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2003年11月 アーカイブ

2003年11月01日

「はだか踊り」で大騒動

けさのニュースのなかで、ほんとに情けない思いをしたのが、中国・西安でのこの事件。
日本人留学生のうちの数人と、こともあろうに日本人の教師までくわわって、西北大学の文化祭で「はだか踊り」を「披露」したという。あまりのえげつなさに学生は大ブーイング、ただちに中止をもとめ、謝罪をもとめたが、日本人らが応じなかったため、デモ集会まで引き起こす騒動に発展したとのこと。

しかし、ことは「はだか」で踊ったことだけが原因ではないらしいのだ。

中国系香港紙によれば、このお披露目のさい、「これが中国人だ」と書かれた紙を掲げていたのが、直接の原因だったとのこと。もしそれが本当なら、日本と中国との間の歴史的交流の経過を知らないだけでなく、民族蔑視にもとづく、とんでもない行動だった。

おなじ日本人が・・・と、切なくなると同時に、同じような言動を、日本国内では、政府要人や首都の首長が行っている事態を振り返ってみれば、騒ぎを引き起こした日本人留学生と日本人教師らは、ある意味、日本における歴史教育と政治風土の「被害者」といえるかもしれない。

2003年11月03日

日付が変わっちゃったけど

きのう日本共産党のビラが入った。政党の主張のビラが入ったのは、わたしのアパートでは日本共産党のヤツがはじめてだ。

消費税と憲法で、自民党と新民主党にちがいがないこと、税金の歳入総額を変えなくても、使う割合を変えるだけで、相当庶民に還元されること、あの大好きな高口里純さんが日本共産党ファンだってことと、けっこう著名な芸術家や宗教家が日本共産党の政策に共感をしめしていること、などなど。

このマスメディアの洪水のなかで、どこまでこの真実が伝わるか。そこが問題だ。この事実が知られれば、いまは政権選択のときではなく、野党戦線が、つぶされるかどうかの瀬戸際だということ、日本の進路が日本国憲法とサンフランシスコ条約体制という二本立ての法律体系の矛盾のもと、半世紀以上の模索をつづけながらも、憲法九条の、この一点で、かろうじて国際的にもアジアにも体面をたもっていたのに、これがくずされようとしていること。この重大な事実が、どれだけの人に知ってもらえるかにかかっている。

これは他人事ではない。即、徴兵制につながることだからだ。徴兵制のないサミット参加国は日本くらいしかない。このことはとても大事なことだ。とくに私みたいに「ひ弱」で「男らしくない」人間にとっては。

「つよい日本」というスローガンを書いている政党がいるが、いまもとめられているのは、「人にやさしい日本」「ちがう価値観を互いに認め合い共存しあえる日本」ではないのか。

兵力よりも、対話と外交で解決しなければ、先が見えないということは、今回のイラクの経験で十分世界が認識したことではなかったのか。

日本の国政選挙だけれど、日本が「地球のなかの日本」であるかぎり、国際的な日本の位置づけを考えざるをえない。だから、ぞっとするのだ。いまのまま、つきすすめば、それこそ「いつか来た道」をたどることになる。日本社会の発展を、それだけ遅らせることになる。

マスメディアの当事者たちよ。あなたたちには、なんら期待していない。でも、あなたたちの所業のもたらす業を、せめて認識するくらいの理性はもちあわせておいた方がいい。

ブラス!

私のふるさとも炭鉱の町だった。
私が小学1年生ころには、国のエネルギー政策の大転換にともない、町のあちらこちらにあった明治以来の「ヤマ」がつぎつぎに閉められていた。
当時1972年には町で最後に残っていた炭鉱が閉山した。
最も多いときには1万数千人いた町民は、閉山時にはそれでも5800人ほどだったが、翌年の1973年時には4000人足らずになっていたそうだ。

この映画のなかで、ブラスバンドのリーダーの息子――彼は借金のため、退職金のために組合を「裏切り」、それでも借金取りからは逃れられず、妻からもいったんは見捨てられ、自殺まではかったのだが――彼が、「アルバイト」のピエロを演じている最中、たまらず「神さまがなにをしてくれた!」とさけぶシーンがある。
当時のサッチャー首相(私たちの世代では「鉄の女」の呼称で知られていた)の政策批判を口にする。

私は、石炭というのは、石油とくらべてエネルギーとしては過去のものだとばかり思っていたが、この前再放送された「大地の子」のなかで、製鉄所の原材料としてなくてはらならいものとして石炭(コークス)が大量に必要であることを知った。
では、なぜ、良質の石炭を産出していた、わがふるさとをふくむ、国内の多くの石炭産出地域を壊滅においやったのだったろう。

いまや石炭は、鉄鋼生産になくてはならないもので、そのほとんどを輸入にたよっているという。

この映画の舞台を観ていて、そんな遠いふるさとの地を思い出し、涙があふれて止まなかった。
多くの、人生を狂わされた人びとの哀歓と叫びが、切々と胸にせまる。

2003年11月04日

著作権には注意注意・・・

ほとんど閲覧者のいない私的な「ストレス発散」WEB日記だからといって、うかつだった。

いくつか、ロイター通信や国連ONLINEなどから、記事の一部やほとんど全文を転載した日があったが、あらためて、著作権に関するガイドラインを読んで、とんでもないことをしていることに気がついて、あわてて修正・消去した。

このサイトのリニューアルのときには、「お気に入り」コンテンツの画像ファイルの取り扱いの誤りに気付いて、すべてオリジナルのもの以外の画像は取り払ったのだが・・・。

著作権の問題については、厳格に対処しなければと、あらためて肝に銘じた次第。

2003年11月07日

「護憲」の党と「創憲」の党と

5日、社民党の土井党首が記者会見で、民主党中心の政権に参加する意向を表明したとのこと。
「創憲」――つまりは憲法に手をつけると公約している政党との政権に参加するということと、憲法擁護の、これまでの社民党の建前との間には180度の開きがある。

いままでも、地方では民主党と社民党との「選挙協力」を「小泉内閣打倒、自民中心与党政権打倒」の一致点でやる。といっていた土井党首の説明に、「なんじゃそりゃ」と思っていた。

しかし、ここにいたっては、改憲の土俵に自ら足を踏み入れる重大な発言を、選挙の「動静」を見ながら発言したことに、ほんとうにがっかり。情けない思いである。

そうはいっても、あの自民・社会の連立政権をつくった経歴のある政党の「本流」である社民党のこと。10年前の細川内閣のドタバタ劇以来、少しは学ぶところがあったのかと思っていたが、そうではなかったらしい。

そういう政党に、この期におよんで公認候補として参加した福島瑞穂さんも、たしか、彼女は弁護士らしいが、政治的感覚は近視眼的なのかもしれない。かわいそうに。お悔やみ申し上げます。

2003年11月09日

21世紀に胸をはって

日本がこの21世紀に頭をあげて国際社会と、とくに、アジアと共存できるように、私は、憲法9条を「厳格に守る」と公約した日本共産党とその候補者に票を投じた。

選挙の大勢はきょう午後11時ころには判明するだろうとのことだが、さて、「二大政党制」づくりという恣意的な世論操作の大戦略のなかで、どのような勢力地図となるのだろうか。

いずれにしろ、自民党・公明党・新保守党の現与党勢力と、新民主党と、そしてこの間まで「護憲」を看板にしていた社民党と、いずれも、現在、国の最高法規であって、その第99条に、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と明記されている、現憲法の「改定」を公約として掲げるという、憲法条項違反の翼賛潮流、あるいは妥協者となっているのである。

この風潮のなかで、いま国会にある政党のなかでは唯一、日本共産党だけが、「現憲法の全条項の遵守」を公約としてかかげている。これが公約として掲げられなければならない事態ということ自体が、かなり危機的だと、私は思っている。

ついでにトップページにスローガンを追加。イラク戦争の推移を見て、これは肝心なことだと思ったのだ。

「イラク人のためのイラクを!」――そう、だれのためでもない、そこに住む人びと自身が、その社会の体制を決定する権利を有するのだ。

禁じられた遊び

ほんとうに久しぶりに観た映画だ。あまりに有名すぎて、これまで2回しか観たことがなかったけれど、今回CS放映で改めて感動を新たにした。

ちょうど放映されていたのは、第43回衆議院選挙の開票が行れている時間帯。なかなか意味深なプログラムになっていると思うのは、わたしだけでしょうか。
さいごに「ミッシェル!」と叫びながら雑踏の中に見えなくなってしまうポレットが、その後どうなっていったのかは、たぶん、当時この映画を観た人びとには実感として分かったのでしょうか。1950年代のアカデミー外国語映画賞を受賞しているようです。
この映画を製作したのはもちろんおとなです。この映画の脚本や、この映画のなかで対立する家族、無知蒙昧と貧困のなかで長男をむざむざ死なせてしまう家族を演じているのも、おとなの役者さんたち。たぶん、戦争経験者だったろう彼らの演じる群像が、切々と胸にせまってくるのは、私自身が年齢を重ねたためなのでしょうか。それとも、いまの状況がそう思わせるのでしょうか。
「子どもの視点」を、こうも見ている側に自然に感じさせるルネ・クレマン監督とキャメラマンの手腕に喝采を送らねば。
しかし、当時の社会が、これほど宗教というものを「冒涜」した映画を許容したということも、特筆すべきことだと、私は改めて、つくづく感じる。いまアメリカ合衆国全体に、「キリスト教原理主義」ともいうべき、戦慄すべき政治状況が蔓延していて、それに、わが国日本が政府・与党をはじめ、財界にお膳立てされた政治勢力、メディア全体がまきこまれているからです。
その意味で、この映画は、戦争というもの、宗教というもの、それらについて、正面から堂々と、それでいて、淡々と叙情的に(つまりは映像美として)描ききった、ながく名作として飽きることなく、感動を与え続けられる作品の一つでしょう。

2003年11月10日

うーん残念!

私が票を投じた日本共産党は現有議席を大きく後退させることになった。残念!

私の居住地域は小選挙区第1区だが日本共産党の候補者、敗れはしたものの、得票率は前回より高いようだ。

選挙後の政治地図がどうなるか、まだまだこれから一波乱ありそうな予感。

消費税税率アップの問題と、いよいよ憲法9条をめぐる攻防が焦点になってくるだろうし。

2003年11月12日

きのうは雨、きょうは晴れ

きのうとはうって変わって晴れ間の多い1日となる。体調は天候に左右されていたのか、きのうより調子はいい。

夕方からのニュースでまた暗鬱な気分になる。イラクでまた爆弾テロ。南部のナシリアにて、イタリア軍がねらわれた。

すでに米英軍だけでなく、要請にこたえて派遣された各国の軍隊が標的になっている。イラク人の犠牲者もふくまれているとのこと。

きのうはサウジアラビアで爆弾テロがあった。まさに、イラクへの大義なき先制攻撃は「地獄の門を開いた」のだ。

2003年11月15日

大きな買い物

とうとう買ってしまった。WindowsXPのノートパソコン。

ローンの終わったPCのBIOSが起動しなくなってしまったのが、もっとも大きなきっかけ。この前修理にだしたばかりだったのに、この1カ月でまた修理にだすハメになってしまったからだ。

1カ月1万数千円の12カ月ローン。大きな買い物だけど、しょうがない。

さて、上記を書き込んだのは午前1時すぎ。

それからきょう1日、秋晴れの天気で昼過ぎまでは暖かかったのが、いま午後11時半、外は雨。それに気温も夕方から一気に冷え込んできた。

もう鍋の季節だ。焼酎のお湯割りがよく合うし。さいきんちょっと飲みすぎの気味があるので注意しようっと。

そういえば、きょう近所の本屋に注文していたコミック本が届いたとの知らせ。高口里純さんの『伯爵と呼ばれた男』。白泉社発行のコミック本の1?4巻までもっていて、それで完結しているのかと思いきや、5巻目があったのを、ご本人からHPで指摘されて、あわてて注文したら、白泉社ではすでに品切れとのことで、双葉社発行の全3巻本のうちの第3巻目だけ注文していたのだ。これで高口さんにも面目が立つと言うもの。

2003年11月16日

霧の朝

ゆうべ急激に気温が下がって、冷たい雨が降った後の暖かな日差しの朝だったせいか、盆地一帯が霧で覆われていた。山から陽が昇ると、すうっと消えていったけど。

2003年11月18日

ちょっとびっくり/戦争状態に逆もどり

本格的な秋晴れのさわやかな休日である。こういう時平日が休日っていうのはなにか得をした気分を味わえる。

夕べ、久しぶりにいつも通らない道を家路に急いでいたら、近所の「セブンイレブン」の明かりがない。びっくり。店じまいしたらしい。大きなトラックが止まっていて、荷物を積んでいたから、きっと店内のデコレーションを撤去するためのトラックだったかもしれない。

その店舗は、弁当や惣菜や酒など、けっこう長いこと利用していたのだが、最近、例の大きな買い物をしたこともあったり、帰省のための旅費の捻出のために倹約にはげんでいたりしたこともあって、ご無沙汰していたのだ。でもほんとうに突然閉まってしまったという感じ。

不況のせいかしらと思った。つくづく深刻だなと思う。

昼過ぎにストリーミングニュースのサイトをみたら、ブッシュ大統領の声明とイラク空爆再開のニュース。

イラクに新たな政府が成立したのちも「ともにテロ勢力とたたかうため米軍の撤退はしない。約束したことは守る」と、イラクの統治評議会メンバーを前にブッシュ大統領が語ったという。そして、大規模な掃討作戦を展開中の米軍による空爆の映像。バグダッド市内の施設を標的にして空からのミサイル攻撃である。市民がまきぞえにならない保障はない。

また戦争状態に逆戻り。こんなイラクのどこに「非戦闘地域」があるというのか。小泉さん、教えて頂戴。

2003年11月19日

「護憲勢力後退」?

この数日の新聞を見ていて「なにをいまさら」と思うのが、「護憲勢力後退」「護憲派、国会で少数に」という、コラムやら記事やらである。

選挙の前から、憲法の改定について、自民・公明・新保守連立与党も、新民主党も、主張にほとんど変わりがないことを、ほとんど触れず、それ「あなたの1票が首相を決める1票に」やら、それ「どちらが政権を? 自民中心政権か、民主中心政権か」やらと、大キャンペーンをはったのは、どこのどなただったかしら。

いまさら、争点にしなかった問題を持ち出して、したり顔でよく言うもんだ。

たしかに、結果的に、議員勢力のなかで、憲法の平和原則を守れと主張する勢力は少なくなっていて、それ自体はたいへん危機的状況かもしれないが、さて、「二者択一」を迫る大キャンペーンのなかで行なわれた選挙で、たとえ民主党に、あるいは自民党や公明党に票を入れた人たちが、「憲法を変えてください」という願いをこめて1票いれたわけじゃないでしょうに。

民主党躍進の結果のなかには、「いまのこの状況、ちょっと、なんとかしないとっ」という気持ちがいっぱいつまってるんじゃないでしょうか。

私自身は、共産党に票を投じたのだが、まわりには、小選挙区は共産党候補に入れたけど、比例は民主党に入れたという人がいる。結果に現れているのは、メディアが自分たちの都合のいいように描く「世論」ではなく、むしろ、自分たちが、恣意的にでもとった調査結果に現れているんじゃないかい? 「戦争いやだ」という人たちは、この日本には、かなりたくさんいる、いやむしろ多数派だと思う。国会議席とのゆがみをつくりだした張本人は、さて、だれでしょう?

2003年11月21日

石原都知事の発言

石原都知事の発言は、いろいろなものを象徴しているかもしれない。不寛容、共存の拒否、価値観の違いの否認、愛国主義をかかげた排外主義。とりあえず、これらは彼自身の小心さからくる、みっともなさであるけれども、こういう人間が、日本の首都の知事をやれているというところに、諸外国は疑念を抱いているのだと思う。

石原都知事の発言で、日本人全体がはずかしめられているのだ。

そして、繰り返される政府要人の侵略戦争容認発言。ドイツやイタリアと比べても、この政治の後進性は群を抜いていると思う。

政治家だけではない。イラク戦争やアフガン戦争の報道にみられる、TVや新聞などメディアの大勢が、全体として自らが大株主であり高額所得者の代表としてコメントし、さきの侵略戦争にたいする態度のいい加減さを露にしているのを見ても、メディア自身が、1945年8月15日の「ポツダム宣言」受諾を、けじめにしきれていないということをつくづく実感する今日この頃。

しかし、これらの状況を傍観している場合じゃないぞ。傍観しているかぎり、アジアの人たちからも世界の人たちからも、「日本人は所詮その程度の国民か」と見られてしまうのだ。政府要人やメディアが意図的恣意的に流している情報とは別に、厳然として「もう二度と戦争、徴兵制はイヤ」という気持ちを日本人の大半の人が持っているのだということを示さなければ。そうしなければ、石原都知事の発言が、都知事の発言なだけに、世界に日本人が誤解されてしまう。軽蔑されてしまうのだ。

私は、石原都知事の発言を絶対許せない。

2003年11月22日

ロバが引いていたミサイル

テロにたいして、最新鋭の武器を装填した軍隊を大展開しても無意味だということを、つくづく思ったのが、今朝の各紙の報道。

とくに、ミサイル発射装置――それはまるでドサまわりのサーカスの荷台のような古ぼけた「装置」だ――と、そのそばに静かにたたずんでいるロバのいる風景。米兵たちが、深刻そうにその「発射装置」を検分している写真である。

テロの手法もその理論も断じて許せないものだ。だが同時に、「テロをなくす」という口実で、不法な占領をつづける軍隊は、世界最高の武装をしている米軍を中心としていたはずだった。ところが、ミサイルは確実に標的に命中し、世界に衝撃をあたえたのだ。

考えてみれば、あの「9/11」のむごたらしい犠牲をだした同時多発テロによって、アメリカははじめて本土を攻撃されたのだった。第1次、第2次とつづいた世界大戦のさなかにも、アメリカは本土だけは攻撃を一度も受けたことはなかったのだ。だからこそ、衝撃を与えたのだったろうが、当のアメリカがさきの大戦後、各地に「9/11」と同様の、あるいはそれ以上の砲撃や空爆や破壊工作を繰り返してきた積み重なりは、いま一度振り返って総括してみなければならないと思う。

「手持ち無沙汰」にたたずむロバの写真をみて、そんなことを思った。

2003年11月24日

SFと現実の国際社会/ルドルフ・ヌレエフ

StarTrekシリーズのSFドラマが好きで、CSでよく視聴している。公式HPでだったか、別のチャンネルでだったか、このシリーズのコンセプトが「宇宙を舞台にした西部劇」だとのこと。なるほど。そういう目でみれば、それなりに楽しめる内容が満載。未来社会への想像も面白い。

ただ、現実的に考えると、武装した宇宙船や、ほかの惑星の知的生命体との武力衝突などという設定は、ナンセンスである。

現在の天文学の到達点によれば、知的生命体の存在自体はもちろん肯定できるけれども、その存在は地球をふくめた太陽系をはるか離れること何万光年という距離になるだろうとのこと。

恒星間旅行ができるだけの技術的科学的発展と、それを支えることのできる社会が前提とならなければならない。例えば、現在進行中のイラク戦争のような、あるいは、南北間格差といわれる地球的規模の貧富の格差の増大や、人類の存続さえ危ぶまれるオゾンホール破壊にたいして国際社会が対応しようとしている二酸化炭素排出の規制が国家的政治的「利益」を理由に中断されている状況や、核兵器の研究・開発・配備などを目の当たりにしていると、SF小説やドラマで想定されているよりも、はるかに時間がかかるだろうと考えざるを得ないのだ。恒星間旅行やら、ほかの恒星系惑星に発展している知的生命体との接触やらが可能となる時代が。

人類が、それぞれの価値観を認め合い、ちがう文化を認知し合える段階に到達し、利潤だけが基準となる価値観を乗り越え、人間のあらゆる可能性を発現できる条件を社会的に保障しうる段階に到達し、国際社会がそれを阻害しない国際倫理を確立するまでは、遠く隔てられた、地球以外に存在するはずの知的生命体との接触を保障する技術的保障も倫理的保障もないだろうと思うのだ。

だって、同じ天体の上に生きているものどうしでさえ、これほどいがみあっているのに。

これで3回目だが、CSでルドルフ・ヌレエフのドキュメンタリーを視聴した。

軸のずれない回転、ジャンプの高さなどの技術的な面だけでなく、それらがヌレエフ自身の思考を、見ている側に感じさせる表現力。ずば抜けた逸材である。

自分自身の身体をコントロールする術を熟知していなければできないことだろうし、それにかてて加えてリズムや曲の印象を的確にとらえることのできる知性と感性が求められるのだが、彼はそれらを懸命に自分のものにしようと努力を積み重ねてきたらしい。CSのドキュメンタリーでは、彼がプロデューサーとして、舞台の監督として経験した辛酸をふくめて、丁寧に後追いしている。ソ連の変遷をも通して。彼が指導者としての才能も持ち合わせていることも、教え子たちの証言を通して浮き彫りにしている。

実際に映像でみる彼の演技には魅了される。あまりのすばらしさに、思わず口が開いてしまうのである。

バランシンなどの彼に対する評価も傾聴に値する。彼は一ダンサーとしてだけではなく、振り付けからプロデュースにいたるまで、彼のインスピレーションの表現に関して、とことんこだわったアーティストだったということがよく分かる特集であった。

2003年11月26日

毛皮のマリー/母のない子

寺山修司作「毛皮のマリー」をCSで視聴。ついでにVHSに録画した。主演は美輪明弘さん。堪能させていただきました。笑い、泣きました。

イヴ・モンタンが同じ題名の曲を歌っていて、ずいぶん前にCDを購入していたのだが、今回視聴したCSの舞台録画のなかで使われていたBGMも、まったく同じ曲。イヴ・モンタンの「毛皮のマリー」だった。

シャンソンの訳詩に、今一度挑戦してみようかと思った。

そうそう、寺山修司の作詞だとわかってびっくりしたのが「時には母のない子のように」。さいごの一節「母のない子になったら誰にも愛を語れない」というのが、胸にずきんと来たのを覚えている。つまり「父なし子の歌」だということに気がついたからだった。

当時は安保条約の条項上、10年たったら、当事国のどちらかが通告すれば、条約を破棄できるという局面を迎えた年だったらしいから、それが反映していたのかもしれないし、沖縄をはじめ、米海兵隊の駐屯基地のある基地の町の微妙な位置づけを反映していたのかもしれない。

なげやりな歌い方に違和感がなかったのは、当時の世相を反映していたのかもしれない。

2003年11月27日

イラクから調査団帰国

調査団がどのような報告をするのか、固唾を呑んで見守っている。事は派遣される自衛隊員の生命にかかわっているからだ。

第一報によれば、派遣先とされているサマワは「比較的平穏であるが、テロの可能性は否定できない」とコメントしているという。

先日はイタリア軍にたいする、これまで以上にあからさまなテロ攻撃があったばかり。自衛隊が自衛のためでなく、アメリカの先制攻撃による占領体制を補完するような軍隊になってしまう第一歩となってしまいかねない、今回のイラク派兵。

そんなに行かせたいのなら、小泉さん、まずはアンタが行きなさいよ!

2003年11月28日

旧帝国陸軍が埋設していた毒ガス

TBSのストリーミングニュースによれば、習志野市の集合住宅が立ち並ぶど真ん中に、旧帝国陸軍の毒ガス研究所跡地があり、証言によれば、イペリットなどの毒ガスが埋設されているとのこと。

最近中国国内で相次いで旧日本軍によって投棄されていた毒ガスによる被害状況の凄まじさが、かなりの規模にのぼることが判明している。その最中での今回の報道であった。

戦後すでに半世紀以上放置されてきたということ自体の意味を、改めて考えざるを得ない。

明らかに、歴代政府・与党の姿勢が問われてしかるべきことだと思う。

これを機に、日本国内はもとより、日本が当時侵略・植民地化していた国々にたいする、実際的な責任をはたすべきだ。

2003年11月29日

アルジャジーラの報道

知人からアルジャジーラのHPを教えてもらった。原文はもちろんアラビア語で、とても読めなかったので、英語版のサイトに移動。翻訳エンジンの力をかりて読んだ。

これまで一度も目にしたことの無かった衝撃的なニュースが目に飛び込んできた。

きのう28日には、木切れを拾っていた姉妹が米兵に撃たれ死亡。きょう29日の記事には、7歳の子どもが「銃をふりまわし米兵の足をねらって撃った」とのことで、7歳の子どもが米兵の「自己防衛射撃」により負傷。

はじめの1件は、その姉妹の家の家宅捜索も行なわれたらしいが、「銃」は出てこなかったという。私の推測では、これまでの米兵にたいする攻撃におびえて過剰反応した兵士が、姉妹の拾っていた木切れを「銃」と見間違えて即座に射撃したのではないか。後者は、事実がどうか、まだ詳細は明らかではない。どちらも米軍スポークスマンは詳細については「ノーコメント」らしいから。

ブッシュ大統領の「電撃訪問」に続いて、ヒラリー元大統領夫人もバグダッドを訪問したとのこと。どちらも若干のニュアンスのちがいはあれ、「兵士の激励」ということであるが、米兵の精神状態もかなり限界に達しているのではないか。すでに「占領政策」の破綻は明らかなのに、米政府はまだ懲りずに継続するつもりなのだろうか。

それに、その破綻した占領を手助けするために、積極的に自衛隊員を戦場に送り込もうとしている日本政府。自衛隊は「自衛」が建て前ではなかったかしら。なぜイラクくんだりまでわざわざ出かけなければならないのか。

2003年11月30日

テロによる日本人文官の死亡

今朝ストリーミングニュースで知ったが、昼から夜にかけて、この話題でTVもラジオも持ちきりだ。イラク北部のティクリット付近を車で走行中の2人の青年外交官が銃撃を受け死亡した。

テロリズムはどんな理由であれ絶対に許すことのできない行為である。それも外交官を標的にするなどは言語道断だ。

今回の事件を受けての政府の反応は思ったとおりだった。「たぶんこういう反応をするだろうな」と思ったとおりのことを言っていた。福田官房長官は「テロにひるまない」と言い、小泉首相は「自衛隊によるイラク支援計画に変更はない」と言った。

しかし、いまのイラクにおける暴力の連鎖は、誰によってはじめられたのか。イラクへの武力攻撃は国際法違反の先制攻撃であったのに加えて、その大義として掲げられた「大量破壊兵器を一掃し脅威をとりのぞく」というスローガンが、いつの間にか、「テロリズムの根を絶つ」というスローガンにすりかえられている。

憎悪の連鎖を生み出したのは、いまイラク国内に進駐しており、実際には士気も下がり放題に下がってしまっている米軍、英軍。それら軍隊による強襲を指示したのはアメリカ合衆国大統領であり、支持し共に行動したのがイギリス首相。現在の占領状態は、混乱をただ拡大するだけの、占領軍のまったくの無為無策ぶりをさらけだしたもので、それもそのはず、フセイン政権をつぶし、「石油省」をおさえた後のことは、つまり実際に文化的生活を送っていたイラク国民の生活保障と主権については、まったく無頓着な作戦だったからだ。

その最中に起こっている事態である。そのことをよくよく考えなければならないのではないか。

なぜ「テロにひるまない」ことが、軍隊の派兵にむすびつけられるのか。日本軍隊のイラク派兵は、暴力の連鎖を助長するだけである。そして日本をアメリカが引き起こした無法な戦争状態に国ごと引きずり込む、最悪の選択である。

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