事。歯に衣着せぬ物言いが魅力だという人がいる。私はやっぱり中身だと思ったのだ。話し方は後からいくらでもついてくる。中身がはじめにありきだろう。

「サルマンの声」についての描写は、私がその時感じた危険なにおいとそっくり重なるものがあって、ちょっとドキリとしたのだ。

天候の方は、これが「嵐の後の静けさ」というものか、ピタリと雨も風も止んでしまった。いまごろは日本海側の地域の人びとが災難にあっているころだろうか。台風は西宮市に上陸以降、北寄りにコースを変えたらしい。

2003年08月17日

きのうの夕方帰宅

ちょっと時間の感覚が混乱してるかも。帰郷して同窓生に会って、一気に20数年間の空白が埋まったような気がしていたんだけれど、その一方で、その20数年間でそれぞれの人生にふりかかってきたいろんなことを聞いたら、それなりの溝を感じたし。

ふるさとの風景は、一部の地域ではかなり変化していたが、少し道を入ると、ほとんど20数年前のまま。もちろん、「この前」まで中学生だった“はとこ”がすでに一人前の社会人でかわいい子どもをともなって初盆に来ていたし、同窓生だって、中学2年生の子どものいる人とか、すっかりそれなりの貫禄をただよわせていた。人間は相当変わっていたんだけれども。

ふるさとまでの往復路が、それなりに時間がかかったことは、この際、“時間差”を埋めてくれるのにとても役立ってくれた。たいくつするのがわかっていたから持参した『指輪物語』(文庫本の分冊で)全9巻を読了。大きな副産物であった。感動したし。感無量。映画も2?3倍楽しめるはず。

2003年08月24日

愛は地球を救うか?

職場のTVで「愛は地球を救う」の放映がきょうだったのに気がついた。

愛は地球を救うのだろうか?

この場合の愛とはなにを指しているんだろう? 人類愛かしら。いまの国際情勢を目の当たりにして、このスローガンは私には欺瞞としか聞こえない。

この番組に寄せられる善意はたしかに本物だろうと思うのだけれども、それらの善意をふみにじる「もの」にたいする勇気ある批判が、番組のなかで語られるべきではないのだろうか。どう考えても無謀としか言えないような長距離マラソンなどをプロデュースして、それが成功するかどうかで、「感動」を呼ぶしかないとすれば、あまりにもここで叫ばれているスローガンは浅薄すぎる。

愛は地球を救わない。

2003年08月25日

万景峰号騒動

密輸品、それも麻薬など、明らかに反社会的物資の輸送に関わっている疑いがもたれている船だから、今回の厳重な点検、監視体制は当然といえば当然だと思う。これまで北朝鮮政府が行なってきた無法行為を考えれば、受入国側としても慎重にならざるをえない。

しかし、あの「帰れ」コールはいかがなものか。わが国には、本人の意向とは関係なく祖国から切り離されてながきに渡って生活することを余儀なくされた人びとがおり、その人びとにとって北朝鮮は「祖国」なのだから。

拉致問題を引き起こした国際的責任をどうあがなうかという問題と、今後の北東アジアの軍事的緊張をいかに緩和してゆくかという問題とは、密接に関わっていることは確かだし、拉致被害の家族の人びとの気持ちもわからないではないけれど、あの「会」のあり方は、それらを前提に考えても、どうも解せない点がある。

いま北朝鮮の無法は無法として批判することは重要だが、それを「制裁」によって是正させようとしても、不可能である。むしろ緊張を高め、悪循環に陥ってしまう危険性の方が大きい。拉致被害家族の悲願である家族の渡航、帰国の実現自体が遠くなってしまう可能性の方が大きいのではないか。

キムデジュン政権時に開始された「太陽政策」に学ぶべきだと思う。あれは「北風と太陽」の挿話からきている銘銘だと思うのだが、いま日本のマスコミと与党多数派が行なっている実際の言動は、「北風政策」ともいうべきものだ。それでは、国際的無法行為を繰り返してきた、国際的ルールに「慣れていない」無謀な政権を、ますますかたくなにしてしまうことになってしまう。

私は、北朝鮮のゆがんだ体制を批判すること自体は必要なことだと思うけれども、いまのマスコミの報道姿勢には、ただただ、アメリカの「悪の枢軸」国規定を「裏付ける」ことにやっきになっているか、無責任に敵対心をあおっているとしか見えない。

「いったいあなたがたはこの北東アジアという人口密集地域で戦争を引き起こしたいのか」と、彼らに問いたい。それがどんな惨劇を生むか、「イマジン」できる能力がないのかと。

2003年08月27日

火星大接近

60,000年ぶりに地球と火星との距離が短くなる日。甲府盆地の上空には厚い雲と薄い雲が重なり合っている。おまけに近くのバイパスの周辺にある店舗のネオンのせいか空が明るくて、いま午後8時40分現在、空には星一つ見えない。

国立天文台のサイトがすばる望遠鏡でとらえた火星の様子を最新の画像で紹介しているが、私はHubbleサイトの鮮明な画像を見て胸躍らせている。ガスにはばまれていないクリアな画像。くわしい説明もあって、なかなか見ごたえがある。

2003年08月29日

暑くて蒸す日

きのうの予報でも日中の甲府の気温は35度。予報はあたった。夕方になっても、日がとっぷり暮れても、なかなか暑さは引かず、午後9時をすぎてもまだ熱気がこもっている。ひさしぶりの熱帯夜になりそう。

こんな気候だから、体力も気力も落ち込みやすいのに、例の池田小事件の判決のニュースを見て、陰鬱な気分になる。

死刑制度がはたして刑事事件の減少につながっているのかということもつくづく考えてしまう。

私だったら……。この例えは、とても不謹慎かもしれないけれど、私が子どもを無残に切り殺されたら、やはり切り殺した相手を殺したいほど憎く思うだろうが、なによりその殺した犯人に罪の意識を感じて、死ぬほど苦しんでほしいと思うだろう。

けれど、今回の事件で、とてもやりきれないのは、加害者は、むしろ開き直って、人生そのものになげやりで、殺された子どもたち、傷つけられた子どもたちは、虚無的で排他的な彼の自殺的行為の道連れにされたにすぎないことがはっきりしたことだ。こういう人間に死刑という刑罰ははたして有効なのだろうか。被害者の家族ははたして救われるのだろうか。

私はむしろ、彼に、罪の意識を感じる人間性を取り戻させ、死ぬほどの悔恨に苦しむために、生かしておくべきなのではないかと思うのだ。

2003年09月01日

イラクへの攻撃は…

結局イラクへの武力攻撃は、独裁体制という「秩序」をぶっこわしただけで、新たな秩序を生み出しはしなかった。このことはたいへん示唆に富んでいる。

いかに「悪政」であろうと、それが改革されるためには、あくまで「自国民」の意思と行動が、もっとも尊重されるべきであること。
その改革の手法ができるだけ「平和的」なものでなければならないこと。
その改革は、他国民の関与すべきことでないこと。
そうでなければ、その国の改革と進歩に関わって、混乱と反動を助長することにしかならないこと。

改めて、私のトップページのスローガンを声を大にして言いたい。
「占領軍は即刻退去せよ!」

2003年09月04日

ひさしぶりの夕立

昨晩は“そよ”とも風が吹かず蒸し暑く寝苦しい夜を過ごしたけれど、きょうは街中でも涼しい風が吹いていて、比較的過ごしやすい日になった。

午後6時を過ぎたころから小雨。7時半ころからはげしい夕立(もう日が暮れてしばらくしての雨だから“夜立”?)。一気に涼しくなったけれど、玄関を開け放しておくと雨が降り込んでくるし、開け放しておかないと風の通りが悪いし、なかなかうまく行かないものだ。

2003年09月19日

やっぱり祈念すべき日

週に1度と思っていたけど、やっぱり祈念すべき日だから書いておこう。きょうは柳条湖事件勃発の日。日中戦争になだれこむ引き金となった事件。

相変わらずネット・ブースから書き込んでいる。ついさっき、修理にだした購入店から電話。最悪のケースになりそうだとのこと。つまりHDDの取り替え。いままでの点検でそこまではっきりしたので、こちらの自己負担分の確認をするためだったようだ。

ここはこちらも勘違いをしていて、タダになるだろうとふんでいたら、そうは問屋が卸さなかった。

購入してから1年目は、修理にかかった費用は100%保証、2年目は80%、3年目(つまり私の場合)50%。要は、購入金額の50%じゃなくて、かかった修理費用の50%保証だったのだ。

HDD取替えとなると9万円かかるとのこと。うち3万円は保証書によって補填されるので、残る6万円のうち50%が自己負担となるということらしい。

この時期の3万円は辛いぞ。

2003年09月23日

台風一過

なんと大間違い。いま見たら「柳条湖事件の日」の書き込み日を1日間違えてた。「柳条湖事件の日」は18日。書き込んだ日の1日前だった。

台風は運良く本土には直撃しなかったものの、沖合いの漁船はたいへんだったろうなあ。しかし、台風一過、一気に秋である。甲府盆地上空にも鰯雲。寒いし。半袖シャツから長袖へ。でもまだ袖、まくりあげてますけど。

ここ数日かしましい組閣のニュース。小池百合子氏、久しぶりにまじまじと見ました。年取ったなあ。彼女たしか日本新党だったんだよな。

いまも覚えてる。細川フィーバーで湧いたメディアのなかで、注目株だった彼女、ある遊説先で青年に呼び止められていたようすが、追いかけていたTV局のカメラにおさまっていたのだ。青年つめよっていわく「絶対、自民党とは連立組みませんよねっ」。それにたいして彼女は当時すかさず「(日本新党)の党是だし、立党の精神だから、絶対そんなことはないっ」と言い切ったのだ。

それがあれよあれよと、新進党へ。そして保守党へ転身して与党入り。あげく自民党に入党。とうとう大臣になっちゃったよ。

なるほど、こういう人生もありなのねと、つくづくあきれて彼女の遍歴を思ったのでした。

2003年10月07日

夜空をながめて

この前の旅客機点滅灯の発見いらい、夜空を時々ながめては、同じような現象に遭遇しないかと注意するようになった。そしたら、盆地の南の空を、一定の間隔をおいて3機の点滅灯が見えるではないか!

遠くから見上げているからかもしれないけど、間隔が狭く感じて、やっぱり混んでるんだなあと、つくづく実感したものだ。

ああ、それにしても、早くPCなおしてくれ?。Webメールの方はいいんだけど、とにかく、いままでOutlookで受信していたメールを読めなくて困る。

2003年10月13日

昼過ぎから晴れた

この分じゃきょうはネットブースに行くのはパスかなと思っていたのだ。午前中からパラパラと降り出した雨が大降りになっていたから。

調子も悪くて、なにもする気がおきなかったから、洗濯でもしながら、昔買ってあった漫画をとりだして読んでいた。杉浦日向子さんの漫画。『百日紅(さるすべり)』。「あれ? いつ買ったんだっけか?」と思って、発行年月日を確認したら、1996年とあった。読んでるうちにいつの間にか外が明るくなっていて、午後2時ころにはすっかり雨も上がっていたのだ。

杉浦さんの漫画を最初に見たのは、この『百日紅』を購入するよりも3年くらい前だったか。もともと少女漫画のストーリー性の高さが気に入っていて、萩尾望都さんの漫画なんかよく見ていたんだけれども、この人の漫画はちょっと雰囲気が他のやつとはちがっていたんだな。江戸情緒たっぷりなのに、独特のニヒリズムや怖さを感じさせる、淡々とした絵柄。ふきだしの台詞がこれまた「粋」なんだなあ。

もう漫画を書かなくなって、何年になるかしら、この人。最近、江戸文化研究者としてよくTVに登場してるんだけど。歳のわりに老成してる女性です。

2003年10月19日

おお神よ、なにを信ずればいいのでしょう

日本語版国連ウェブサイト(http://www.unic.or.jp/)の10月16日付ニュースには、正直びっくりした。
CPA(暫定占領当局)は、ここで言われているように「国連、米主導の」機関では、けっしてない。そのことは、あの国連施設へのイラク国民内過激派の反応を見ただけで、わかるはずなのである。それを、意図的に、このように書き入れてしまう、「日本語版の」国連サイトニュースに、信頼をおけない。

イラクへの、私から言わせれば、明確な侵略戦争を支持した諸国の提案を、全会一致で採択するとは、何事がおこったのだ・・・。これが正直な第一印象だ。

フランスは、ドイツは、中国や東南アジアの非同盟諸国はどう反応したのか。それを知りたいと思って、幾度かニュース検索を試みたが一向にわからない。インターネット上の情報がこの程度なのだろうか。それとも日本語以外のニュースソースでは、これ以上の「事実」が報道されているのだろうか。

TVしかり、新聞しかり。一方的に送られてくるニュースソース以外に、われわれ庶民が手に入れることのできる情報が、いかに限られているかということを、この日本国という、不可思議な国のなかにいると、たっぷり実感できる。

事の真相は、今後なんらかのカタチでなんとしてもつきとめたいと思う。

2003年10月21日

イラクをめぐるつばぜり合い

ようやく見つけた。国連で全会一致で可決された、イラク復興決議と、それにいたるつばぜり合いの内実が。TBSのストリーミングニュースの過去の記録をたどっていったらコメントが――

http://news.tbs.co.jp/first_ms.htm

完全にアメリカの思惑どおりに、事は運んでいないらしい。が、それにしても、このような国際情勢下で、もっともアメリカ大統領に「信頼」され、その貢献をほめたたえられているのが、日本政府の小泉首相であるということが、いったい何を意味するのか。

11月9日には、21世紀はじめの総選挙(衆議院議員選挙)が行われる予定であるが、ここで、アメリカとの外交政策方針の内容を、各政治勢力がどのように構えているのか、しっかり見ておく必要があると思う。

2003年10月23日

イラクをめぐるつばぜり合い(その2)

小泉首相の「引退勧告」をめぐってスッタモンダしている自民党さんはとりあえずおいといて、きょうのロイター通信のトップニュースに注目したい。

ベルギー国防相が、イラク派兵はしないと言明したとのこと。また、きょうから開かれる予定のイラク復興支援会議をめぐって、アメリカ合衆国のパウエル国務長官が悲観的観測をのべている――「ただちに成果があがるとは考えていない」と。

さきに国連安保理で全会一致で採択されたイラク支援法は、「国連中心のイラク復興」という点では、まだまだ不徹底さを残していて、これまで米英中心の占領支配という様相が色濃かった経過に批判的な国ぐにからの協力を確約できないまま推移してきた経過もあったから、ベルギーなどの対応も、当然といえば当然でてきて不思議ではない。

パウエル国務長官の、少々自信なさげな発言にも、そこらへんの国際外交事情が反映しているのかもしれない。頼れるのは、カネもヒトもどんどん出しますよと言ってくれている日本の政府・与党勢力くらいなものか・・・。

そこらへんを見ていると、今度の「内輪もめ」もなんだか「井の中の蛙」的なお家騒動にしか感じないのだが。中曽根元総理の小泉首相批判も、「大衆迎合」「国民の人気だのみ」の「独裁的手法」というような、わかったようなわからんような、批判をしていたが、やってきた方向は、中曽根さん当の本人が長らく志向してきた方向と、たいして変わらないのではないかと思うのだが。ただ、中曽根さん自身がカヤの外におかれて、第一線を退くカタチにされたのが「口惜しい」ということじゃないの?

2003年10月24日

「イラク復興支援」の名のもとに

やはりロイター通信の記事をみて、あまりのことに愕然とした。EU加盟国全体の支援額は来年、「総額7億ユーロ(8億2600万ドル)前後になる」とのこと。わが国では、小泉内閣が「初年度15億ドルの支援に加え、中期的な支援額として最大35億ドル、計50億ドルの支援を決定したと発表」。

日本1国の支援額が、複数の国によって構成されているEUの支援額をはるかに上回っているのだ。

実際には、「イラク復興支援」の名のもとに、米英軍占領支配が継続されるために使用されるカネである。小泉内閣を形成している与党議員の懐から出てくるカネではない。れっきとした国民の「血税」である。一体、この国の支配層は、日本の領土内に外国軍隊を半世紀の間駐留させている軍事同盟体制を、屈辱的だとは感じてないのだろうか。

その昔、「国賊」「売国奴」といわれた、徴兵拒否者や反戦主義者たちがいたが、いま現在の日本国の状態を当たり前と考えている政治家たちこそ「売国奴」ではないのだろうか。

なぜここまで米国に追従しなければならないのだ・・・。

2003年10月27日

あしたは「公示日」

21世紀初の総選挙になるらしい。たしか、第43回衆院選だったと思う。さいきん、地上波放送でTVを視聴していない。あのイラク戦争報道の「凄まじい偏りぶり」を見て以来、ほんとに、NHKのニュースを見ていると吐き気がしてくるのだ、ほんとに。神経症気味だと思うくらい。

だから、これは事務所でちょうど観た、日本記者クラブ主催の党首討論の印象なんだけれども、質問のなかには、道路公団にかかわる疑惑をめぐるするどいものも、あったにはあったけれども、だいたいが、「政権論」ばっかり。つまり、自民・公明・保守新の現与党の枠組みか、新民主党を中心にした社民を含めた枠組みか、共産党はどう対応するのか・・・。と、そういう質問が多かった。


政策の中身への認識を深める質問はほとんどなく、枠組みに関するものばかり。国民にとって、たしかに、現状は耐えがたい。なんとかしてほしい。だから、この現状を変えるためにはどうすればいいのかと、心底注目している人びとが確かに存在している(わたしもその一人だから)。

彼らが知りたいのは、政党の引っ付き具合ではないのだ。いまの現状がどう変わる可能性があるのか、あるのなら、それはどんな方向なのか、ということなのだ。たぶん(自分がそうだから)。それをもっとはっきりうきぼりにできないものなのだろうか。

民放の特集番組はまるでワイドショーだし、「おもしろおかしく」おちゃらかすだけだし。観ていて、正直、「そんな場合じゃないだろ!」とつっこみたくなるのだ。

友人や知人のなかには、一日一日、ギリギリのところで綱渡りのような生活を忍んでいる人がいるのだ。医療費の負担に、財布と郵便口座や銀行口座の残金を見比べながら、ためいきをついている人がいるのだ。

おちゃらかしで、あるいは視聴率だけで、この国の未来がかかっている、もっとも近代市民にとってかえがえのない「参政権」の行使に影響する「報道」を、貶めていて、それでいいのか・・・。

2003年10月30日

夕空に映える富士

たまたま河口湖に行く機会にめぐまれて、御坂峠をこえて河口湖に入ったとたん、稜線がくっきりと秋空に映えている富士山が目に飛び込んできた。もちろん富士山に見とれていたら、そのまま谷底にまっさかさまなので、あわてて、視線を前にもどす。

帰りはすっかり夕空になって、雪をいただいた富士山の全体が赤々と輝きだしていた。まわりの山々も、もう朱や橙に色づいていて、夕日が照り返している。こういうときに、やっぱりデジカメがほしいと切に思う。そうすれば、ここにもその画像をアップできるのに。

湖畔では、やはり見事な富士の姿をとらえようと、カメラをかまえている人が幾人かいた。

2003年11月01日

「はだか踊り」で大騒動

けさのニュースのなかで、ほんとに情けない思いをしたのが、中国・西安でのこの事件。
日本人留学生のうちの数人と、こともあろうに日本人の教師までくわわって、西北大学の文化祭で「はだか踊り」を「披露」したという。あまりのえげつなさに学生は大ブーイング、ただちに中止をもとめ、謝罪をもとめたが、日本人らが応じなかったため、デモ集会まで引き起こす騒動に発展したとのこと。

しかし、ことは「はだか」で踊ったことだけが原因ではないらしいのだ。

中国系香港紙によれば、このお披露目のさい、「これが中国人だ」と書かれた紙を掲げていたのが、直接の原因だったとのこと。もしそれが本当なら、日本と中国との間の歴史的交流の経過を知らないだけでなく、民族蔑視にもとづく、とんでもない行動だった。

おなじ日本人が・・・と、切なくなると同時に、同じような言動を、日本国内では、政府要人や首都の首長が行っている事態を振り返ってみれば、騒ぎを引き起こした日本人留学生と日本人教師らは、ある意味、日本における歴史教育と政治風土の「被害者」といえるかもしれない。

2003年11月03日

日付が変わっちゃったけど

きのう日本共産党のビラが入った。政党の主張のビラが入ったのは、わたしのアパートでは日本共産党のヤツがはじめてだ。

消費税と憲法で、自民党と新民主党にちがいがないこと、税金の歳入総額を変えなくても、使う割合を変えるだけで、相当庶民に還元されること、あの大好きな高口里純さんが日本共産党ファンだってことと、けっこう著名な芸術家や宗教家が日本共産党の政策に共感をしめしていること、などなど。

このマスメディアの洪水のなかで、どこまでこの真実が伝わるか。そこが問題だ。この事実が知られれば、いまは政権選択のときではなく、野党戦線が、つぶされるかどうかの瀬戸際だということ、日本の進路が日本国憲法とサンフランシスコ条約体制という二本立ての法律体系の矛盾のもと、半世紀以上の模索をつづけながらも、憲法九条の、この一点で、かろうじて国際的にもアジアにも体面をたもっていたのに、これがくずされようとしていること。この重大な事実が、どれだけの人に知ってもらえるかにかかっている。

これは他人事ではない。即、徴兵制につながることだからだ。徴兵制のないサミット参加国は日本くらいしかない。このことはとても大事なことだ。とくに私みたいに「ひ弱」で「男らしくない」人間にとっては。

「つよい日本」というスローガンを書いている政党がいるが、いまもとめられているのは、「人にやさしい日本」「ちがう価値観を互いに認め合い共存しあえる日本」ではないのか。

兵力よりも、対話と外交で解決しなければ、先が見えないということは、今回のイラクの経験で十分世界が認識したことではなかったのか。

日本の国政選挙だけれど、日本が「地球のなかの日本」であるかぎり、国際的な日本の位置づけを考えざるをえない。だから、ぞっとするのだ。いまのまま、つきすすめば、それこそ「いつか来た道」をたどることになる。日本社会の発展を、それだけ遅らせることになる。

マスメディアの当事者たちよ。あなたたちには、なんら期待していない。でも、あなたたちの所業のもたらす業を、せめて認識するくらいの理性はもちあわせておいた方がいい。

2003年11月04日

著作権には注意注意・・・

ほとんど閲覧者のいない私的な「ストレス発散」WEB日記だからといって、うかつだった。

いくつか、ロイター通信や国連ONLINEなどから、記事の一部やほとんど全文を転載した日があったが、あらためて、著作権に関するガイドラインを読んで、とんでもないことをしていることに気がついて、あわてて修正・消去した。

このサイトのリニューアルのときには、「お気に入り」コンテンツの画像ファイルの取り扱いの誤りに気付いて、すべてオリジナルのもの以外の画像は取り払ったのだが・・・。

著作権の問題については、厳格に対処しなければと、あらためて肝に銘じた次第。

2003年11月07日

「護憲」の党と「創憲」の党と

5日、社民党の土井党首が記者会見で、民主党中心の政権に参加する意向を表明したとのこと。
「創憲」――つまりは憲法に手をつけると公約している政党との政権に参加するということと、憲法擁護の、これまでの社民党の建前との間には180度の開きがある。

いままでも、地方では民主党と社民党との「選挙協力」を「小泉内閣打倒、自民中心与党政権打倒」の一致点でやる。といっていた土井党首の説明に、「なんじゃそりゃ」と思っていた。

しかし、ここにいたっては、改憲の土俵に自ら足を踏み入れる重大な発言を、選挙の「動静」を見ながら発言したことに、ほんとうにがっかり。情けない思いである。

そうはいっても、あの自民・社会の連立政権をつくった経歴のある政党の「本流」である社民党のこと。10年前の細川内閣のドタバタ劇以来、少しは学ぶところがあったのかと思っていたが、そうではなかったらしい。

そういう政党に、この期におよんで公認候補として参加した福島瑞穂さんも、たしか、彼女は弁護士らしいが、政治的感覚は近視眼的なのかもしれない。かわいそうに。お悔やみ申し上げます。

2003年11月09日

21世紀に胸をはって

日本がこの21世紀に頭をあげて国際社会と、とくに、アジアと共存できるように、私は、憲法9条を「厳格に守る」と公約した日本共産党とその候補者に票を投じた。

選挙の大勢はきょう午後11時ころには判明するだろうとのことだが、さて、「二大政党制」づくりという恣意的な世論操作の大戦略のなかで、どのような勢力地図となるのだろうか。

いずれにしろ、自民党・公明党・新保守党の現与党勢力と、新民主党と、そしてこの間まで「護憲」を看板にしていた社民党と、いずれも、現在、国の最高法規であって、その第99条に、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と明記されている、現憲法の「改定」を公約として掲げるという、憲法条項違反の翼賛潮流、あるいは妥協者となっているのである。

この風潮のなかで、いま国会にある政党のなかでは唯一、日本共産党だけが、「現憲法の全条項の遵守」を公約としてかかげている。これが公約として掲げられなければならない事態ということ自体が、かなり危機的だと、私は思っている。

ついでにトップページにスローガンを追加。イラク戦争の推移を見て、これは肝心なことだと思ったのだ。

「イラク人のためのイラクを!」――そう、だれのためでもない、そこに住む人びと自身が、その社会の体制を決定する権利を有するのだ。

2003年11月10日

うーん残念!

私が票を投じた日本共産党は現有議席を大きく後退させることになった。残念!

私の居住地域は小選挙区第1区だが日本共産党の候補者、敗れはしたものの、得票率は前回より高いようだ。

選挙後の政治地図がどうなるか、まだまだこれから一波乱ありそうな予感。

消費税税率アップの問題と、いよいよ憲法9条をめぐる攻防が焦点になってくるだろうし。

2003年11月12日

きのうは雨、きょうは晴れ

きのうとはうって変わって晴れ間の多い1日となる。体調は天候に左右されていたのか、きのうより調子はいい。

夕方からのニュースでまた暗鬱な気分になる。イラクでまた爆弾テロ。南部のナシリアにて、イタリア軍がねらわれた。

すでに米英軍だけでなく、要請にこたえて派遣された各国の軍隊が標的になっている。イラク人の犠牲者もふくまれているとのこと。

きのうはサウジアラビアで爆弾テロがあった。まさに、イラクへの大義なき先制攻撃は「地獄の門を開いた」のだ。

2003年11月16日

霧の朝

ゆうべ急激に気温が下がって、冷たい雨が降った後の暖かな日差しの朝だったせいか、盆地一帯が霧で覆われていた。山から陽が昇ると、すうっと消えていったけど。

2003年11月19日

「護憲勢力後退」?

この数日の新聞を見ていて「なにをいまさら」と思うのが、「護憲勢力後退」「護憲派、国会で少数に」という、コラムやら記事やらである。

選挙の前から、憲法の改定について、自民・公明・新保守連立与党も、新民主党も、主張にほとんど変わりがないことを、ほとんど触れず、それ「あなたの1票が首相を決める1票に」やら、それ「どちらが政権を? 自民中心政権か、民主中心政権か」やらと、大キャンペーンをはったのは、どこのどなただったかしら。

いまさら、争点にしなかった問題を持ち出して、したり顔でよく言うもんだ。

たしかに、結果的に、議員勢力のなかで、憲法の平和原則を守れと主張する勢力は少なくなっていて、それ自体はたいへん危機的状況かもしれないが、さて、「二者択一」を迫る大キャンペーンのなかで行なわれた選挙で、たとえ民主党に、あるいは自民党や公明党に票を入れた人たちが、「憲法を変えてください」という願いをこめて1票いれたわけじゃないでしょうに。

民主党躍進の結果のなかには、「いまのこの状況、ちょっと、なんとかしないとっ」という気持ちがいっぱいつまってるんじゃないでしょうか。

私自身は、共産党に票を投じたのだが、まわりには、小選挙区は共産党候補に入れたけど、比例は民主党に入れたという人がいる。結果に現れているのは、メディアが自分たちの都合のいいように描く「世論」ではなく、むしろ、自分たちが、恣意的にでもとった調査結果に現れているんじゃないかい? 「戦争いやだ」という人たちは、この日本には、かなりたくさんいる、いやむしろ多数派だと思う。国会議席とのゆがみをつくりだした張本人は、さて、だれでしょう?

2003年11月21日

石原都知事の発言

石原都知事の発言は、いろいろなものを象徴しているかもしれない。不寛容、共存の拒否、価値観の違いの否認、愛国主義をかかげた排外主義。とりあえず、これらは彼自身の小心さからくる、みっともなさであるけれども、こういう人間が、日本の首都の知事をやれているというところに、諸外国は疑念を抱いているのだと思う。

石原都知事の発言で、日本人全体がはずかしめられているのだ。

そして、繰り返される政府要人の侵略戦争容認発言。ドイツやイタリアと比べても、この政治の後進性は群を抜いていると思う。

政治家だけではない。イラク戦争やアフガン戦争の報道にみられる、TVや新聞などメディアの大勢が、全体として自らが大株主であり高額所得者の代表としてコメントし、さきの侵略戦争にたいする態度のいい加減さを露にしているのを見ても、メディア自身が、1945年8月15日の「ポツダム宣言」受諾を、けじめにしきれていないということをつくづく実感する今日この頃。

しかし、これらの状況を傍観している場合じゃないぞ。傍観しているかぎり、アジアの人たちからも世界の人たちからも、「日本人は所詮その程度の国民か」と見られてしまうのだ。政府要人やメディアが意図的恣意的に流している情報とは別に、厳然として「もう二度と戦争、徴兵制はイヤ」という気持ちを日本人の大半の人が持っているのだということを示さなければ。そうしなければ、石原都知事の発言が、都知事の発言なだけに、世界に日本人が誤解されてしまう。軽蔑されてしまうのだ。

私は、石原都知事の発言を絶対許せない。

2003年11月22日

ロバが引いていたミサイル

テロにたいして、最新鋭の武器を装填した軍隊を大展開しても無意味だということを、つくづく思ったのが、今朝の各紙の報道。

とくに、ミサイル発射装置――それはまるでドサまわりのサーカスの荷台のような古ぼけた「装置」だ――と、そのそばに静かにたたずんでいるロバのいる風景。米兵たちが、深刻そうにその「発射装置」を検分している写真である。

テロの手法もその理論も断じて許せないものだ。だが同時に、「テロをなくす」という口実で、不法な占領をつづける軍隊は、世界最高の武装をしている米軍を中心としていたはずだった。ところが、ミサイルは確実に標的に命中し、世界に衝撃をあたえたのだ。

考えてみれば、あの「9/11」のむごたらしい犠牲をだした同時多発テロによって、アメリカははじめて本土を攻撃されたのだった。第1次、第2次とつづいた世界大戦のさなかにも、アメリカは本土だけは攻撃を一度も受けたことはなかったのだ。だからこそ、衝撃を与えたのだったろうが、当のアメリカがさきの大戦後、各地に「9/11」と同様の、あるいはそれ以上の砲撃や空爆や破壊工作を繰り返してきた積み重なりは、いま一度振り返って総括してみなければならないと思う。

「手持ち無沙汰」にたたずむロバの写真をみて、そんなことを思った。

2003年11月27日

イラクから調査団帰国

調査団がどのような報告をするのか、固唾を呑んで見守っている。事は派遣される自衛隊員の生命にかかわっているからだ。

第一報によれば、派遣先とされているサマワは「比較的平穏であるが、テロの可能性は否定できない」とコメントしているという。

先日はイタリア軍にたいする、これまで以上にあからさまなテロ攻撃があったばかり。自衛隊が自衛のためでなく、アメリカの先制攻撃による占領体制を補完するような軍隊になってしまう第一歩となってしまいかねない、今回のイラク派兵。

そんなに行かせたいのなら、小泉さん、まずはアンタが行きなさいよ!

2003年11月28日

旧帝国陸軍が埋設していた毒ガス

TBSのストリーミングニュースによれば、習志野市の集合住宅が立ち並ぶど真ん中に、旧帝国陸軍の毒ガス研究所跡地があり、証言によれば、イペリットなどの毒ガスが埋設されているとのこと。

最近中国国内で相次いで旧日本軍によって投棄されていた毒ガスによる被害状況の凄まじさが、かなりの規模にのぼることが判明している。その最中での今回の報道であった。

戦後すでに半世紀以上放置されてきたということ自体の意味を、改めて考えざるを得ない。

明らかに、歴代政府・与党の姿勢が問われてしかるべきことだと思う。

これを機に、日本国内はもとより、日本が当時侵略・植民地化していた国々にたいする、実際的な責任をはたすべきだ。

2003年11月29日

アルジャジーラの報道

知人からアルジャジーラのHPを教えてもらった。原文はもちろんアラビア語で、とても読めなかったので、英語版のサイトに移動。翻訳エンジンの力をかりて読んだ。

これまで一度も目にしたことの無かった衝撃的なニュースが目に飛び込んできた。

きのう28日には、木切れを拾っていた姉妹が米兵に撃たれ死亡。きょう29日の記事には、7歳の子どもが「銃をふりまわし米兵の足をねらって撃った」とのことで、7歳の子どもが米兵の「自己防衛射撃」により負傷。

はじめの1件は、その姉妹の家の家宅捜索も行なわれたらしいが、「銃」は出てこなかったという。私の推測では、これまでの米兵にたいする攻撃におびえて過剰反応した兵士が、姉妹の拾っていた木切れを「銃」と見間違えて即座に射撃したのではないか。後者は、事実がどうか、まだ詳細は明らかではない。どちらも米軍スポークスマンは詳細については「ノーコメント」らしいから。

ブッシュ大統領の「電撃訪問」に続いて、ヒラリー元大統領夫人もバグダッドを訪問したとのこと。どちらも若干のニュアンスのちがいはあれ、「兵士の激励」ということであるが、米兵の精神状態もかなり限界に達しているのではないか。すでに「占領政策」の破綻は明らかなのに、米政府はまだ懲りずに継続するつもりなのだろうか。

それに、その破綻した占領を手助けするために、積極的に自衛隊員を戦場に送り込もうとしている日本政府。自衛隊は「自衛」が建て前ではなかったかしら。なぜイラクくんだりまでわざわざ出かけなければならないのか。

2003年11月30日

テロによる日本人文官の死亡

今朝ストリーミングニュースで知ったが、昼から夜にかけて、この話題でTVもラジオも持ちきりだ。イラク北部のティクリット付近を車で走行中の2人の青年外交官が銃撃を受け死亡した。

テロリズムはどんな理由であれ絶対に許すことのできない行為である。それも外交官を標的にするなどは言語道断だ。

今回の事件を受けての政府の反応は思ったとおりだった。「たぶんこういう反応をするだろうな」と思ったとおりのことを言っていた。福田官房長官は「テロにひるまない」と言い、小泉首相は「自衛隊によるイラク支援計画に変更はない」と言った。

しかし、いまのイラクにおける暴力の連鎖は、誰によってはじめられたのか。イラクへの武力攻撃は国際法違反の先制攻撃であったのに加えて、その大義として掲げられた「大量破壊兵器を一掃し脅威をとりのぞく」というスローガンが、いつの間にか、「テロリズムの根を絶つ」というスローガンにすりかえられている。

憎悪の連鎖を生み出したのは、いまイラク国内に進駐しており、実際には士気も下がり放題に下がってしまっている米軍、英軍。それら軍隊による強襲を指示したのはアメリカ合衆国大統領であり、支持し共に行動したのがイギリス首相。現在の占領状態は、混乱をただ拡大するだけの、占領軍のまったくの無為無策ぶりをさらけだしたもので、それもそのはず、フセイン政権をつぶし、「石油省」をおさえた後のことは、つまり実際に文化的生活を送っていたイラク国民の生活保障と主権については、まったく無頓着な作戦だったからだ。

その最中に起こっている事態である。そのことをよくよく考えなければならないのではないか。

なぜ「テロにひるまない」ことが、軍隊の派兵にむすびつけられるのか。日本軍隊のイラク派兵は、暴力の連鎖を助長するだけである。そして日本をアメリカが引き起こした無法な戦争状態に国ごと引きずり込む、最悪の選択である。

2003年12月03日

先日の事件の波紋

11月末に起こった青年外交官殺害事件にはけっこう近所の人たちもショックを受けている様子。
職場の近所の人と立ち話になったんだけれども「あんなところに軍隊を送ったら、それこそたいへんなことになる」と、意見が一致した。韓国人の被害者も出たとの事。いまや「非戦闘地域」などというごまかしは通用しないことが、日本中にあからさまになったのに・・・。

2003年12月04日

晴れた夜空

おとといの夜から、すっかり冴え渡った空に、上弦というのか下弦というのか、半月が明るくて、雲が昼間よりよっぽど美しい。

いまの時期、本来ならとっくに済んでいるはずの作業がすすまないと、ご近所の農家の方が話していたのだ。この間の台風の影響なのか、秋雨が長引いたのか、例年にくらべて雨の降る日が多かったらしい。アパートの近くには苺のビニールハウスがたくさんあって、春には「いちご狩り」ののぼりが立ち並ぶのだ。その苗植えやらハウスづくりやらが、なかなかはかどらないらしかったから、晴れ渡った夜空を眺めながら、ようやく苺ハウスの作業も一段落つくのかな、などと考えた。

2003年12月05日

ネオンの反射

きのうあんなことを書き込んだからか知らんが、今晩はガスが発生し、甲府盆地上空に薄い雲がたちこめて、ネオンの明かりが反射。月も見えないくらい人工的な明るさで空が「赤い」。

イラクに派遣されていた調査隊の報告がさまざまなメディアから聴こえてくるけれど、ずいぶんニュアンスがちがう。「読売」と「朝日」の報道ニュアンスも、「山日」の報道ニュアンスもちがう。

玉虫色の報告だからそうなる。「比較的安定」っていうのはどういう意味合いだろうか? 全土が混乱状態なのにそのなかで「比較的」という意味でしょ? それにすがっている政府や、それでも、つまり死ぬやら殺すやらという状況があってもそれでも「たじろくな」と煽る「読売」などのメディア。

このまま、アメリカ政府の言うがままに、国民全体を憎悪の悪循環のなかに引きずり込もうというのか! 小泉さんよ!

2003年12月06日

雨の予兆?

ゆうべのガスはけさからの雨の予兆だったのだろうか。
ゆうべといい、今夜といい、「放射冷却」がないためか比較的「暖かい」。朝と夕方の冷え込みがゆるくなった。おかげで体調は不安定。季節の変わり目に身体の方がついていけていない感じ。

2003年12月09日

自衛隊派兵、与党合意

自民党内の調整もすみ、公明党の神崎代表も合意。日本を憎悪の連鎖のなかにひきずりこむ、自衛隊派兵を与党が合意。

きのうは東南アジアへの電撃侵攻と真珠湾奇襲により開始された太平洋戦争から62年めの日だったが、奇しくもその翌日の9日に、日本政府が最悪の選択を方針化した。

「復興支援」とは片腹痛い。理不尽で大義のない先制攻撃をしかけた当の軍隊が進駐し、自分たちが破壊したものを「復興してやる」と大きな顔をしてやがる。

その欺瞞に、「同盟国の責任」と、是が非でも応じようとする自主性のなさ。フランスやドイツなども一応米国の同盟国であるが、主体的な判断を下しているなかで。

聞けばあちらに行ってする仕事の内容は、自衛隊という軍隊よりも、専門家集団が行なった方が効率がいい仕事ばかり。米英軍によって破壊された医療関連施設や教育機関の「復興」だという。

それでも一応軍隊なので、武装していくという。米英軍にくらべればかなりの軽装備だが、来られる方にしてみれば、明らかに威圧的な軍隊装備。だから、テロには無力だが、イラク国民の反感をかうには申し分のない「重装備」だということだ。

なにをやっているのか・・・。あたら若い命を危険にさらし、戦後50数年間築き上げてきた、他国で人を殺さない殺されない、という実績と、それ相応の信頼を、自ら投げ捨ててしまうとは・・・。

経済もすでに三流だが、外交はそれ以下だ。政府・与党だけがうらまれることなら、それでいいが、ことは国ごとまきこまれる国際外交問題であるから、これを機に、中東の人々から、日本が見限られ、憎悪の対象となることは明らかである。

この政府・与党の決断に反対の意思を持っている国民がいることを、できるかぎり広く国内はもとより、世界に知らさないと。

2003年12月10日

「掃討作戦」

アフガニスタンのカブール発、ロイター通信によれば、アフガン掃討作戦による子どもの犠牲者がまた出てしまったとのこと。

先日も掃討作戦の巻き添えになった9人の子どもの遺体が発見されたというニュースがあったばかり。今回も「おとな2人と子ども6人」の遺体が攻撃あとから発見されたとのこと。

掃討作戦と称して米軍はいったい何をやっているのか。イラクで泥沼化している占領政策の一方で、また、アフガンでこんなとんでもないことをくり返している。これで中東の人びとの怒りをかわない方がおかしい。

そんな米政府の中東外交政策にのっかって、とうとう自衛隊を派兵しようという日本政府。

この派兵を認めたやつら、自民党、公明党の議員の面々、そいつらこそ、イラクへ行けばいい。行って、惨状をその目でしっかり見てくればいいのだ。

2003年12月12日

冷たい雨

きのうの雨はほんとに冷たかった。いよいよ盆地も平均気温が15度を下回る週に入ったようで、きょうも昼間気温がそんなに上がらずじまい。

友人がゆうべ行なわれた「自衛隊イラク派兵反対集会」に参加したそうで、日比谷野外音楽堂も寒かったらしい。でも参加者の熱気がすごかったといっていた。7000人くらいとか言ってたな。ところが、その集会に関する報道が今朝の新聞では見当たらない。「ゆうべ」といっても、新聞記事に間に合わないほど遅い時間ではなかったじゃないか。今の時期、こういう行動をしている日本人がいるということを、国内はもちろん海外にも知らせるべきじゃないだろうか。政府や政党のパフォーマンスは「これでもか」というくらい報道するくせに、市民レベルの草の根の運動は、そんなに報道したくないのだろうか。

友人の話では、自衛隊員を恋人にもつ女性の切実な訴えの手紙(メール?)が読み上げられたり、高校生が壇上で派兵反対を訴えたりしたとのこと。寒い中わざわざ足を運んだ人たちだけあると言えばそうだが、私のように集会に参加できない人たちの思いを代表してくれている人たちだよな、と思う。それだけに、メディアの「恣意的な無視」は酷すぎる。

2003年12月15日

サダム・フセインのムサイ顔

きょう、たまたま国会での質疑応答のやりとりを聞いた小泉首相のは答弁というより、聞いたことには答えず持論を言いたい放題しゃべりまくったという感じ。

しかし、堂々と、フセイン政権からイラク国民を解放し、「復興」を手助けするための「派遣」と繰り返し繰り返しのたまわっていた小泉首相。いつからイラク戦争の大義が、フセイン政権打倒というスローガンにすりかえられたのか。

当然といえば当然か・・・。唯一の大義だった「大量破壊兵器の製造、隠匿を暴露し、撤去させる」というスローガンが空ぶったんだから。それに、小泉さん、ブッシュとの約束の手前強がって強引に押し通すしかない。かといって、このままでは国民に納得してもらえない。ジレンマの末持ち出したのが、今回のような理屈なのでしょうが・・・。

パラドックスだ。「自衛隊は戦争に行くんじゃないんですよ! そこのところがわかっていない。病院をなおしたり、水道設備を復興したりするんだ!」――って、首相と石破が言っていた。

じゃあ、なんで病院関係者、建築専門家、水道工事のキャリアのある専門家集団を組織して、非軍事派遣というかたちで貢献できないの?

「攻撃されたときに対応できるようにすることが大事。外交官だってねらわれる。無差別なんですから、テロの標的は。それ相応の『対抗策』をとらないと。自衛隊だからできるんです。自衛隊だから狙われやすいというのは、実態をみないものだ!」

民間人だって、文官だってねらわれるんだから、「無反動砲」やら装甲車両なんかで物々しく「入国」してくる自衛隊なんか、よっぽど威圧的でしょうに。そもそもそういう混乱を助長させてるのが、軍隊による占領統治政策でしょう? 民家に土足であがりこんで、ぬきうちの家宅捜索なんかされたら、ふつうの人だって怒らないほうがおかしいでしょ。

だいたい、テロにたいして有効な軍備なんて、ありっこない。テロにたいして武力で対抗しようとすると、結局、「皆殺し」作戦になってしまうんだから。なぜって、攻撃は、ゲリラ的に民衆のなかから、民家のすきまから、ドサまわりのサーカスの荷車から、行なわれるから、それらをすべて一掃しようとすれば、民衆を含めて敵視する政策に帰着してしまうんだから。ベトナム侵略戦争でも、散々経験したんじゃなかったんでしょうか。

そんな政策にのっかって、いったい小泉内閣や自民党・公明党は、日本をどこに導こうというんだろう。目先の「約束事」や「利権」や「党略」のために、無辜のイラク国民や自衛隊員、日本の外交関係者を犠牲にするつもりなんだろうか。

サダム・フセインのむさい顔が「朝日」の夕刊の1面にデカデカと掲載されていた。ブッシュの「これで暗黒政治は終わった」っていう言葉がむなしく聴こえるのは、私だけではないでしょう。きっとイラクの人々も同じむなしさと憤りを感じているのではないかしら。破壊者の破壊者は、やはり建設者とはなりえないんです。

2003年12月16日

ひさしぶりの暖かい休日

村主選手、すばらしい!
これまで何度か演技を見てきたけど、はっきりいって、本番に弱いんだなと思ってたら、この1年間、着実に基礎トレーニングを積み上げて、練習を重ねて、自信をつけてたんだな。堂々の1位。ひさびさじゃないだろうか、というか、この10年間くらいのあいだでもはじめてじゃないだろうか、日本人選手が世界的な大会で上位2人を占めるなんて。

日本の女子フィギュアスケートのレベルはかなり高かったのかと改めて実感。

ここ数日の冷え込みとは打って変わって、きょうは久しぶりに暖かないい日和だった。洗濯物から掃除から、うらうらとした日差しが心地よいなかで、なんだかのんびりした休日を過ごせたかな。

もちろん巷はえげつないものから暗鬱となるものまで、事件、事象には事欠きませんが・・・。

2003年12月18日

風が強いぞ/宇治市の小学校で

きょうは風が強かったなあ。

帰り道すがら、空を見上げると薄曇り。月も星も見えない。なのにカラッカラに空気が乾いていて、のどまでヒリヒリしてくる。こういうときに風邪にかかりやすいんだよな。気をつけよう。

帰宅したら、自動車免許更新督促の通知が届いていた。すっかり忘れてた。あしたから受付らしいから、さっそく行ってみよう。ここ数年、仕事以外では乗用車に乗らなくなったから、免許更新日のことを忘れていた。もちろん職場の車に乗る時には免許を身に着けて乗車してるけど。見ないもんだよ、日付なんか。こんど、免許証の色が金色になるらしい。優良ドライバーの仲間入りだ。

現在午後11時前。いまストリーミングニュースで京都府宇治市の小学校での陰惨な事件を知る。

いつももっとも深刻な犠牲をこうむるのは児童だ。まったくやるせない。刃物をもって侵入してきた男はいったいどんな精神状況にあったのか。いずれにせよ、もっとも襲いやすい相手を襲ったのだ。あまりにも卑屈であまりにも卑怯だ。

2003年12月21日

冬の星座(2)

職場から自宅アパートへの方向が東向きなのだが、ちょうど午後7時、東の空にのぼってきたオリオンが目の前に。そこから視線を少し上にあげるとプレアデス星団、昴が煌めいている。

冬なんだなあと思う。

2003年12月24日

寒さもゆるいイブ

ゆうべといい今夜といい、なぜか晴れている夜空なのにもかかわらず、寒さがゆるい。
クリスマス・イヴだからかな。

今月26日に、40人の自衛隊員が第1陣としてイラクへの出発を命令されたらしい。・・・まったく、クリスマスの翌日だもんなあ。今年中に兵をよこせ、とでもブッシュにあおられたか、小泉さん。

神崎・公明党代表は、イラク・サマワに行って「だいじょうぶだよ」って、わざわざ露払いをしに行ったらしいし。なにやってんだか。神崎さんよ、あんたも小泉首相といっしょに、三流以下の外交やってるんだね。責任ちゃんととれよ。

そういえば、先週の半ばから、手のひらに寒冷蕁麻疹が発生。最初はほんの1円玉程度の大きさだったのが、1週間後のいまでは手の表(それも右手だけ)いっぱいに広がってしまった。とはいえ、これは毎年のこと。慣れっこといえばそうなんだけど。ずいぶん昔から、こうだ。

以前身近な人から「手の水虫だ」と言われてずいぶん気分を害した。夏近くになるまで、この発疹は引かない。痒いのと痛いのと両方が続く。

ちょうどこんな中途半端な季節に出てくるのだ。

2003年12月27日

風も強し。寒さも・・・/イランの地震

きょうも三日月なのかしらん。

月齢はさだかではないけれど、冴えた冬の夜空に、西の空には閉じた目蓋のような、煌煌と照る月あり。東の空には、巨大なオリオンあり。頭上の昴は、きのうよりも星の数が多く見える気がする。

風もようやく強く吹くようになって、冬らしい気候だ。先日、近所の農家の方とお話していて、この地域、以前は強風にそなえて、稲の束の処理(なんて言うんだったっけ)をするのにも工夫があったとのこと。いまでは機械でチャッチャと済んでしまうし、そもそも田んぼが少なくなってしまったけれど、そのお話のさいに

「ことしは風がでるのが遅い」

というやりとりがあったのだ。そういえば、例年この時期には、すさまじい「八ヶ岳おろし」が吹きすさぶのだったが、ことしはほんとうに風がでるのも遅かった。暖冬だったんだ、やっぱり。

イランの地震、規模の大きさをはじめて知った。さっき、いつもお世話になっているストリーミングニュースのサイトで「死者25000人」という報道。なんという・・・。あの阪神淡路大震災の死者が6000人近くにものぼったことに驚愕していたのに・・・。

こういうとき、「不言実行」というか、言う前にやることはやるという対応をしたヨーロッパやロシア各国の対応にくらべ、アメリカと日本の政府の対応のタイミングの遅さときたら・・・。

お隣のイラクへの「復興」の名の下の派兵は、年内にと言われればその通り迅速かつ強引に事をすすめるくせに。

2003年12月29日

日を越してしまった・・・

うかうかしていたら、午前0時をまわってしまった。

ことしは数年ぶりに、年末年始を生まれ故郷で過ごすことにした。この1年、身近な関係の人の死と立て続けに遭遇して、ふるさとへの思いがこれまでよりも強くなったことと、そのとき帰省したおりの、親類縁者の暖かいもてなしに心を癒されたことが、帰省する意欲を引き出してくれた。

こちらが気を張らなくても、自然体でそのまま対応してもらえることがようやく分かって、これまで、自分の方からさけていた接触も、あらためてつきあってみると、それほど深刻に構えることはなかったのだということに気がついたのだ。

表があるから裏もあるかもしれないが、たいしてそうちがいはない「表裏」だろうし。離れている分、後腐れがないといえばそうだし。そういう意味では、楽につきあえたんだよなあと、いまさらながら、思い至ったのだ。

それから、なによりも、この時期でも「特割」チケット適用便が運行されていることが分かったから。交通費だけでたいへんなものだから。

日が変わってしまったから、きょうになるけれど、きょうの午後にこちらを発って、新宿、羽田経由で福岡空港へ。それからがまたたいへんで、電車とたぶん迎えに来てくれるはずの親の乗用車で、それからまた40分程度の道のりを経て、ようやく田舎に着くはず。

ほんと、田舎だからしょうがないさね。

今回はめったに持っていかない土産を買っていくつもり。こちらではめったに買わないし、食べないが、他県の人はめずらしがるもの。「煮貝」は高価すぎて手が出ないので、「桔梗屋」さんにお世話になろうっと。ワインは重たいし。むしろ自分が飲みたいくらい。

2004年01月03日

「おめでとう」とは・・・

帰省中のTVニュースでは、年末年始の火事による死傷者のニュース。
イランでは地震の被災者の数は想像を絶する数に。そして、元日そうそう、われらが小泉首相は靖国神社という「戦争賛歌」神社への参拝を「平和を祈念して」といって隣国からヒンシュクをかっているし。

でも、それはそれとして、わたしの周辺は、ほんとに充実した新年だった。かなりご無沙汰していた親類縁者の顔やら声やらに接することができたし、酒(厳密にいうと焼酎のお湯割り)を飲み交わして、おおいに「交流」できたし。いとこの婚約者にも会えたし。そうそう、田舎のことだから、「いとこ」やら「はとこ」やら、「おじ・おば」やら「大おじ・大おば」やら、さまざまな血縁関係を、あらためて確認。勉強になりました。

それでも独り暮らしが長いせいか、食事の用意から片付けまで、自分でしなくていいというのも、なんだか味気なくて・・・。もちろん、両親のつくった「御節」も堪能できたし、あちらこちらの家で「パンパン」になるまで食事できたし、大満足だったことは確か。ところがである。数日たつと、どうにも居心地が悪い。
「早く自宅にもどりたい」
という気持ちがムクムク・・・。

独りになる時間がこんなになかったかしら、と思う。タバコの煙にまみれる苦痛もあったけれども。とにかく、「落ち着いて」時間を過ごせる、「あの家」が恋しくなるのだ。限度は3日間。今度帰省するときには、この限度を守ることにしよう。

あ、そうそう。従兄が私のサイトを時どきのぞいてくれていたらしい。びっくり。
「トップページがアルファベットばかりなのは、いただけない」
という、もっともなご指摘を参考に、日本語でサイトの案内を書き直しました。
Hさん、見てくれてますか?

2004年01月06日

ボブ・サップと曙の試合

おとといが実質的な仕事始めだったのだが、きのうは名実ともに、ご近所でも仕事始めの日。

そこでひとしきり話題になっていたのが、年末の曙とボブ・サップの試合。実は帰省中に見てしまった。両親もかなり期待して本番を待っていたらしく、他チャンネルの、なんとか「男祭り」というプログラムをそれとはじめは間違えていた。なかなかはじまらないので、どうも違うようだと気がついて、新聞のTV欄を確認。「なんだ9時からじゃない」ということで、NHK(ふるさとの家は別に受信装置破棄しているわけじゃないから)の「紅白」を見ながら、頃合を見計らってチャンネルを切り替えるんだけど、なかなかはじまらない。結局、トリだったわけ。

ところが、見た人はみんないってるんだけど、速かった。終わるのが。このことは、翌日元旦に親戚まわりをしたときにも、そこここで言われていたことだったが。3分もたなかったんじゃないか?

乗せた方が悪いのか、乗せられた方が悪いのか。ボブ・サップにとっては、大吉のプログラムだったわけだ。

2004年01月08日

冬らしい強風

ようやくいつもの冬らしい強風にさらされた一日。

朝からすさまじい音をたてていたけど、職場までの道のり、途中で横からの突風に、車道側へハンドルをとられて冷や汗をかいた。

夜は夜で、いつの間にかまん丸になった月が西の空にくっきりと見えるほど、雲もなにもかも吹き飛ばされて。空気が冴え渡ってる。月齢サイトをのぞいてみたら、十五夜はきのうの月だったよう。きょうの月は十六夜(いざよい)だったのだ。

あ、また電線を吹きすさぶ風が音をたててる。

2004年01月09日

偽善者

だれしも何かしらの矛盾を抱えていて、ある時はこの顔、別の時には別の顔と、使い分けをしないわけではない。

でも、それはあくまで生活の術であって、日常生活を円滑にしたいがための苦肉の策である。

政治の世界で、「平和のため」「慎重な判断を」と、自党の機関新聞やメディアをつうじて流布しておきながら、実際の行動は「戦争賛成」というのは、これは、市井の生活を円滑に、という範疇をこえている偽善だ。

憲法9条は、「交戦権」を否定し、その究極的選択として「軍隊」を保持することをも国の権利として拒否した条文だった。自衛隊は明らかにこの条文に違反する存在だし、日米安全保障条約による、地位協定などの協定は、明らかに現憲法の法体系と矛盾する法体系だが、それにしても、自衛隊は、あくまで「自衛」のためというのが建前だった。それはなにより、憲法9条が「邪魔」をしていたからだ。

機関紙で、「平和の党」と選挙で大々的にキャンペーンをはっていた政党が、かくも簡単に、なんらの弁明さえなく、イラクへの自衛隊派兵を認めるとは。そして、それをあたかも、いまの連立与党政権のなかで、自民党の「歯止め」的役割を果たしているかのように報道するメディアの、お人よしさ加減。

ほんとうは、ゆうべCSで観た、ミュージカル映画「巴里のアメリカ人」のすばらしさや、そのなかで歌われていた歌が、とても好きだったジャズナンバーだったこと(「アイ・ゴット・ア・リズム」や「わが愛はここに」など)にびっくりしたことを、まずはじめに書き込みたかったのだけれど、けっきょく、現実の世界の非情さに暗鬱としてしまう。

2004年01月11日

八ヶ岳も富士山も

けさの空気の清浄さは格別だった。

盆地の北北西には八ヶ岳が、南南東には富士山の山頂が、それぞれ稜線をくっきりと、真っ青な空に浮かび上がらせていて、山頂の雪の白さもまた格別に浮き上がっていたっけ。

職場への道すがら、晴れ着を着た女の子たちが歩いている。そういえば、あしたは「成人の日」だ。きょうはその前日だけれど、日曜日だから、この街では「式」をきょう開催するのだろうか。そう気がついてみれば、前や横を通る車のなかにも晴れ着姿が。

いつからだったろう。1月15日じゃなくて、たしか1月の第二日曜日の翌日が「成人の日」と改められたのは。いつだったかなあ、自分が成人式をやったのは。私は故郷の町で元旦に「式」に出た。町を出ている青年が多かったから、帰省する機会の多い元旦に日程を合わせたのだ。今年帰省しているときも、やはり元旦に「成人式」をやったそうだ。

――思えば遠くへ来たもんだ。

海援隊がこういう曲を歌っていたなあ。

2004年01月17日

雪だ

まぎれもなく本格的な降雪。

街中はそれでも車や人の通りが一定程度あるので、幹線道路は雨降りの後のようなのだが、私のアパートの周辺はまだ土が露出している場所が多い上に、通りも少ないので数センチの積雪。

山際はもうたいへんなことになっているらしい。

2004年01月18日

薄曇りの1日

おとといの予報ではきょうは晴天のはずだったのに、太陽がまるで月のよう。

雪はすっかり止んで、辺り一面、白。近くに並木通りがあるのだが、空からではなくて、その並木通りだけ上から雪が舞い降りてくる。枝を飾っている雪が風と気温の上昇とで、はらはらと落ちてくるのだ。見事なこと。

夕方から夜にかけて、道路の凍結が気になったけれど、幸い、思ったほど急激には気温は下がらず、濡れた道路は濡れたまま。氷にはならなかった。

2004年01月19日

ふたたび雪

朝、寝坊してカーテンをあけたら雪。
かなり積もってる。体調はここ数週間で最悪。倦怠感とだるさで再びベッドに身体を横たえる。ようやく職場に電話。

「午前中様子をみて、休ませてほしい」

旨連絡。ところが午後になってもいっこうにだるさはとれない。結局きょう1日欠勤。

天候の方はそれでも午後に入って晴天。雪が溶けだした。

2004年01月21日

気象予報があてにならない

職場で昼休みTVニュースを見た。
気象予報では、この盆地、中西部地域は例年よりも気温が高いらしい。

とんでもないぞ! きのうよりもよっぽど寒い。凍えそう。「暖かいですね」なんて、暖房の効いているスタジオでコメントされても説得力ないぞ! 外へ出てみろ!

最近ストーブを使用しない冬を過ごしているので、気温の微妙な変化に敏感になっている。その私が感じるのだから、たぶん私のほうが正常な反応なのだ。そう思って、いつもの食堂で話をしていたら、やっぱりきょうは寒いよね、という話になった。

体感気温と気象庁の測定気温に差があるのか。やっぱり自分の体で気象を体感してみた方がいいでしょ。

2004年01月22日

きのうは「大寒」だったのだ

寒いはずだった。
きのうは「大寒」だったのだ。きょうもこの日暮れからの冷え込みはなんだ!

たまらん・・・。職場から自転車で十数分の道のりがえらく長く感じる。凍えてしまう。これまでの寒さと、確かにレベルがちがう。

2004年01月24日

ESAとSPIRIT

別に競争しているわけではないのだろうけれども、きょうストリーミングニュースを見てびっくり。

ESA(欧州宇宙機構)による火星探査機が、SPIRITよりもいち早く、火星における水の存在の証拠とみられる画像を送信してきたとのこと。SPIRITはいまのところ調子悪そう。

先日、EUによる「ガリレオ計画」のことを知って、そのサイトを訪れたところ、ESAへのリンクがあったのでおじゃまして、美しいデスクトップ画像をダウンロードさせてもらったのだ。

この前は中国が有人ロケット打ち上げに成功。今度はEUが火星探査で成功。宇宙事業は、いまやUSAだけの独占状態から抜け出しつつあるようだ。いい傾向だと思う。

2004年01月25日

児童虐待と自衛隊派兵

きょうも陰惨なニュースを聞く。

ノイローゼ気味の母親に4階だか5階だかの高さから逆さに落とされた幼児。40歳代の「いい歳をしたおとな」に餓死寸前まで食事を与えられず脳障害をおこしている中学生。「いまどきの子どもは」なんてことを言うなよ。いい歳したおとながこの様なんだから。

さて、アフガニスタンで、イラクで、クラスター・弾から劣化ウラン弾まで大量殺戮兵器を平気な顔して落としまくった軍隊を応援に行く軍隊――どこの軍隊でしょう? まぎれもなくわが日本国の「軍隊」、自衛隊という名の、アジア屈指の強大な軍隊です。

メディアを見ていて一言。身近な児童虐待は、これ見よがしに報道するのに、その数といい、その手法といい、それが国策として行なわれていることのおぞましさといい、身の毛のよだつ加減は、そんじょそこらの児童虐待どころの騒ぎじゃないぞ、とつっこみを入れたくなる所業については、割りに冷静な報道、というか、かなり割り引いて報道してくれていること。

まあ、その程度の倫理観しか、わが国のメディアは持ち合わせていないと割り切れば、それまでのことだが。

2004年01月29日

寒さのゆるい夜

幾分かはやはり昼が以前よりも長くなったのだろうか。
夕暮れが遅くなった気がする。

なんとなく寒さもゆるい。最近、よく空を見上げるのだが、上弦の月(だと思う、たぶん)が天頂に冴えている。

2004年01月30日

分譲ラッシュ

ここ数週間、はす向かいでアパート建設工事をやっていて、かなりうるさかった。

数日前には、最後の仕上げなのだろうが、アスファルトの流し込み作業があって、換気のために終日開け放しておいた窓から、アスファルトのあの独特の悪臭が部屋の中に流れ込んでいて、帰宅したとたんに吐きそうになった。

そう言えば、昨年ごろから急に、わがアパート周辺で、それまで柿の木畠だったところ、田んぼだったところなどが、埋め立てられ、住宅の分譲地に整備されていたっけ。賃貸アパートも次々に建てられているし。

2004年02月06日

Peace Candle Paradeの成功

友人の話では当日はかなりの寒さだったようだ。

みんなご苦労さま。私の気持ちを代弁してくれた参加者のみんなに共感と敬意をこめて、感謝。

主催者発表では約10000人もの人が集まったとのこと。友人は待っている間、灯りをともしたロウソクがもったいないのでとりあえず消してまってたとのことだ。ランタンあり、ペンライトあり。ほのかな灯りだが、その火垂るのような灯りが10,000の列をなして防衛庁にむかってパレードした。

アメリカでは音と声とデコレーションの奇抜さとで、とてもにぎやかなデモが多いようだが、日本には日本での気持ちの表わし方があってもいいよな。

無事、騒動もなく整然としたパレードだったようで、成功のために奔走したスタッフに敬意。

2004年02月08日

6日、モスクワ地下鉄爆破テロ

地下鉄サリン事件を連想した。

チェチェン武装勢力の犯行の可能性が高いというもっぱらの報道である。ロシア国内でも少数民族にたいする政治的抑圧が憎しみの連鎖を生み出しているのだろうか。

いかなる理由があろうと、テロリズムはなんら問題を解決しないどころか、解決のための展望を遠のかせてしまう愚挙である。それも、まったく政治的には無関係の一般市民を対象とした無差別殺人という手法である。こんな行為に道理や大義はない。

一方で、テロリズムは貧困や差別が遠因となっていることもたしかだ。

取締りの強化とか、チェチェン勢力の撲滅とかをいうよりも、遠因である、政治的差別、軍事的抑圧をただちに改善し、理性と道理にもとづく対話による解決をめざすべきではないだろうか。

2004年02月14日

うそだろーっ

いやほんとに。きょうは日暮れまではいい天気だったのだ。
急に暗くなったな、と思ったら、日暮れと同時にポツポツと降り始めて、いまは風も混じった、軽い嵐だ。

けさの天気予報では、いや、きのうの夜確認した時もそうだった、きょうは1日中「曇り」だったはずだ。

変に暖かい日がきのうきょうと続いていたのは、この「春の嵐」の前触れだったか。……たぶん「春」の嵐だと思う。なんせ、「厄地蔵さん」の時期だし、「きりざんしょ」も売り出されてるし、暦のうえでも春だ。

2004年02月17日

引き続き「春の嵐」

住まいの周辺は休耕地も含めて田畑が広がっている地域なので、障害物がない。
その分風の通りもいいのか、最近の突風を否が応でも体感。

郊外だけかと思ったら、夜の宿直のために職場への道すがら、また車道側に風に煽られて冷や汗をかくやら、事務所に到着したら、ビル風の凄まじい音に辟易するやら。

それでも春を感じるのは、風のぬるさのためだ。

冬の「八ヶ岳颪」の冷たさとはまったく違う。

ここ数日、北朝鮮をめぐって国内の緊迫した空気を伝えるニュースを度々目にする。日本単独でも北朝鮮にたいして経済制裁という圧力をかけることのできる法律を、国会が圧倒的多数で可決成立させたこと。きょうの夕方のニュースでは、BBCが北朝鮮で深刻な人権侵害が行なわれているとの内部告発を報じていた(政治犯本人とその家族などをガス室で人体実験していたという、聞くにおぞましい実態)。

人権侵害は明らかに国際的な問題だから、内政干渉などという理屈で、北朝鮮政府が無視することは許されない。拉致問題もしかり。これは明確な国際的対応を要する人権侵害の犯罪だし、北朝鮮政府が認めたことでもあるから、日本を含めた、韓国や中国をはじめとするアジア諸国が解決のための外交努力を強めることは当然だ。

しかし、はたして「経済制裁」が、その外交努力なのだろうか。

被害者家族の気持ちを思う。その一方で、それを政治的に利用している与野党内の一部タカ派の動向が不気味だ。

問題が国際問題であることと、北朝鮮の国際的対応の稚拙さや無謀さと相まって、事態をどう整理すべきか、どう展望すればいいのか、たいへん分かりにくくなってきている。

暦は春近し。その前触れの「嵐」なのだが、はたして世間の情勢は、春の前の嵐なのか。

2004年02月21日

やっぱり異常な暖かさらしい

近所の農家の方と話していたら、この暖かさと雨量の少なさは、例年にないものだとのこと。

何に影響するのかと訊ねたら、ハウスものはそれなりの手間隙は前提で作業がすすめられているけれど、特に路地物の野菜が、水不足で水の散布に手間が取られているとのこと。

ただでさえ人手不足傾向のすすんでいるこの近辺の農家。かなりたいへんらしい。

自転車通勤の私にとっては、過ごしやすい、ありがたい気候だと思っていたし、もともと、この地方は、雨量が少ないことが当たり前だと聞いていたから、認識を改めた。

また寒のもどりがあることを覚悟しつつ、つかの間ののんびりとしたうららかな小春日和(というのかしら)を満喫しよう。

2004年02月26日

八方美人

さまざまな都合があるのだとは思う。
来賓として演説するのだから、それなりの配慮はあってしかるべきだろうとも思う。

だが、かの「憲法9条」を有する日本国憲法を最高法規とする国の国会で、まさに、世界的にもその優越性が叫ばれている「憲法9条」に背く行為を「貢献」と評した感覚が分からない。

それがどれだけの良心的人道的人びとの活動に障害を与えることになるのかを、考えての発言だったのだろうか。

アナン国連事務総長の国会演説は、前半と後半、それぞれの部分が、相反するものとなっていて、全体としては、「口を開かない方が益し」といったたぐいの演説内容だった。

私が、彼が日本に来ていることを知ったのが、つい昨晩のことだったから、今朝のストリーミング配信のニュースで事の次第を知ったのだが、まったくこのタイミングで、あの程度の内容の演説しかできないとは・・・。

2004年02月27日

母からの絵葉書

直線距離で100メートルも離れていないのではないだろうか。
ご近所の元県議の奥さんから、お寿司のおすそ分け。ほうれん草までおすそ分け。

晩ご飯はこれで済ませるつもり。
帰宅したらポストに厚めの葉書が投函されていた。暗がりのなかでも絵が描いてあるのが分かる。裏(表か)を返すと郷里からの葉書。母がいま絵葉書教室に通っているのだという。

年末年始の帰省以来、電話もかけていない。こちらからも“絵葉書”とまではいかなくても、葉書くらいの便りは出してみようかしら。

2004年02月28日

きのうの判決

かなり注目されていた判決だった。

職場でももっぱらの話題だった。私自身は彼の顔を見るのも嫌だったので、彼の名前が何度も耳に入ってくるのさえ辟易していたが、きょう知った判決内容は、当然予想されたものだったし、納得いくものだ。

とくに注目したのは、判決が、彼がつくった狂信集団による狂気の犯罪を未然に防げなかった国の責任を認めたことだ。

上九一色村の人たちの告発にもかかわらず動かなかった県警や国の責任は当然問われて然るべきだ。

なんとも空しい思いが残るのは、池田小学校の事件の被告に対する判決を聞いたときと同じだ。果たして、犯罪に対する自覚のない人間に対する死刑という極刑は、被害者とその家族にとって報いとなるのだろうか。

2004年03月05日

交通事故死した児童

きょう定期受診で隣町の病院にいった。

待合室のTVでNHK甲府放送局のニュース放映をみた。きのうのことか今朝のことかは分からなかったけど、小学校前の横断歩道を歩いていた小学生が車にはねられ死亡したとのこと。その事件のため、その学校では急遽全校集会が開かれ、交通安全について、児童に注意をうながしたとのこと。また、県警は、ドライバー向けに注意をうながす立て看板などの設置を検討中だとのことだった。

殺された小学生に落ち度はない。横断歩道というのは、たとえ歩行者用の信号が赤であったとしても、ドライバーは歩行者が通行するかもしれないことを予測して横切らなければなら