« 2003年06月 | メイン | 2003年08月 »

2003年07月 アーカイブ

2003年07月01日

…雨ふってます

まんまとハメられた。となりのおばさんに。梅雨が明けたと報じられたのは沖縄らしい。関東甲信越地方の梅雨明けはやはりまだまだ先でしょう。

いま雨降ってるし。例年では東海・甲信越地方の梅雨明けは7月20日ごろとか。

ただ、もともと雨量が少ない甲府盆地。しっかり降るときには降ってくれなきゃこまるんだろうし、農作物は。

ただ気分は滅入る。低気圧の接近にともなって、気分もどよ?んと落ち込んでしまう。

しばらくはこんな調子の気候が続くのでしょうか。

2003年07月03日

やっぱり書きつけておかずには…

イラク措置法とやらが国会で物議をかもしている。自衛隊をなんとしてもイラクへ送りたいらしいのだ。自民党さんや公明党さんや保守「新」党さんは。

伝わってくるニュース――CSのニュース番組かニュース・サイトの情報だけれど、一番ショックだったのは、CS・BBC放送の、英軍死亡のニュース。

占領政策への不満をデモンストレーションで表していた一般市民。警護にあたっていた英兵よりも人数が多かったそうな(そういう場合が多くて当然だけど)。ビビった英兵の一部がそのデモにむかって発砲し、けが人が出た。怒ったデモ参加者の一部に過激な人たちがいて、近くの警察所に押し入って、銃を奪い、英兵を射殺して、大騒ぎとなった。

国会の答弁で「イラクのどこで戦闘がはじまってもおかしくないという、米軍幹部のコメントをどうみているのか」という質問に、首相はじめ閣僚は、ただただ「非戦闘地域に派遣するのだから大丈夫」と言い張るばかり。

派遣される自衛隊員や家族の身になってみろってんだ!

一番もとめられているのは、イラク国民自身による国の再建だ。

警察力の整備はもちろんだけれど、病院の設備は、バグダッド市内だけでも、主要な医療施設は空爆で破壊し尽くされている。医療体制をはやく構築するために、国連が中心になって、医療専門家チームを組織して、最大限の人員を派遣するとか、教育機関の再建のために人を派遣するとか、やるべきことはたくさんある。

なぜ自衛隊という武装集団を送り込まなければならないのかというのが、私にはどうしても解せない。逆に憎悪の対象となり、石ならまだしも、銃弾を打ち込まれかねない、そんな雰囲気をニュース報道から感じているからだ。

武装集団でなく、むしろ丸腰の医師、看護婦、教師、ビルや橋の再建のための技術者、水道や電力供給のシステム復帰のために必要なありとあらゆる専門家の派遣。

どれをとっても、ユニセフなど、国連を中心とした国際機関でこそ十分に対処し、機能できるはずのことばかりではないか。

このさい、自衛隊派遣先にありき、という前提を捨て去って、国内のNGOとも連携して、一刻も早く、イラク国民自身の手による国の再建を開始できるよう、条件を整備すべきだ。

そのためにも、なにより、一刻も早く、占領軍は撤退すべし。

2003年07月05日

ハリー・ポッター4巻上読了

本を買ってから読み始めるまでがまず長かった。

ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)
[著者] J. K. ローリングJ. K. Rowling
[種類] 単行本
[発売..
>>Seesaa ショッピングで買う

読み始めても第1章がなんとも唐突で、第2章のあの胸糞悪いダーズリー一家の描写にたえることしばらく……。そこでたえきれずにストップ。

それから約半年くらい間をおいてようやく読了。それも上巻だけ。でも、ほんと、5日間かかったけど、ほとんど一気に読んじゃったもんな。ローリングさんと訳者の松岡さんに敬服。

2003年07月06日

58年前の「甲府空襲」

私の住んでいる甲府市の人口は現在20万人弱。

昭和19(1944)年当時甲府市の人口は約12万人強だったそうな。昭和20(1945)年はすでに主要な都市が爆撃され、3月10日には首都(当時でいえば帝都)東京が猛烈な空爆によって惨害をこうむった年である。当時富士川沿いに、B29の大編隊が東京方面にむかって飛んでゆくのを見たという人にあったことがある。

昭和20(1945)年、明日に七夕をひかえる7月6日。天皇制政府がポツダム宣言を受諾し、日本軍国主義が敗北し、戦争が終わったのは、それからわずか1カ月ちょっとであったが……。

この日の夜、139機にのぼるB29の大編隊が現われた。当時積翠寺町に住んでいた人に聞いた話では、B29は現在の甲府市和田町から古府中町にかけてまず焼夷弾を落としたそうだ。当時風は山風で、甲府盆地に北からの風が吹いていて風上にあたったこともあったらしい。また当時甲府駅北口付近には甲府49連隊の駐屯地があったと聞くが、この駐屯地の殲滅も大きな目的であったろう。

しかし、甲府市は当時でも県内でもっとも人口の密集していた都市であった。当然、焼夷弾による風上からの火災発生が、非戦闘員の住居地域をふくめ、市の全域におよぶことは容易に想定されていたはずである。

甲府盆地の北西部から山際をめぐるように焼夷弾が落とされ、その空爆によって発生した火災は夜方ふく山風にのって、当時の甲府市街地の7割を焼失させたという。被災者8万7千人、当時の甲府市人口の実に7割に達した。死者1127名。現在の酒折町、あの連歌発祥の地で有名な地域であるが、そこに長く住む年配の女性からも、この酒折駅付近まで火の手が広がったという。

甲府市は水晶加工技術で有名であるが、柳条湖事件以降、とくに昭和15(1940)年の「奢侈品禁止令」で間接的直接的に水晶・宝石加工業は様々な制約を受けている。それに軍事的産業政策の影響もあって、水晶発振子、レンズ、絶縁体等の軍需研磨品の生産体制に組込まれていく。昭和16(1941)年、太平洋戦争に突入する頃には、甲府市にも山梨県地方統制工業組合(後に山梨県海軍統制工業組合)が発足し、明電舎甲府工場は陸軍軍需工場となり、その下請け協力工場としても業者は働くことになった。太平洋戦争に突入翌年の昭和17年「企業整備令」によって、商業関係の従業員は、すべて動員され、軍需工場で働くか召集されて兵士となるかで、商業界は壊滅状態であったという。

甲府空爆は、このような軍需産業工場の破壊を戦略的目的として行なわれたのではあるが、はたして、それは人口密集地を完全に焼失させることを目的とした、非戦闘員をふくむ無差別殺戮作戦でもあった。

もともとこの無差別殺戮作戦は、日本軍国主義による皇軍をはじめ、ナチス・ドイツなどがまっさきに開始し、とくに中国の諸都市の壊滅(なかでも南京における大虐殺は世界的にも有名な愚行である)、ゲルニカの壊滅など、数え上げればきりがないほどである。しかし、その無法にたいして、無法でこたえることがはたしてゆるされたのか。

イラク・バグダッド空爆を思い、きょう、58年前の「甲府空爆」を思う。

当時の日本軍国主義の犠牲者であり、アメリカ軍の国際法違反の無差別爆撃作戦の犠牲者にたいして、黙祷。

2003年07月07日

カップラーメン

夕食にぜったい食べまいと思っている食べ物が「カップラーメン」だったのに、さいきんの気だるさと、食事をつくる意欲の喪失で、やむをえず食べるハメになってしまった。

食材はあるし、作る意欲がわいてくる瞬間は、「えいやっ」と機を捕らえてこしらえてしまうのだが、この2?3日はダメ。

天候のせいにしておこう。

2003年07月08日

ハリー・ポッター4巻下読了

きょうは定休日。午前中ひと寝入りする前にようやく読了。

ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)
[著者] J. K. ローリングJ. K. Rowling
[種類] 単行本
[発売..
>>Seesaa ショッピングで買う

なんかすごい展開。魔法界で「闇の魔法」による支配をほこっていたヴォルデモードがとうとう復活。しかし、ラスト近くでのヴォルデモードとハリーの対決はすごかった。あのクゥイディッチ試合の描写以上に、まるで映画を見ているよう。

圧倒的に力量のちがう相手を前に、さいごのさいごまであきらめずに立ち向かうハリーの態度に喝采を送った。ハリーのこういう姿に世界のファンもきっと喝采を送っているのだ。

現実世界にも似たような人や試練はたくさんあって、それから逃避するために、この本の世界に逃げ込んでいる人が多いのだろうかと思っていた。しかし、魔法界でも、魔法があるからこそできることもある一方で、魔法界だからこそ余計陰惨で滑稽で悲しいこともたくさんあるのだ。

この物語のなかで描かれるのは、たのしいことや心地よいことばかりではない。むしろ、独特の「闇」がある。親友の裏切り、身近な人の死や不幸、陰惨な殺人……。それなのになぜファンが多いかというと、やはり、この物語のなかに描かれている、信頼や友情や、試練に立ち向かう気概と勇気などが、現実世界でたたかい疲れている人たちを励ましているのだと思う。

2003年07月09日

長崎市幼児殺害事件の報道

カメラの映像から、被害者といっしょに歩いていた男性が特定されたとの報道。同市内の中学生だとのこと。

事件に深く関与していると考えられるので、事情聴取を行なっている。ただし、当該者が中学生であるため、警察は慎重に調べをすすめている
とのこと。本来は、これだけでいいのだと思う。報道内容としては、これ以上踏み込めないのだいまのところは。けさ早くネットのニュース配信でこの事件についての報道を見るかぎりでは、この中学1年生を県警が事情聴取をはじめたという事実だけでなく、
犯行時に14歳未満である場合、刑法は刑事責任を問わないから、事件への関与が明らかになれば補導し、児童相談所に通告することになる
ということまで言及してしまう。ほとんどのメディアがそうだ。容疑が確定することを前提に、この中学1年生の社会的抹殺がすすめられている。少年の冤罪事件が増加している大きな要因の一つに、このメディア報道のあり方があると思う。

たとえ、少年が事件に関与していることが確定したとしても、本来刑法や少年法などによって少年の犯罪にたいする対応が「教育的」なのは、少年犯罪が、たぶんに社会的背景をともなっていること。大の大人でも精神的に追い詰められ、やってもいない犯罪を「自白」するほどの警察の「事情聴取」のすさまじい実態があるからだろう。

メディア報道は、以前、松本サリン事件で痛恨の教訓を得ているはずであったが、基本的な姿勢はまだ変わっていない。

2003年07月10日

裁かれるべきは?

今回の長崎市幼児殺害事件は、殺害方法の残酷さに驚き、それが12歳の少年による行為であるらしいことが明らかとなってそれがまた衝撃をあたえた。二重に痛ましい、やるせない事件となった。

加害者とみられている少年の家族や親戚が「ワイドショー」的報道攻勢から守られなければならないし、被害者の家族もこれ以上傷口を広げるような報道は絶対にさけなければならないと思う。

今回の事件をめぐって、警察の対応に疑問が2点。

  1. 事情聴取のさいは任意同行が前提だが、報道によると少年は複数の刑事に一人で連れて行かれたとのこと。目立たない場所などの選定が必要だったにせよ、このことは十分注意されなければならないことだと思う。
  2. 被害者家族のコメントがこのタイミングで公開されたこと。殺された家族にとって、「コメントを」ともとめられれば、あれよりほかに言いようがない。しかし、新聞各社がいっせいに報道することがわかっていて、なぜ敢えてこのタイミングで公表しなければならなかったのか。
またぞろ少年法「改正」という論調がでてきている。しかし、厳罰化がなんの効果もないことは、今回の事件であきらかなのではないか。

少年犯罪には、それを生み出してしまう社会的一般的要因と、それが顕在化する特殊な要因と、2つの面があると思う。12歳の少年のなかにどんな「闇」があったのか。

人は誰しも多少なりとも心の中に「闇」の部分を潜ませている。それは年齢には関係ないのかもしれない。その闇を顕在化させるにたる契機は、いまの社会にはそこここにあふれているではないか。

テレビ番組では暴力シーンが当たり前のように登場する。なんの必然性もない、淡々と描かれる殺人や暴力、銃撃戦。「名探偵コナン」というアニメの主人公は幼児化した高校生だが、小学生たちの目の前に、殺されたばかりの死体があっても、アニメのなかの小学生たちはその「死」の恐怖や重大性にはほとんど無関心で、むしろいわゆる殺人事件の謎解きの方にすぐ関心をむけるのだ。

女性にたいする暴力の肯定的描写、弱者にたいする社会的いじめの蔓延――この場合、いじめは教室のなかより、むしろ職員室のなかで、あるいは株式上場企業の職場のなかで、有名工場の作業場のなかで、行なわれている。国際的「いじめ」の許容、推進。社会的弱者にたいする政策的「いじめ」あるいは間接的「殺人」。

裁くのは誰か。今回の事件で裁くべきはいったい何か。

2003年07月12日

「確信犯」考

どこの新聞だったか「日本語の乱れ」とかいう特集で、いくつかの言葉の意味の転倒や混乱を指摘していたが、ご多分に漏れず、私もこの「確信犯」という言葉の意味、間違って使用していたのに気づかされた。

私は「悪いこと、まちがっていることとわかっていて、あえて犯す事」という意味だと思っていた。辞典で調べなおしてみたら、小学館『国語辞典』ではつぎのように説明してあった。

道徳的・政治的・宗教的な確信をもって、正しいと信じておこなう犯罪。また、その犯罪者。[革命運動・宗教改革運動など]
さしずめ、例の鴻池防災担当相(青少年育成推進本部副本部長)の発言は、この「確信犯」という本来の意味あいで、確信犯的発言だったのだろう。そうでなければ、あれほど開き直れはしない。そしてまた、こういう人物を党内にそのまま温存しておく政党や、大臣として任命した総理大臣もやはり同様の「政治的な確信」をもっていたのだろうから。

なんという国だろう。われわれ国民は、このような人びとを国の代表として政治をあずけなければならないのだ。

2003年07月13日

うんざり…ぐったり…

夕刻から大粒の雨。いま午後8時。本降り。最近のテレビや新聞を見ていると、とても平常心ではいられなくなる。あの事件のショックをまだ引きずっている。

政治家の無神経な発言にもむかつくし、加害者が通っていた中学校の生徒が嫌がらせを受けているというニュースにもうんざりする。学校にも無言電話や嫌がらせの電話がしょっちゅうかかってくるとか。

ある学校では、教頭がこの事件を引き合いに出して生徒を脅したというし、ある学校では、「人権尊重を教えるため」と称してネットに流された加害者の(ものではないかと勝手に判断された)写真を教室で生徒に見せたとか。うんざりするニュースばかり。

いったいこの国はどうなってるんだ。

2003年07月14日

ぐずついてない天気

雨が大ぶりだったのにもかかわらず、調子がいいのはなぜ?
「ぐずつく」という言葉を調べてみたら(きのうから辞典で調べる癖がついてしまった)

  1. ぐずぐずする。
  2. 天候・病状などがはっきりしない。
と書いてあった。つまりようやく梅雨らしい「ぐずつかない」天候に、はっきりした天候になったためと思われる(勝手な自己診断だけど)。

2003年07月15日

Google検索フォーム設置

1年ほど前だったか、Googleのディレクトリ検索コーナーに、わが「資本論を読む」のページをリンクさせてもらえたのだが、こんどの大幅リニューアルを機に、検索フォームを設置させてもらった。画像はGoogleサイトにリンクしている。

Kyawa's Pageのトップページと「資本論を読む」の目次ページにフォームがあります。

2003年07月17日

草取りは一番のストレス解消法

時計を見まちがえてあわててベッドから起き上がったはいいものの、まだ午前5時半。あーあ。それからまた寝床に横になったが眠れない。まわりはとうに明るくなっているし。

カーテンを開けて外を見ると、もうどんどん草が生えてきている。この間草取りしたのに。なんという生命力か。見習おう。

とりあえず、草取りでもするか、とサンダルばきで外に出ておもむろに草取りをはじめる。「スコッスコッ」と雨のあとの土だから、気持ちいいくらい根っこからぬけるのだ。

「この野郎! こんちくしょう!」

いつの間にか、日頃たまっているうっぷんが、口からついて出る。なかなか草取りも、根をつめると逆効果だが、いいストレス解消法ではある。草をとったところは、くっきりわかるし。自分の「努力」のあとがはっきりわかるから、達成感もある。だがしかし、この気候であるからして、のんきに構えていては雑草の生命力に負けてしまう。取りあえず、出かけるとき、帰宅時には、目立つ草を5?6本ぬきながら家のまわりを歩く。

2003年07月20日

『資本論』ノート奮闘中

『資本論』ノートは、まだ第1部第12章第4節のところでもたついている。なんとか12章を全部ノートし終えてからUplodeしようと思っているのだが。

あっちこっち目移りして、行きつ戻りつしながらノートしているから、なかなかスイスイとすすまない。

そうこうしているうちに、共産党の不破哲三氏が共産党本部で行なった『資本論』全三部の講義集の発行がはじまってしまった。ノートしたところまで読むことにして、ノートしていないところは、醍醐味がなくなるから読まないようにしよう。とりあえず購入して積読状態にしてある。いまのところ発行は全7冊とのことで、いま2冊まで発行されている。

2003年07月21日

つばめの巣

何か書き忘れていたことがあったんだ。ようやく思い出した。19日の出勤のとき、いつもの交差点で信号待ちをしているときに、「ピーピー」という鳴き声にふと顔をあげたのだ。

つばめの姿をことしはじめてみたのはいつだったっけ。たぶん日記を読み返してみればわかるのだが、5月だったと思う。そのころ懸命につくったのだろう。小ぶりの巣が壁にへばりつくようにしてつくってあった。

自転車屋のおじさん、こそぎ落とさずに残しておいたんだな。孵ったばかりなのか、つばめの子が大きな口をあけて鳴いていたのだ。

そこはもう甲府市の市街地のなかだし、一方通行だけど車の通る道だし、交差点だし、よくもまあこんな騒々しいあぶなっかしいところで、無事に巣づくりを仕上げてきたもんだ。

さいきん人が死ぬニュースばかりで滅入っていたので、なんだか涙が出るほどほっとした。

2003年07月22日

検索フォーム設定奮闘中

CJ-CLUBさんがフリー配布しているサイト内検索フォーム(とほほのWWWサイトのWEBMaster杜甫甫さんのCGIをもとに作成されたらしい)で、膨大な文字数となってしまった「資本論を読む」内を検索できるフォームを設置しようと奮闘中。

わからないところがたくさんあって、試行錯誤中。サポートBBSで訊きまくっているのだが、CJ-CLUBの方が丁寧に対応してくださっている。あと少しで設置までこぎつけるかも。

2003年07月23日

梅の活用法

大家から大量にいただいた大ぶりの梅。2升の梅酒を仕込んだあと、タイミングが合わず、残りの梅は冷蔵庫のなかにしばらくそのままだった。そのうち青梅が色づきはじめ、どうしようかと思っていたところ、その話を、いつも昼を摂る食堂のおじさんに話したら、「梅酢」を仕込むといい、という。

「こういうものだよ」と、おじさんが仕込んだという梅酢の水割りをいただいて飲んだら、これがまたぜんぜん酢のツーンという刺戟臭がなくて、とてもうまい。「なんでこんなにまろやかなんですか?」と訊いたら、1年は経っているものだという。やっぱり時間をかけた分、うまくなるのかと思ったら、あんまり置きすぎても「梅酢」の場合は“うまくない”らしい。

そこで、残してしまった梅の実のうち、痛みだしているものをとりのぞいて、色づいているものを「梅酢」用に、まだ青いものを「梅酒」用に分けて、ジャムが入っていたガラスの広口でフタがねじ式になっているビンを使って、仕込んでみた。梅酢には梅と氷砂糖を多めに、酢はコップ半分程度。梅酒の方は、氷砂糖は少なめ、もったいないなと思ったけど、飲みかけの黒糖焼酎をドボドボとギリギリまで入れた。

これがもう5日くらい前のことだが、梅酢の方は、一晩で“水”が上がってきた。あっという間にビンの6割くらいのところまで。これは1年後が楽しみ。

2003年07月24日

久しぶりに夏らしい日

きのうとはうって変わって真夏日のきょう。陽射しもとても強くて。夜風が心地いい。

きのうの晩にもちょっとおしめりがあって、相変わらず、アパートのまわりの草は毎日伸び続けている。背の高いヤツ、目立つヤツから、少しずつ抜き取っていくのだけれど、ボチボチやっていたらキリがない。

ただこの作業をやっていて「出る杭は打たれる」という言葉がふと浮かんでしまって、いやな気分になった。いつもだったらいい気分転換になっていた草取りだったのに。なんで今朝にかぎって思い出さなくてもいい言葉が浮かんでしまったんだろう。

2003年07月25日

午後からはげしい雨

きょうは定期診察のために休みをとった。午前中に済ませて午後の軽い食事をとったら、ねむくなってそのまま昼寝。雲が多目の、それでも陽射しの強い暑い日になるなと思いつつ、家中の窓を開け放して、風を入れていた。

ふと気がつくと、ものすごい音をたてて雨が降ってきた。時々雷もなっている。風も出てきて、玄関横の網戸から雨が振り込んで、床が水浸しになっていた。あわてて振り込みそうな窓を閉めてまわった。

夕方から済ませようと思っていた用事がこれでキャンセルだ。約束していた方に電話でお話したけれど、自転車で外出しているものだから、こういう天候のときにはちょっと困る。

それにしても、ほんとうに久しぶりの本格的な雨である。もともと私の住むアパートの周辺地域は、その昔(といってもつい30?40年ほど前)まで、この程度の雨が降ると、一面床上浸水どころか、各戸に小さな舟を用意してあったほどの低地で、水はけが悪いところだったそうな。いまは改善されて、それほどでもないにしろ、やはり床下まで水が上がってくる地域が残っている。

このところおしめり程度の雨だったから、さぞや農家の方たちにとっては恵みの雨だったろう。しかし、近所の団地の周辺などはきっといまごろアスファルト道路が小川になっているにちがいない。

2003年07月26日

梅雨の晴れ間

おかげできのうの夕方からの土砂降りでキャンセルしてしまった用事をすませることができた、今朝の晴れ間。
それでも午後からはやっぱり雲が多くなってきて、夕方からまた“お湿り”。今朝の晴天を見ていたから、いつもは持ち歩いていた折り畳み傘をきょうに限って持ち合わせていなかったから、ちょうど帰宅時に振り出した雨のためにびしょぬれ。

赤毛のアン

2001年にスカイパーフェクTVに加入して、一番楽しみにしていたのは、いまは"TRAVELERS TV"と名前が変わってしまったけれど、英語版と日本語版とで「赤毛のアン」を放映していた、当時は"OKI DOKI"という名前の局だった。

赤毛のアン 完結版赤毛のアン 完結版
販売元 : Amazon.co.jp DVD
価格 :
[タイトル] 赤毛のアン 完結版
[出演]
[レーベル] バンダイビジュアル
[監督]
[種類] DVD

■商品紹介■
カナダのプリンス・エ..
>>Seesaa ショッピングで買う

きょうスカパーの「キッズステーション」でTVダイジェスト版が放映されているのを途中から見だした。はじめて「赤毛のアン」を見たときの感動や、スカパーで再放映を2度も見て泣きはらしたことを思い出した。

このアニメーションには、高畑勲、近藤喜文、宮崎駿など、いまや誰もが知るキャリアの持ち主がやはり関わっていたプログラムだったのを知ったのは、ずいぶんあとのことだった。この番組のなかでなぜ「奨学金」の獲得が名誉として描写されているのかを実感をこめて理解できたのは、日本における奨学金制度と根本的に異なる欧米の奨学金制度のことを知った大学生時代以降のことだった。年を経るごとに、原作のイメージをアニメーションの世界でこれほどまでに生き生きと花開かせることができた日本のアニメーターの力量の深さに驚いたのも、スカパーの再放映を見たときだった。

しかし、はじめて見たときの感動は、いまもなんども感動を呼び起こす。それは三善晃氏作曲、岸田衿子氏作詞のあのオープニング。当時私はアニメーションのオープニングテーマ曲で、あれほどまでに芸術的な曲を聴いたことがなかったのだ。まるで世界が無限に広がってゆくような、あの曲の印象は、主人公の想像癖や夢や野心や、人生の深さや人間の無限の可能性、愛情の広さと深さ、それら、このアニメーションドラマで感じることのできるすべての感動を、印象的に表現してくれていたのだ。

血のつながりがあっても兄と妹で、夫婦ではない中老の男女が暮らす「グリーンゲイブルズ」にやってきた、血のつながりのない天涯孤独の孤児の少女。彼らの間に展開される“波乱に満ちた”、堅実で豊かな生活。結婚の有無や、血のつながりのある子どもの有無をこえた愛情深い「家族」が存在するということを、なぜ原作者ルーシー・モード・モンゴメリは物語ったのだろうか。これらのテーマというのは、とても現代的でもあると思うのだ。

2003年07月29日

『指輪物語 旅の仲間』佳境

もう数カ月前に購入しているのにちっとも読み進めていなかった。

文庫 新版 指輪物語 全9巻セット文庫 新版 指輪物語 全9巻セット
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] 文庫 新版 指輪物語 全9巻セット
[著者] 瀬田 貞二田中 明子J.R.R. トールキン
[種類] 文庫
[発売日] 1997-02
[出版..
>>Seesaa ショッピングで買う

週に1度の休みの日にも、読めたり、寝る方がよくて読めなかったり。

ハリーポッター・シリーズもそうだけど、物語というのは、映画やアニメとちがって、読み始めの“食いつき”の良し悪しというのはあまりないようだ。どんな物語にしろ、その世界に入り込むまでに「忍耐」を要する。

指輪物語の第一作「旅の仲間」篇も、はじめのホビット庄の描写になれるまでに時間がかかったが、いま読んでいるガラドリエルの森――ロスロリアンにいたるまでの、モリアでの活劇とガンダルフを襲った悲劇の描写のすさまじさも、このホビット庄の牧歌的な生活を丹念に描いていたからこそ、より波乱あり涙ありの心地よさとなるのだろう。

私が購入したのは、10年ほど前に文庫本4分冊として刊行されたもの。いまようやく第4冊目に入った。さきに映画を観て、ぜひとも原作を読みたいと思っていた。映画も時間の都合でかなり編集のためにカットされた部分があるらしく、公式サイトで紹介されているDVDには、完全版が収録されているそうな。しかし、原作はより緻密に、トールキンの壮大な世界を描き出す。しかしまったく、トールキン独特のものか、西欧の感覚かはわからないが、自然にたいする感覚のするどさに驚く。

2003年07月30日

国連の公用語

NHKは地上波放送を見なくなって久しい。先日NHKのWebサイトをのぞいたら、こんどアラビア語講座が開設されるらしい。国連の公用語にもなっているということをはじめて知った。

さっそくUNのWebサイトを検索してトップページにジャンプしたら、英語、アラビア語、中国語(たぶん北京語)、フランス語、ロシア語、スペイン語のそれぞれの入口があった。たぶん使用している人口が多い順番に公用語とされたのだろう。

英語は「大英帝国」の植民地となった地域で使用されている言語で、北アメリカ大陸の3分の2以上の地域で使用されているのをはじめ、オーストラリア大陸でも公用語だし、インド亜大陸では準公用語だ。フランス語もやはり植民地となった東南アジアやアフリカ大陸の一部で使用され、カナダでは英語とならぶ公用語だ。スペイン語は「大航海時代」以降中南米大陸を中心に使用されている。ロシア語はロシア帝国だった広大な地域で使用可能だ。中国語は広東語も含めればそれこそかなりの人びとが話す言語だ。

そしてアラビア語。今回あらためて、この言語が使用されている地域の広大さを思った。西欧が「暗黒時代」とよばれた期間に、ユーラシア大陸からアフリカ大陸北部にかけて席捲したイスラムの大帝国があったのだった。

その地域がいまやアメリカという軍事的にも経済的にも「大帝国」となった国の一部の「キリスト教原理主義者」によってかく乱されようとしている。そういうときに、NHKでアラビア語講座が開始されることは、善きこと哉。

それにしても、そのことに、つまりそれだけ多くの人びとがアラビア語圏で古くから住まっているということに、こういうときでないと気づかないということに、いかに情報が西欧や米国にかたよっていたかということを思い知らされたし、それに私自身が慣らされていたのだということを思い知らされた。

2003年07月31日

夕方の遠雷

きょうは蒸した。かなり湿度が高い1日だった。夕方になって雷のゴロゴロという音が聞こえたから、そのうち一雨くるかと待ちかまえていたけれど、そのまま曇り空は変わらず。

この時期の雷というのは梅雨明けの兆しらしいのだが、先だってとなりのおばさんにまんまとハメられてから、「梅雨明け」という言葉に不信を抱いている。安易に信じないようにしている。さて今回はほんとうに梅雨明けの兆しだったのか、夕方の遠雷。

About 2003年07月

2003年07月にブログ「Past Log」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2003年06月です。

次のアーカイブは2003年08月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35