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2003年12月 アーカイブ

2003年12月01日

PeterPanが実写の映画に

とうとうDeskTopの画像とScreenSaverに設定してしまった。かの「ピーターパン」がとうとう実写版の映画として公開されるとのこと。

いつも楽しませてもらっているApple.comのMovieTrailerのコンテンツで、すでに2パターンのTrailerが掲載されていて堪能している。ついでに公式HPにおじゃまして、DeskTop画像とScreenSaverをダウンロード。マイPCのデスクトップを「私仕様」にしちゃいました。

本編も観てないのに・・・。でも、これまでアニメーションでしか実現しなかったかの「Peter Pan」が、(Trailerを観る限り)見事に映画化されていて、楽しみ。公開はクリスマスに合わせてとのこと(あくまで「あちら」ではね)。

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ついでに気がついたんだけど、2パターン目のMovie Trailerのはじめの方のBGMだけど、PCゲームで反響を呼んだ「MIST」シリーズ最新作の「EXILE」のBGMとそっくりなんだけど・・・。同じもの? それとも作曲者が同じ人?

2003年12月02日

コジマから連絡

待ちに待っていた電話あり。
コジマに2回目の修理に出していたノートPCの件である。なんとやっぱりマザー・ボードの不調によるものらしい。前回取り替えたばかりなのに・・・。店員さんの話では、(ノートPCはNECの製品なのだが)「あちらもこの間修理したばかりだということで、無料で再度ボードを取り替えさせていただくということでした。ただ、やはり部品を取り寄せるのに1週間ほどかかるようです」とのこと。店員さんもかなり強く「抗議」してくれたようで、なによりこれ以上の修理代負担がないということがありがたかった。それに今回はHDDの取替えは必要ないので、データはおそらく無事だろうとのこと。でも万が一消えてしまっても、仕事関係の重要データは、修理に出す際に確認して、無事にバックアップしてあったことが分かったので、「もし万が一消去することになっても大丈夫ですから」と伝えておいた。

とにかく二度と不調のでないような状態でもどれば、それにこしたことはないから。この際、徹底的に修理してもらおうっと。

2003年12月03日

先日の事件の波紋

11月末に起こった青年外交官殺害事件にはけっこう近所の人たちもショックを受けている様子。
職場の近所の人と立ち話になったんだけれども「あんなところに軍隊を送ったら、それこそたいへんなことになる」と、意見が一致した。韓国人の被害者も出たとの事。いまや「非戦闘地域」などというごまかしは通用しないことが、日本中にあからさまになったのに・・・。

2003年12月04日

晴れた夜空

おとといの夜から、すっかり冴え渡った空に、上弦というのか下弦というのか、半月が明るくて、雲が昼間よりよっぽど美しい。

いまの時期、本来ならとっくに済んでいるはずの作業がすすまないと、ご近所の農家の方が話していたのだ。この間の台風の影響なのか、秋雨が長引いたのか、例年にくらべて雨の降る日が多かったらしい。アパートの近くには苺のビニールハウスがたくさんあって、春には「いちご狩り」ののぼりが立ち並ぶのだ。その苗植えやらハウスづくりやらが、なかなかはかどらないらしかったから、晴れ渡った夜空を眺めながら、ようやく苺ハウスの作業も一段落つくのかな、などと考えた。

2003年12月05日

ネオンの反射

きのうあんなことを書き込んだからか知らんが、今晩はガスが発生し、甲府盆地上空に薄い雲がたちこめて、ネオンの明かりが反射。月も見えないくらい人工的な明るさで空が「赤い」。

イラクに派遣されていた調査隊の報告がさまざまなメディアから聴こえてくるけれど、ずいぶんニュアンスがちがう。「読売」と「朝日」の報道ニュアンスも、「山日」の報道ニュアンスもちがう。

玉虫色の報告だからそうなる。「比較的安定」っていうのはどういう意味合いだろうか? 全土が混乱状態なのにそのなかで「比較的」という意味でしょ? それにすがっている政府や、それでも、つまり死ぬやら殺すやらという状況があってもそれでも「たじろくな」と煽る「読売」などのメディア。

このまま、アメリカ政府の言うがままに、国民全体を憎悪の悪循環のなかに引きずり込もうというのか! 小泉さんよ!

2003年12月06日

雨の予兆?

ゆうべのガスはけさからの雨の予兆だったのだろうか。
ゆうべといい、今夜といい、「放射冷却」がないためか比較的「暖かい」。朝と夕方の冷え込みがゆるくなった。おかげで体調は不安定。季節の変わり目に身体の方がついていけていない感じ。

2003年12月08日

修理にだしていたPC復帰

ようやく手元にもどってきたわが初代PC。
WindowsMeのノートPCが、データそのままでもどってきた。ありがたや。マザーボードを取り替えたものの、再修理(それもたった1カ月で)のケースだったので、手数料はいっさいなし。ありがたや。

そんな気持ちを予兆していたのか、今晩の空は、すこぶる「秋晴れ」のよい夜空。月は満月に近い。月齢がいくつになるかはわからないけど。風が午後から強かったから、雲ひとつない。文字通り、煌煌と月影するどし。

だって、自分と自転車の影が、くっきり。月明かりで道が明るい。昔の人は、こういう月明かりで秋の夜長を過ごしたのかしら・・・とふと想像したりした。

世間はむごいことが多いけれど、卑近な事柄ですみませんね。私のPCは、職場用(Office Application主体)と自宅用(BroadBandなどのInternet主体)に使い分けるようにしよう!

2003年12月09日

自衛隊派兵、与党合意

自民党内の調整もすみ、公明党の神崎代表も合意。日本を憎悪の連鎖のなかにひきずりこむ、自衛隊派兵を与党が合意。

きのうは東南アジアへの電撃侵攻と真珠湾奇襲により開始された太平洋戦争から62年めの日だったが、奇しくもその翌日の9日に、日本政府が最悪の選択を方針化した。

「復興支援」とは片腹痛い。理不尽で大義のない先制攻撃をしかけた当の軍隊が進駐し、自分たちが破壊したものを「復興してやる」と大きな顔をしてやがる。

その欺瞞に、「同盟国の責任」と、是が非でも応じようとする自主性のなさ。フランスやドイツなども一応米国の同盟国であるが、主体的な判断を下しているなかで。

聞けばあちらに行ってする仕事の内容は、自衛隊という軍隊よりも、専門家集団が行なった方が効率がいい仕事ばかり。米英軍によって破壊された医療関連施設や教育機関の「復興」だという。

それでも一応軍隊なので、武装していくという。米英軍にくらべればかなりの軽装備だが、来られる方にしてみれば、明らかに威圧的な軍隊装備。だから、テロには無力だが、イラク国民の反感をかうには申し分のない「重装備」だということだ。

なにをやっているのか・・・。あたら若い命を危険にさらし、戦後50数年間築き上げてきた、他国で人を殺さない殺されない、という実績と、それ相応の信頼を、自ら投げ捨ててしまうとは・・・。

経済もすでに三流だが、外交はそれ以下だ。政府・与党だけがうらまれることなら、それでいいが、ことは国ごとまきこまれる国際外交問題であるから、これを機に、中東の人々から、日本が見限られ、憎悪の対象となることは明らかである。

この政府・与党の決断に反対の意思を持っている国民がいることを、できるかぎり広く国内はもとより、世界に知らさないと。

2003年12月10日

「掃討作戦」

アフガニスタンのカブール発、ロイター通信によれば、アフガン掃討作戦による子どもの犠牲者がまた出てしまったとのこと。

先日も掃討作戦の巻き添えになった9人の子どもの遺体が発見されたというニュースがあったばかり。今回も「おとな2人と子ども6人」の遺体が攻撃あとから発見されたとのこと。

掃討作戦と称して米軍はいったい何をやっているのか。イラクで泥沼化している占領政策の一方で、また、アフガンでこんなとんでもないことをくり返している。これで中東の人びとの怒りをかわない方がおかしい。

そんな米政府の中東外交政策にのっかって、とうとう自衛隊を派兵しようという日本政府。

この派兵を認めたやつら、自民党、公明党の議員の面々、そいつらこそ、イラクへ行けばいい。行って、惨状をその目でしっかり見てくればいいのだ。

2003年12月12日

冷たい雨

きのうの雨はほんとに冷たかった。いよいよ盆地も平均気温が15度を下回る週に入ったようで、きょうも昼間気温がそんなに上がらずじまい。

友人がゆうべ行なわれた「自衛隊イラク派兵反対集会」に参加したそうで、日比谷野外音楽堂も寒かったらしい。でも参加者の熱気がすごかったといっていた。7000人くらいとか言ってたな。ところが、その集会に関する報道が今朝の新聞では見当たらない。「ゆうべ」といっても、新聞記事に間に合わないほど遅い時間ではなかったじゃないか。今の時期、こういう行動をしている日本人がいるということを、国内はもちろん海外にも知らせるべきじゃないだろうか。政府や政党のパフォーマンスは「これでもか」というくらい報道するくせに、市民レベルの草の根の運動は、そんなに報道したくないのだろうか。

友人の話では、自衛隊員を恋人にもつ女性の切実な訴えの手紙(メール?)が読み上げられたり、高校生が壇上で派兵反対を訴えたりしたとのこと。寒い中わざわざ足を運んだ人たちだけあると言えばそうだが、私のように集会に参加できない人たちの思いを代表してくれている人たちだよな、と思う。それだけに、メディアの「恣意的な無視」は酷すぎる。

2003年12月15日

サダム・フセインのムサイ顔

きょう、たまたま国会での質疑応答のやりとりを聞いた小泉首相のは答弁というより、聞いたことには答えず持論を言いたい放題しゃべりまくったという感じ。

しかし、堂々と、フセイン政権からイラク国民を解放し、「復興」を手助けするための「派遣」と繰り返し繰り返しのたまわっていた小泉首相。いつからイラク戦争の大義が、フセイン政権打倒というスローガンにすりかえられたのか。

当然といえば当然か・・・。唯一の大義だった「大量破壊兵器の製造、隠匿を暴露し、撤去させる」というスローガンが空ぶったんだから。それに、小泉さん、ブッシュとの約束の手前強がって強引に押し通すしかない。かといって、このままでは国民に納得してもらえない。ジレンマの末持ち出したのが、今回のような理屈なのでしょうが・・・。

パラドックスだ。「自衛隊は戦争に行くんじゃないんですよ! そこのところがわかっていない。病院をなおしたり、水道設備を復興したりするんだ!」――って、首相と石破が言っていた。

じゃあ、なんで病院関係者、建築専門家、水道工事のキャリアのある専門家集団を組織して、非軍事派遣というかたちで貢献できないの?

「攻撃されたときに対応できるようにすることが大事。外交官だってねらわれる。無差別なんですから、テロの標的は。それ相応の『対抗策』をとらないと。自衛隊だからできるんです。自衛隊だから狙われやすいというのは、実態をみないものだ!」

民間人だって、文官だってねらわれるんだから、「無反動砲」やら装甲車両なんかで物々しく「入国」してくる自衛隊なんか、よっぽど威圧的でしょうに。そもそもそういう混乱を助長させてるのが、軍隊による占領統治政策でしょう? 民家に土足であがりこんで、ぬきうちの家宅捜索なんかされたら、ふつうの人だって怒らないほうがおかしいでしょ。

だいたい、テロにたいして有効な軍備なんて、ありっこない。テロにたいして武力で対抗しようとすると、結局、「皆殺し」作戦になってしまうんだから。なぜって、攻撃は、ゲリラ的に民衆のなかから、民家のすきまから、ドサまわりのサーカスの荷車から、行なわれるから、それらをすべて一掃しようとすれば、民衆を含めて敵視する政策に帰着してしまうんだから。ベトナム侵略戦争でも、散々経験したんじゃなかったんでしょうか。

そんな政策にのっかって、いったい小泉内閣や自民党・公明党は、日本をどこに導こうというんだろう。目先の「約束事」や「利権」や「党略」のために、無辜のイラク国民や自衛隊員、日本の外交関係者を犠牲にするつもりなんだろうか。

サダム・フセインのむさい顔が「朝日」の夕刊の1面にデカデカと掲載されていた。ブッシュの「これで暗黒政治は終わった」っていう言葉がむなしく聴こえるのは、私だけではないでしょう。きっとイラクの人々も同じむなしさと憤りを感じているのではないかしら。破壊者の破壊者は、やはり建設者とはなりえないんです。

2003年12月16日

ひさしぶりの暖かい休日

村主選手、すばらしい!
これまで何度か演技を見てきたけど、はっきりいって、本番に弱いんだなと思ってたら、この1年間、着実に基礎トレーニングを積み上げて、練習を重ねて、自信をつけてたんだな。堂々の1位。ひさびさじゃないだろうか、というか、この10年間くらいのあいだでもはじめてじゃないだろうか、日本人選手が世界的な大会で上位2人を占めるなんて。

日本の女子フィギュアスケートのレベルはかなり高かったのかと改めて実感。

ここ数日の冷え込みとは打って変わって、きょうは久しぶりに暖かないい日和だった。洗濯物から掃除から、うらうらとした日差しが心地よいなかで、なんだかのんびりした休日を過ごせたかな。

もちろん巷はえげつないものから暗鬱となるものまで、事件、事象には事欠きませんが・・・。

2003年12月18日

風が強いぞ/宇治市の小学校で

きょうは風が強かったなあ。

帰り道すがら、空を見上げると薄曇り。月も星も見えない。なのにカラッカラに空気が乾いていて、のどまでヒリヒリしてくる。こういうときに風邪にかかりやすいんだよな。気をつけよう。

帰宅したら、自動車免許更新督促の通知が届いていた。すっかり忘れてた。あしたから受付らしいから、さっそく行ってみよう。ここ数年、仕事以外では乗用車に乗らなくなったから、免許更新日のことを忘れていた。もちろん職場の車に乗る時には免許を身に着けて乗車してるけど。見ないもんだよ、日付なんか。こんど、免許証の色が金色になるらしい。優良ドライバーの仲間入りだ。

現在午後11時前。いまストリーミングニュースで京都府宇治市の小学校での陰惨な事件を知る。

いつももっとも深刻な犠牲をこうむるのは児童だ。まったくやるせない。刃物をもって侵入してきた男はいったいどんな精神状況にあったのか。いずれにせよ、もっとも襲いやすい相手を襲ったのだ。あまりにも卑屈であまりにも卑怯だ。

2003年12月20日

自転車の保険

朝から冷え込みの厳しい1日だった。

というより、いまも盆地には強い風がふいている。午前中いっぱい、盆地の上空、東半分は晴れているのに、西半分はいまにも雪が落ちてきそうな厚い雲が覆われていた。南アルプスの峰峰、ふもとの市町村には雪が舞っていたかもしれない。というのも、盆地上空にまで、晴れ間が見える空の下で、小粒の雪がちらほらと舞っていたからだ。たぶん西の空から強風にあおられて流されてきたにちがいない。

夕方、この時分だから、もうすっかり暮れてしまった帰路の途中で、自転車を購入した店に寄った。さいきんペダルが重く感じられていて、自分の脚力が弱まったためかとも思ったが、どうも様子がおかしいので、たまたままだ明かりが灯っていた店のなかにいた店主に声をかけた。

やはり脚力の衰えではなくて、自転車のチェーンのゆるみが原因らしい。ほとんど自分で調整などしたことがなかったので、面目なかったが、プロにまかせるのにこしたことはないとも思った。なにせ道具がちがうのだ。

その修理・調整のさい、自転車の自賠責というのに入った。はじめて知った。自転車にも「賠償責任・傷害保険」システムがあったのだ。1000円なり。この保険に入っていれば、「自転車で万が一事故って人を死なせた場合、最高1000万円の保険がおりる」とのこと。有効期限は点検から1年間。それでなくても、半年に1度はお世話になっていた店だから、「1年と言わず、調子が悪くなれば気軽にうかがいますから」とお礼を言っておいた。

「TSマーク点検整備済証・TSマーク付帯保険加入書」というのが、いま手元にある、そのときもらった書類正式名称だ。

たしかに、自転車と人との接触や衝突でも、相当の事故につながるおそれはあるし、現にそういう話を身近に聞いてもいたから、なるほどこういう保険があっても不思議ではないし、当然だなと思う。

それにしても、いまも外は相当の強い風がふいていて、送電線を吹きすぎるときの「ヒョー」という音がすさまじい。ちょうどこの辺りには高圧の送電線が通っていて、「線下補償金」というのを東京電力が支払っている世帯が数世帯あるらしい。部屋のなかまで風が入ってくる。古いアパートなので隙間風がそうとうの勢いで入ってくるのだ。一酸化炭素中毒にだけはならない構造になっている。

2003年12月21日

冬の星座(2)

職場から自宅アパートへの方向が東向きなのだが、ちょうど午後7時、東の空にのぼってきたオリオンが目の前に。そこから視線を少し上にあげるとプレアデス星団、昴が煌めいている。

冬なんだなあと思う。

2003年12月22日

午前5時の起床

よく眠れたのだかどうだか。

なぜか久しぶりに朝早く目が覚めてしまった。朝食を摂っていると、町内放送。ここらへんは防災放送で町の自治会の行事などの告知もされるのだが、今朝はたてつづけに死亡ニュースの告知が続いている。

はじめは、私の住まいより2キロほど北側よりの自治会放送が聞こえてきた。「○○町の○○さん、78歳が○○日、ご逝去されました」と。そしたら、そのすぐ後に、今度は私の住んでいる自治会でも「ご逝去」された方がいるとの告知。

この季節、それもここ数日の急激な冷え込みだ。こう寒さが厳しくなると、トイレにたつときや風呂上りなどに、急性心不全をおこすケースが増えるとか聞いたことがある。いやな季節だ。

2003年12月24日

寒さもゆるいイブ

ゆうべといい今夜といい、なぜか晴れている夜空なのにもかかわらず、寒さがゆるい。
クリスマス・イヴだからかな。

今月26日に、40人の自衛隊員が第1陣としてイラクへの出発を命令されたらしい。・・・まったく、クリスマスの翌日だもんなあ。今年中に兵をよこせ、とでもブッシュにあおられたか、小泉さん。

神崎・公明党代表は、イラク・サマワに行って「だいじょうぶだよ」って、わざわざ露払いをしに行ったらしいし。なにやってんだか。神崎さんよ、あんたも小泉首相といっしょに、三流以下の外交やってるんだね。責任ちゃんととれよ。

そういえば、先週の半ばから、手のひらに寒冷蕁麻疹が発生。最初はほんの1円玉程度の大きさだったのが、1週間後のいまでは手の表(それも右手だけ)いっぱいに広がってしまった。とはいえ、これは毎年のこと。慣れっこといえばそうなんだけど。ずいぶん昔から、こうだ。

以前身近な人から「手の水虫だ」と言われてずいぶん気分を害した。夏近くになるまで、この発疹は引かない。痒いのと痛いのと両方が続く。

ちょうどこんな中途半端な季節に出てくるのだ。

2003年12月25日

指輪物語 - 二つの塔

CSで視聴した第2部。「指輪の王(指輪物語) - 二つの塔」

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[出演] イライジャ・ウッド
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実は、「王の帰還」までの全三部を読み終えてから、視聴したので、かなりわかりやすかった反面、ずいぶん、映画版(それもディレクター・カット版ではなく公開版)では、原作で細かく描かれていた部分が省略され、ドラマティックな部分は原作よりも豊かに描かれていたのが印象的でした。

原作にくらべて映画化にあたって、監督(あるいは脚本家?)のイマジネイションを豊かに反映したのは、アラゴルンと「裂け谷」に住むエルフ族の族長エルロンド(人族とエルフ族との間に生まれた子)の娘「夕月(ゆうづつ)の姫」アルウェンとの悲恋(実はハピーエンドなんだけど)の描写。それと、フロドを一度は裏切り、悔恨のはてに悲運の死をとげる人族、剣士ボロミアの弟ファラミアの描き方の相当な違い。

原作では、映画のようなロマン的な描き方よりは、むしろ、冥王の指輪をその運命に託されてしまったフロド・バギンズとその忠実なる僕(しもべ)サムとの苦悩にみちた道行きがより詳細に描かれていて、人生とは何か、英雄とはどのような人を呼ぶのかを、つくづく考えさせられたものでした。

映画では、原作でも、血沸き肉躍る合戦(ローハンと元「白の賢者」サルマンの軍勢との大合戦)の様が、映像として間近に迫って、想像力豊かに描かれていて、凄まじかった。でも、やっぱり、あの沼地での、フロドとサムの道行きの「凄まじさ」は、合戦の勇猛果敢な様とは程遠いけれども、人生の豊さ、味気なさ、苦しみ、尊さを十分に描いている場面だと感じていたから、もっと映画のなかでも、その味わいを味合わせてもらいたかったと思ってしまった。

渓谷での大合戦で、ロスロリアンから派遣された最強のエルフ弓兵部隊の長として登場するハルディアは、原作ではもっと詳細にその人格が描写されています。所詮、映画では描ききれない部分があり、映画という「視覚的描写」だから描ききれる部分があるのだなと思った次第。あのサルマンの塔を攻略する、エント族の活躍場面は、原作では、二人のホビット――メリー(メリアドク)とピピン(ペレグリン)の語りで語られる場面ですが、映画では、圧倒される描写で描かれていて(ちょっと物足りないところもあったけど)、河の大水が、サルマンの坑道を水浸しにしてしまうシーンなどは、監督(なのか脚本家)のイマジネイションの豊かさを感じさせました。

原作のエッセンスをきちんと視聴者に伝えてくれている、この第二部。第三部の「王の帰還」が、どのように映画化されるのか、とても楽しみです。

2003年12月26日

月齢は3日かな?

職場からの帰路、西の空に不気味に赤っぽく、するどく、冴えてる月。
西の空にこの時間にでしょ、月齢はたぶん3日くらいかしら。いわゆる三日月だ・・・と思う。

牛肉は久しく食べてない。このところ鶏肉か、たまに豚肉だ。

でもこの前、上司の一人との対話でびっくりしたのだ。職場の近所、それもすぐ近くに肉屋があって、夕方からは焼肉店として開店するのだが、肉の焼け焦げるにおいが職場にもただよってくる。「あ、牛肉だ。たまにはあそこで食べたいですよね」と言ったら、その上司、「よく牛肉のにおいってわかるね」だって。

分からない方がおかしいでしょうが。「牛肉なんて、さいきん食べたことないからなあ」なんていってたけど、それは「鼻音痴」とでもいっとけ! 豚と牛の肉の焼けたにおいすらかぎ分けられないなんて、「男子、厨房に入るべからず」なんてことを、いまだに実践してらっしゃるのかしら。お馬鹿だね、とつくづく思った。

ま、それはそれとして、アメリカの政府というのは、他国民にたいしてだけじゃなく、自国民にたいしても横柄なんだなと思ったのが、今回のBSE問題でのベネマン農務長官の発言を聞いて。

「クリスマスディナーには牛肉を食べますよ」とかなんとか言ったんだとさ。

そう言えば、日本で騒ぎになったときも、農林水産(たぶん当時、もう統合されてたよな・・・)相も、同じようなパフォーマンスをやってましたっけ。自国の酪農家の苦悩なんか、これっぽっちも思い及ばないらしい。あちらもこちらも、農政はどんづまりらしい。あちらの国のとばっちりを食ってきた、日本の農業。浮かばれない。あまりにも「不感症」的政治だよ、国民の痛みにたいして。

2003年12月27日

風も強し。寒さも・・・/イランの地震

きょうも三日月なのかしらん。

月齢はさだかではないけれど、冴えた冬の夜空に、西の空には閉じた目蓋のような、煌煌と照る月あり。東の空には、巨大なオリオンあり。頭上の昴は、きのうよりも星の数が多く見える気がする。

風もようやく強く吹くようになって、冬らしい気候だ。先日、近所の農家の方とお話していて、この地域、以前は強風にそなえて、稲の束の処理(なんて言うんだったっけ)をするのにも工夫があったとのこと。いまでは機械でチャッチャと済んでしまうし、そもそも田んぼが少なくなってしまったけれど、そのお話のさいに

「ことしは風がでるのが遅い」

というやりとりがあったのだ。そういえば、例年この時期には、すさまじい「八ヶ岳おろし」が吹きすさぶのだったが、ことしはほんとうに風がでるのも遅かった。暖冬だったんだ、やっぱり。

イランの地震、規模の大きさをはじめて知った。さっき、いつもお世話になっているストリーミングニュースのサイトで「死者25000人」という報道。なんという・・・。あの阪神淡路大震災の死者が6000人近くにものぼったことに驚愕していたのに・・・。

こういうとき、「不言実行」というか、言う前にやることはやるという対応をしたヨーロッパやロシア各国の対応にくらべ、アメリカと日本の政府の対応のタイミングの遅さときたら・・・。

お隣のイラクへの「復興」の名の下の派兵は、年内にと言われればその通り迅速かつ強引に事をすすめるくせに。

2003年12月29日

日を越してしまった・・・

うかうかしていたら、午前0時をまわってしまった。

ことしは数年ぶりに、年末年始を生まれ故郷で過ごすことにした。この1年、身近な関係の人の死と立て続けに遭遇して、ふるさとへの思いがこれまでよりも強くなったことと、そのとき帰省したおりの、親類縁者の暖かいもてなしに心を癒されたことが、帰省する意欲を引き出してくれた。

こちらが気を張らなくても、自然体でそのまま対応してもらえることがようやく分かって、これまで、自分の方からさけていた接触も、あらためてつきあってみると、それほど深刻に構えることはなかったのだということに気がついたのだ。

表があるから裏もあるかもしれないが、たいしてそうちがいはない「表裏」だろうし。離れている分、後腐れがないといえばそうだし。そういう意味では、楽につきあえたんだよなあと、いまさらながら、思い至ったのだ。

それから、なによりも、この時期でも「特割」チケット適用便が運行されていることが分かったから。交通費だけでたいへんなものだから。

日が変わってしまったから、きょうになるけれど、きょうの午後にこちらを発って、新宿、羽田経由で福岡空港へ。それからがまたたいへんで、電車とたぶん迎えに来てくれるはずの親の乗用車で、それからまた40分程度の道のりを経て、ようやく田舎に着くはず。

ほんと、田舎だからしょうがないさね。

今回はめったに持っていかない土産を買っていくつもり。こちらではめったに買わないし、食べないが、他県の人はめずらしがるもの。「煮貝」は高価すぎて手が出ないので、「桔梗屋」さんにお世話になろうっと。ワインは重たいし。むしろ自分が飲みたいくらい。

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