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2003年08月 アーカイブ

2003年08月01日

資本論ノート12章アップ

参照すべき文献をどうもまちがえているようだ。資本論第1部第12章のなかに、アダム・スミスの「国家による国民教育の必要性」の主張について、書かれている部分がある。マルクスの『哲学の貧困』のなかでそれが考察されていると思っていたのだが、それに該当する叙述部分がどうしても見当たらない。どうも『諸国民の富』に直接展開されているらしい。

とはいえ、いまはちょっと支払いが集中する時期で本を買うにはタイミングが悪いし、たぶんゆっくり手元において読むというふうにはならないだろうから、県立か市立の図書館で探してみるつもり。なかったらどうしよう。

2003年08月02日

ほんとの梅雨明け宣言だ

きょう昼間のニュースを事務所のTVで見てたら、関東・甲信越・東海地方も「梅雨が明けたとみられる」と気象庁が発表したとのこと。はっきり「梅雨明けしました!」って言えないのは、このところさっぱり予報があたっていないからだろう。

ほんとにきょうの暑さときたら、夕方になってもちっともおさまらない。ただし、梅雨明けが8月にずれこんだのは、さいきんではめずらしいのだそうな。

小学生や中学生、夏休みを楽しみにしている子どもたちが、ようやく「らしい」夏休みを過ごせるわけだ。こちとらオトナたちは、暑さにまいっちまいます。

2003年08月03日

ほんとにまいっちまいました

暑い……。言わなくてもわかるって……。いやほんとに暑い。きのうは宿直で、今朝の体調の悪さは、蚊にさされてかゆみのために目が覚めた、寝不足のためかと思っていたが、この昼間から夕方にかけての暑さも、かなり影響してるとみた。

草がどんどん伸びてきていて気になってはいるんだが、外にでる気がしない。こんな紫外線がたいそうふりそそいでそうな、くそ暑い日に、だれが草取りなんかするもんか!

仕方ないから昼寝してたら、いつの間にか辺りが暗くなっていた。7時半過ぎてた。あ、そうそう。具合が悪くなってしまって、昼に早退。盆休み前だし、次の次の火曜日が定休日だからがんばろうと思ったが限界だった。

なんだかわからんが、やたらとノドがかわく。なんだこりゃ。このだるさと疲れは。横になっても立ってもどうにもこうにもおさまらない。

2003年08月04日

つばめ巣立ち

つい2週間前だったか、ピーピーと大きな口を開けて鳴いていた燕の雛のいた巣が空になっていた。
もう8月だものなあ。きっと渡って行ったのだろう。たしか燕も郭公も渡り鳥だったと思ったな。

2003年08月05日

すさまじい夕立/爆弾テロ!?

週に1度の定休日。朝からうだるような暑さで、それでも朝のうちには日陰になっているアパートの横の草取りをした。

先日から気になっていた水道管の水漏れのことで電話が入って、工事にすぐ向かうという。やっぱり雨のたまり水ではなかったのだった。メーターの手前の漏水だったので検針のときにもわからなかったのだ。その工事が終わったのが午後2時ごろだったか。ちょうど日陰がなくなって、陽射しがまともに照りつけるなかでの作業だったけれど、思ったより短い時間ですんだ。

この暑さじゃまいってしまうと、水風呂に入って、グダ?と横になっていると、にわかに空が暗くなってきた。午後3時ごろには小雨がぱらついていたが、風も出てきた。さっきまでのうだるような暑さがウソのようだ。すずしい風が心地よく吹き抜けている。

そのうち40分くらいたったころか、雲が厚くなってきて、遠くで雷が鳴りだした。かと思ったら、雨が大粒になって、一気にバケツをひっくり返したような豪雨になった。あっという間に玄関側のアスファルトの道路は「川」になってしまった。ちょうど排水溝が一番低い位置にあったからなのか、集中的に集まってきた水を処理しきれずに、逆流して道にあふれだしていたのだ。みるみるうちにアパートのまわりが水浸しになってきた。玄関先では、車がとおるたびに、小さな波が押し寄せてくる。床下浸水とまではいかなかったし、玄関にまで水が入り込むことはなかったが、急に降りだすと、こんなに水が処理されずにあふれてしまうものかと改めて思った。

現在すでに午後6時をすぎている。雨も小降りになり、水も大分引いてきた。「川」と化していた道も、側溝に流れ込んでいる水がうまく流れていくようになったおかげか、逆流してあふれでることもなく、どんどん水が引いている。雨はまだ小降りとはいえ、降り続いているが、急に寒さを感じるほどの涼しさになった。梅雨ではない。すでに夏の夕立という感じ。
まだ遠雷が聞こえる。PCが心配だったので、30分ほど前まで連続して発生していた雷におそれをなして、照明から扇風機から、TVから、電源をストップしていたのだが、ようやく復帰させた。

さきほどストリーミングのニュース配信でジャカルタのホテル爆弾テロのニュースを見た。
すくなくとも10人が死亡。けが人をふくめて被害者は100人にのぼるという。
まったく許せない! こんな手法を使っていったいなにが変わるというのだろう。
火種をまきつづけているアメリカのキリスト原理主義者にも怒りを感じている。

2003年08月07日

58年目の「きのう」

私が住んでいる甲府市も「非核平和都市宣言」を行なった自治体のひとつらしい。きのうの朝、8時15分、

「広島市に投下された原子爆弾による犠牲者を祈念し、黙祷を」

と市内に放送が流れ、鐘の音が響きわたった。その場でしばらく目を閉じていた。

けさの新聞で広島市長の平和宣言を読む。
胸が熱くなる。
政治家としての品格では内閣総理大臣よりもはるかに秋葉市長の方が高い。
闇のなかの光。高齢化してはいるが被爆者の「和解」の精神は現代世界にむけて掲げられている光だと、市長は高らかに宣言した。そして、アメリカ大統領や日本政府にたいする痛烈な批判。

「地方自治の精神とは斯くあるべし」

との感を強く抱く。

2003年08月08日

「愛の讃歌」の歌詞

本場フランスのシャンソンの歌詞の検索サイトで確認したら、「愛の讃歌」の作詞はピアフとはなっていなかったし、作曲者もちがってた。私がはじめ参考にしたのは学生時代に買ったシャンソン集だったのだが、実際にピアフの歌っている曲を聴きなおしてみたら、やっぱり私の手元にあるシャンソン集の歌詞と若干ちがう。

そこでシャンソンのページを訂正してアップ。訳詞もそれに対応して若干訂正。

2003年08月09日

奇妙な符合

けさ4時半に目が覚めてしまった。それというのもすさまじい風と雨音のせいだ。すっかり明るいのだけれど、表は確実に台風が近づいているんだと思わせる悪天候。頑固に干したままだった洗濯物を見たら、ほとんど落ちていたり吹き込んでいる雨にうたれてぬれていて、けっきょく全部洗濯しなおすことにした。

体調も最悪できょうは休んで明日出勤することにして、『指輪物語』の続きを読む。とても『資本論』のノートをすすめられるような集中力はなかったから。

物語はすでに第二篇「二つの塔」に入っていて、ここでも血沸き肉踊る描写がつづいていて、これまでになくトットと読みすすめた。この篇の前半では、ローハンとアイゼンガルドの戦いが描かれている。それに行方不明となっていたホビットの二人組、ピピンとメリーのエントとの不思議な出会いと胸を沸き立たせるエントたちのたたかい。

しかし、この前半のラスト、アイゼンガルドの「元」白の会議長であった「元」賢者サルマンの「声」のくだりで、ふと思い出したのだ。

きのうの昼、いつも世話になっている食堂で久しぶりに会う常連の客と話になって、先日の秋葉広島市長の平和宣言はすばらしかったとほめたたえあっていたが、少々気になる一言があったのだ。私は新聞記事でその全文を見て胸を熱くしたということを言ったら、その客が「いまあれだけの政治家はほかにはいないだろう。話っぷりがよかった」というのだ。

たしかにいい話をいい語り口で話す能力というのは政治家にもとめられるのかもしれないが、「中身もだが話っぷりのほうに魅了された」という客の反応に、少々危険だなと思ったのだ。話し方がうまい独裁者で有名なのはヒトラーだろう。さいきんだと、小泉首相や石原都知事。歯に衣着せぬ物言いが魅力だという人がいる。私はやっぱり中身だと思ったのだ。話し方は後からいくらでもついてくる。中身がはじめにありきだろう。

「サルマンの声」についての描写は、私がその時感じた危険なにおいとそっくり重なるものがあって、ちょっとドキリとしたのだ。

天候の方は、これが「嵐の後の静けさ」というものか、ピタリと雨も風も止んでしまった。いまごろは日本海側の地域の人びとが災難にあっているころだろうか。台風は西宮市に上陸以降、北寄りにコースを変えたらしい。

2003年08月12日

こんばんから帰省

とにかく盆休みというのは航空運賃の割引というのがなかなかなくて、それでも朝早く日本航空に「東京-福岡」間に3便の「特割」便があってたすかった。割引率は通常の日にくらべて格段に低いけど。

朝早くだから甲府からだと間に合わない。今晩は新宿あたりのカプセルホテルにでも泊まって朝の便に間に合うように行こうと思う。ついでだから、ひさしぶりに友人と新宿で待ち合わせをした。さいきんは東京方面にでることがトンとなくなってしまったので、いい機会なのだ。

しかし、ゆうべきょうの晴天予報をあてにして洗濯物を干しといたのだが、曇天。でかけるまでに乾いてくれればいいのだけれど。それに、折り畳み傘は職場に忘れてきたしなあ。雨がふらなければいいのだが。でかい傘を持って歩くのもなかなか旅路では荷物になってこまるのだ。

伯父の初盆でもあり、同窓生の初盆でもある。郷里では同窓生の有志が、亡くなってしまった同窓生の家をたずねることにしたそうだ。きのう連絡があった。同窓会の前に集まってご挨拶に行くことになっている。だれもかれも、わが身のことと重なって他人事ではなくなってきているのを実感しているという。そういう年齢になったのだなと思うのと、そういう労働環境に、みんなが巻き込まれているのだなと思う。

いとこたちは郷里の周辺にもともと住まっているので、連絡をとって会える人には会って、近況報告をしあうつもりでいる。

前回はPCをもっていったが、とても荷物になってかなわなかった。今回はパス。Web日記もしばらくはお休み。

2003年08月17日

きのうの夕方帰宅

ちょっと時間の感覚が混乱してるかも。帰郷して同窓生に会って、一気に20数年間の空白が埋まったような気がしていたんだけれど、その一方で、その20数年間でそれぞれの人生にふりかかってきたいろんなことを聞いたら、それなりの溝を感じたし。

ふるさとの風景は、一部の地域ではかなり変化していたが、少し道を入ると、ほとんど20数年前のまま。もちろん、「この前」まで中学生だった“はとこ”がすでに一人前の社会人でかわいい子どもをともなって初盆に来ていたし、同窓生だって、中学2年生の子どものいる人とか、すっかりそれなりの貫禄をただよわせていた。人間は相当変わっていたんだけれども。

ふるさとまでの往復路が、それなりに時間がかかったことは、この際、“時間差”を埋めてくれるのにとても役立ってくれた。たいくつするのがわかっていたから持参した『指輪物語』(文庫本の分冊で)全9巻を読了。大きな副産物であった。感動したし。感無量。映画も2?3倍楽しめるはず。

2003年08月20日

騒音公害

すでに22時をまわっているが、また今晩も、道をはさんで南向いのアパートから怒鳴り声が聞こえる。

母親が子どもを叱る声なのだろうと思われる。子どもがさわいでいる声はほとんど聞かない。むしろ母親のヒステリックな声が、夏の夜、開け放した窓からどんどんこちらにまで響いてくる。

いつごろからだったろうか気になりだしたのは。もうかれこれ1年にはなると思う。3日に1度くらいは、こちらの方がビクビクしてしまう。ふと“児童虐待”という言葉も浮かんだのだが、むしろ母親の方が切羽詰っている感じ。

叱り方だけではなくて、もともとああいうドスの利いた、あけっぴろげなしゃべり方をする人かもしれない。しかし、まわりにどれだけ声が響いていて、迷惑しているかくらい気をまわしてくれてもよさそうだと思うのだが。私のアパートより近い隣りや裏手のアパートの人がよく耐えていられるものだと感心する。子育て中の母親や父親というのはそういうものなのだろうか。

2003年08月21日

夏痩せ?

職場の上司が盆休みで太ったというので私も気になって体重計に乗ってみた。2キロ減っていた。あれだけ飲み食いしてばかりいたのに。しかも、いつもとちがって母親が3食すべてつくってくれるので楽だったし、酒もけっこうのんだのだが。

職場の同僚に話したら、往復の道のりで疲れたのではないかと言われた。たしかに楽な行程ではなかったけれど、ことしの2月に帰省したときにさんざんな目にあったので、それなりに覚悟して体調も整えていたから、もどってきてからも体調は良好なのだが。

これまでのジトジトとした天候とはうって変わって、きょうは夏日和。昼間の好天のおかげで洗濯物が乾いてくれました。そのうえ、夕立のおまけつき。夕方も涼しく過ごしております。気だるい夏の夜という具合。ああ気持ちいい。夜風が涼しくて。

とりあえず、食べるものを食べるべき時刻に食べて、よく寝て、よく休み、体重を早くもとの水準にもどさねば。とりあえず、60キロを下回らないようにというのが目標。

2003年08月23日

とうとう買ってしまった

トールキンの『指輪物語』を読み終えたらどうしても読みたくなったのが、『指輪物語』以前にトールキンが発行したという『ホビット』。

先日の休みに近所の本屋に立ち寄ったときに本棚を探したら、やはりあった。

今月は帰省のためにずいぶんやりくりしなければならなかったし、しばらくは大きな買い物などできないなと思っていたから、ハードカバーの本を買うなどそもそも論外だったはずなのだが、誘惑に負けてしまった。

買った本には幸いていねいな解説が掲載されていて、トールキンの執筆経過や苦労話、そしてこの壮大な物語世界の概観も添えてあるのでありがたい。

邦訳の題名は『ホビット ゆきてかえりし物語』。原題は“The Hobbit - There and Back Again”。『指輪物語』を読んだだけではよくわからなかったホビット庄の生活がもっとくわしくわかるかもしれないし、フロドがいったい人間からみて何歳に見えたのかもわかるかもしれない。ホビットの見かけ上の年齢についての描写は『指輪物語』ではようやく「王の帰還」篇のなかの、ピピンことペレグリンと、ミナス・ティリスの近衛兵ベレゴンドとの会話や、ベレゴンドの息子ベアギルとの会話から、おぼろげにわかる程度だったから。

2003年08月24日

愛は地球を救うか?

職場のTVで「愛は地球を救う」の放映がきょうだったのに気がついた。

愛は地球を救うのだろうか?

この場合の愛とはなにを指しているんだろう? 人類愛かしら。いまの国際情勢を目の当たりにして、このスローガンは私には欺瞞としか聞こえない。

この番組に寄せられる善意はたしかに本物だろうと思うのだけれども、それらの善意をふみにじる「もの」にたいする勇気ある批判が、番組のなかで語られるべきではないのだろうか。どう考えても無謀としか言えないような長距離マラソンなどをプロデュースして、それが成功するかどうかで、「感動」を呼ぶしかないとすれば、あまりにもここで叫ばれているスローガンは浅薄すぎる。

愛は地球を救わない。

2003年08月25日

万景峰号騒動

密輸品、それも麻薬など、明らかに反社会的物資の輸送に関わっている疑いがもたれている船だから、今回の厳重な点検、監視体制は当然といえば当然だと思う。これまで北朝鮮政府が行なってきた無法行為を考えれば、受入国側としても慎重にならざるをえない。

しかし、あの「帰れ」コールはいかがなものか。わが国には、本人の意向とは関係なく祖国から切り離されてながきに渡って生活することを余儀なくされた人びとがおり、その人びとにとって北朝鮮は「祖国」なのだから。

拉致問題を引き起こした国際的責任をどうあがなうかという問題と、今後の北東アジアの軍事的緊張をいかに緩和してゆくかという問題とは、密接に関わっていることは確かだし、拉致被害の家族の人びとの気持ちもわからないではないけれど、あの「会」のあり方は、それらを前提に考えても、どうも解せない点がある。

いま北朝鮮の無法は無法として批判することは重要だが、それを「制裁」によって是正させようとしても、不可能である。むしろ緊張を高め、悪循環に陥ってしまう危険性の方が大きい。拉致被害家族の悲願である家族の渡航、帰国の実現自体が遠くなってしまう可能性の方が大きいのではないか。

キムデジュン政権時に開始された「太陽政策」に学ぶべきだと思う。あれは「北風と太陽」の挿話からきている銘銘だと思うのだが、いま日本のマスコミと与党多数派が行なっている実際の言動は、「北風政策」ともいうべきものだ。それでは、国際的無法行為を繰り返してきた、国際的ルールに「慣れていない」無謀な政権を、ますますかたくなにしてしまうことになってしまう。

私は、北朝鮮のゆがんだ体制を批判すること自体は必要なことだと思うけれども、いまのマスコミの報道姿勢には、ただただ、アメリカの「悪の枢軸」国規定を「裏付ける」ことにやっきになっているか、無責任に敵対心をあおっているとしか見えない。

「いったいあなたがたはこの北東アジアという人口密集地域で戦争を引き起こしたいのか」と、彼らに問いたい。それがどんな惨劇を生むか、「イマジン」できる能力がないのかと。

2003年08月27日

火星大接近

60,000年ぶりに地球と火星との距離が短くなる日。甲府盆地の上空には厚い雲と薄い雲が重なり合っている。おまけに近くのバイパスの周辺にある店舗のネオンのせいか空が明るくて、いま午後8時40分現在、空には星一つ見えない。

国立天文台のサイトがすばる望遠鏡でとらえた火星の様子を最新の画像で紹介しているが、私はHubbleサイトの鮮明な画像を見て胸躍らせている。ガスにはばまれていないクリアな画像。くわしい説明もあって、なかなか見ごたえがある。

2003年08月29日

暑くて蒸す日

きのうの予報でも日中の甲府の気温は35度。予報はあたった。夕方になっても、日がとっぷり暮れても、なかなか暑さは引かず、午後9時をすぎてもまだ熱気がこもっている。ひさしぶりの熱帯夜になりそう。

こんな気候だから、体力も気力も落ち込みやすいのに、例の池田小事件の判決のニュースを見て、陰鬱な気分になる。

死刑制度がはたして刑事事件の減少につながっているのかということもつくづく考えてしまう。

私だったら……。この例えは、とても不謹慎かもしれないけれど、私が子どもを無残に切り殺されたら、やはり切り殺した相手を殺したいほど憎く思うだろうが、なによりその殺した犯人に罪の意識を感じて、死ぬほど苦しんでほしいと思うだろう。

けれど、今回の事件で、とてもやりきれないのは、加害者は、むしろ開き直って、人生そのものになげやりで、殺された子どもたち、傷つけられた子どもたちは、虚無的で排他的な彼の自殺的行為の道連れにされたにすぎないことがはっきりしたことだ。こういう人間に死刑という刑罰ははたして有効なのだろうか。被害者の家族ははたして救われるのだろうか。

私はむしろ、彼に、罪の意識を感じる人間性を取り戻させ、死ぬほどの悔恨に苦しむために、生かしておくべきなのではないかと思うのだ。

2003年08月31日

デフラグ試行錯誤

まったく「Windows Me.FAQ」様さまである。Cドライブのデフラグを試みると、10%ほどのところで再起動を繰り返し、挙句の果てに「一部にアクセスできない部分があるから、『完全』スキャンをほどこして再度挑戦せよ」というような指示が出て、その通りにやっても、結局同じように、10%までいったところで……。

「これは典型的な悪循環というやつだ。再セットアップしかないのかも」とまで落ち込んだけれど、そこはそれ、これまで数回の再セットアップを行ない、結局あまり得策ではなかったことを思い知っている私であったから、なんとかならんかと粘った。

こういうときは「虎の巻」本よりも、サイトを検索して助言を願った方が得策だというのもこの間悟ったところだったので、さっそくGoogleでサイトをさがしたら、先に紹介したサイトにヒットしたのだ。

「目からうろこ」とはこのことかと思ったけれど、デフラグという作業は、C:\Windows\Applogフォルダにあるファイル情報によって正常に行なわれるもので、ファイルのでかさが気になるときには、デフラグした後に削除する、というのがセオリーだと思い込んでいた。ところが、このFAQサイトによれば、Applogフォルダ内のファイルのなかに破損ファイルがある場合、デフラグ作業自体が正しく終了しない場合があるとのこと。とくに「10%ほどすすんだところで、それ以上すすめないような場合には、Applog内のファイルを削除してみよう」とあった。びっくり仰天。「あ、そうなの?」ってなもんだ。

さっそくご指示通りに削除したあとにデフラグを行なったら、かなり時間がかかったけれど、これまでに比べれば格段に早く一気に終了。ありがたや。これで再セットアップの必要も、いまのところはまぬがれたか。

さて、しかし、今回のデフラグ、はたしてなんの情報をもとに行なわれたのやら?

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