夜空をながめて
この前の旅客機点滅灯の発見いらい、夜空を時々ながめては、同じような現象に遭遇しないかと注意するようになった。そしたら、盆地の南の空を、一定の間隔をおいて3機の点滅灯が見えるではないか!
遠くから見上げているからかもしれないけど、間隔が狭く感じて、やっぱり混んでるんだなあと、つくづく実感したものだ。
ああ、それにしても、早くPCなおしてくれ?。Webメールの方はいいんだけど、とにかく、いままでOutlookで受信していたメールを読めなくて困る。
« 2003年09月 | メイン | 2003年11月 »
この前の旅客機点滅灯の発見いらい、夜空を時々ながめては、同じような現象に遭遇しないかと注意するようになった。そしたら、盆地の南の空を、一定の間隔をおいて3機の点滅灯が見えるではないか!
遠くから見上げているからかもしれないけど、間隔が狭く感じて、やっぱり混んでるんだなあと、つくづく実感したものだ。
ああ、それにしても、早くPCなおしてくれ?。Webメールの方はいいんだけど、とにかく、いままでOutlookで受信していたメールを読めなくて困る。
この分じゃきょうはネットブースに行くのはパスかなと思っていたのだ。午前中からパラパラと降り出した雨が大降りになっていたから。
調子も悪くて、なにもする気がおきなかったから、洗濯でもしながら、昔買ってあった漫画をとりだして読んでいた。杉浦日向子さんの漫画。『百日紅(さるすべり)』。「あれ? いつ買ったんだっけか?」と思って、発行年月日を確認したら、1996年とあった。読んでるうちにいつの間にか外が明るくなっていて、午後2時ころにはすっかり雨も上がっていたのだ。
杉浦さんの漫画を最初に見たのは、この『百日紅』を購入するよりも3年くらい前だったか。もともと少女漫画のストーリー性の高さが気に入っていて、萩尾望都さんの漫画なんかよく見ていたんだけれども、この人の漫画はちょっと雰囲気が他のやつとはちがっていたんだな。江戸情緒たっぷりなのに、独特のニヒリズムや怖さを感じさせる、淡々とした絵柄。ふきだしの台詞がこれまた「粋」なんだなあ。
もう漫画を書かなくなって、何年になるかしら、この人。最近、江戸文化研究者としてよくTVに登場してるんだけど。歳のわりに老成してる女性です。
最短でも今月20日までは待たなければならないかと覚悟していたが、きょうの夕方、コジマから連絡があり、PCが手元にもどってきた。
さすがにもとの状態にもどすまでには3時間以上かかったけれど、苦にならないものだ。ようやく自分仕様のPCが手元にもどってきたのだから。
職場で借りていたのはOSがWindowsXP。安定性では定評のあるOSだったが、やはり使い慣れている自分のPCのOS、WindowsMeの方が勝手知っていていい。
「資本論を読む」ノートもようやく本格的に再開できる。
日本語版国連ウェブサイト(http://www.unic.or.jp/)の10月16日付ニュースには、正直びっくりした。
CPA(暫定占領当局)は、ここで言われているように「国連、米主導の」機関では、けっしてない。そのことは、あの国連施設へのイラク国民内過激派の反応を見ただけで、わかるはずなのである。それを、意図的に、このように書き入れてしまう、「日本語版の」国連サイトニュースに、信頼をおけない。
イラクへの、私から言わせれば、明確な侵略戦争を支持した諸国の提案を、全会一致で採択するとは、何事がおこったのだ・・・。これが正直な第一印象だ。
フランスは、ドイツは、中国や東南アジアの非同盟諸国はどう反応したのか。それを知りたいと思って、幾度かニュース検索を試みたが一向にわからない。インターネット上の情報がこの程度なのだろうか。それとも日本語以外のニュースソースでは、これ以上の「事実」が報道されているのだろうか。
TVしかり、新聞しかり。一方的に送られてくるニュースソース以外に、われわれ庶民が手に入れることのできる情報が、いかに限られているかということを、この日本国という、不可思議な国のなかにいると、たっぷり実感できる。
事の真相は、今後なんらかのカタチでなんとしてもつきとめたいと思う。
ようやく見つけた。国連で全会一致で可決された、イラク復興決議と、それにいたるつばぜり合いの内実が。TBSのストリーミングニュースの過去の記録をたどっていったらコメントが――
http://news.tbs.co.jp/first_ms.htm
完全にアメリカの思惑どおりに、事は運んでいないらしい。が、それにしても、このような国際情勢下で、もっともアメリカ大統領に「信頼」され、その貢献をほめたたえられているのが、日本政府の小泉首相であるということが、いったい何を意味するのか。
11月9日には、21世紀はじめの総選挙(衆議院議員選挙)が行われる予定であるが、ここで、アメリカとの外交政策方針の内容を、各政治勢力がどのように構えているのか、しっかり見ておく必要があると思う。
小泉首相の「引退勧告」をめぐってスッタモンダしている自民党さんはとりあえずおいといて、きょうのロイター通信のトップニュースに注目したい。
ベルギー国防相が、イラク派兵はしないと言明したとのこと。また、きょうから開かれる予定のイラク復興支援会議をめぐって、アメリカ合衆国のパウエル国務長官が悲観的観測をのべている――「ただちに成果があがるとは考えていない」と。
さきに国連安保理で全会一致で採択されたイラク支援法は、「国連中心のイラク復興」という点では、まだまだ不徹底さを残していて、これまで米英中心の占領支配という様相が色濃かった経過に批判的な国ぐにからの協力を確約できないまま推移してきた経過もあったから、ベルギーなどの対応も、当然といえば当然でてきて不思議ではない。
パウエル国務長官の、少々自信なさげな発言にも、そこらへんの国際外交事情が反映しているのかもしれない。頼れるのは、カネもヒトもどんどん出しますよと言ってくれている日本の政府・与党勢力くらいなものか・・・。
そこらへんを見ていると、今度の「内輪もめ」もなんだか「井の中の蛙」的なお家騒動にしか感じないのだが。中曽根元総理の小泉首相批判も、「大衆迎合」「国民の人気だのみ」の「独裁的手法」というような、わかったようなわからんような、批判をしていたが、やってきた方向は、中曽根さん当の本人が長らく志向してきた方向と、たいして変わらないのではないかと思うのだが。ただ、中曽根さん自身がカヤの外におかれて、第一線を退くカタチにされたのが「口惜しい」ということじゃないの?
やはりロイター通信の記事をみて、あまりのことに愕然とした。EU加盟国全体の支援額は来年、「総額7億ユーロ(8億2600万ドル)前後になる」とのこと。わが国では、小泉内閣が「初年度15億ドルの支援に加え、中期的な支援額として最大35億ドル、計50億ドルの支援を決定したと発表」。
日本1国の支援額が、複数の国によって構成されているEUの支援額をはるかに上回っているのだ。
実際には、「イラク復興支援」の名のもとに、米英軍占領支配が継続されるために使用されるカネである。小泉内閣を形成している与党議員の懐から出てくるカネではない。れっきとした国民の「血税」である。一体、この国の支配層は、日本の領土内に外国軍隊を半世紀の間駐留させている軍事同盟体制を、屈辱的だとは感じてないのだろうか。
その昔、「国賊」「売国奴」といわれた、徴兵拒否者や反戦主義者たちがいたが、いま現在の日本国の状態を当たり前と考えている政治家たちこそ「売国奴」ではないのだろうか。
なぜここまで米国に追従しなければならないのだ・・・。
21世紀初の総選挙になるらしい。たしか、第43回衆院選だったと思う。さいきん、地上波放送でTVを視聴していない。あのイラク戦争報道の「凄まじい偏りぶり」を見て以来、ほんとに、NHKのニュースを見ていると吐き気がしてくるのだ、ほんとに。神経症気味だと思うくらい。
だから、これは事務所でちょうど観た、日本記者クラブ主催の党首討論の印象なんだけれども、質問のなかには、道路公団にかかわる疑惑をめぐるするどいものも、あったにはあったけれども、だいたいが、「政権論」ばっかり。つまり、自民・公明・保守新の現与党の枠組みか、新民主党を中心にした社民を含めた枠組みか、共産党はどう対応するのか・・・。と、そういう質問が多かった。
政策の中身への認識を深める質問はほとんどなく、枠組みに関するものばかり。国民にとって、たしかに、現状は耐えがたい。なんとかしてほしい。だから、この現状を変えるためにはどうすればいいのかと、心底注目している人びとが確かに存在している(わたしもその一人だから)。
彼らが知りたいのは、政党の引っ付き具合ではないのだ。いまの現状がどう変わる可能性があるのか、あるのなら、それはどんな方向なのか、ということなのだ。たぶん(自分がそうだから)。それをもっとはっきりうきぼりにできないものなのだろうか。
民放の特集番組はまるでワイドショーだし、「おもしろおかしく」おちゃらかすだけだし。観ていて、正直、「そんな場合じゃないだろ!」とつっこみたくなるのだ。
友人や知人のなかには、一日一日、ギリギリのところで綱渡りのような生活を忍んでいる人がいるのだ。医療費の負担に、財布と郵便口座や銀行口座の残金を見比べながら、ためいきをついている人がいるのだ。
おちゃらかしで、あるいは視聴率だけで、この国の未来がかかっている、もっとも近代市民にとってかえがえのない「参政権」の行使に影響する「報道」を、貶めていて、それでいいのか・・・。
たまたま河口湖に行く機会にめぐまれて、御坂峠をこえて河口湖に入ったとたん、稜線がくっきりと秋空に映えている富士山が目に飛び込んできた。もちろん富士山に見とれていたら、そのまま谷底にまっさかさまなので、あわてて、視線を前にもどす。
帰りはすっかり夕空になって、雪をいただいた富士山の全体が赤々と輝きだしていた。まわりの山々も、もう朱や橙に色づいていて、夕日が照り返している。こういうときに、やっぱりデジカメがほしいと切に思う。そうすれば、ここにもその画像をアップできるのに。
湖畔では、やはり見事な富士の姿をとらえようと、カメラをかまえている人が幾人かいた。