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2003年06月 アーカイブ

2003年06月02日

リニューアル!

これまでWord2000でHTMLファイルを作成してアップロードしていた、わがサイト。今回、大リニューアル完了!

Wordによるタグを一掃。表によるレイアウトをなくして、FLOATタグと、CSSですべてレイアウトした。

かなりの苦労があったし、Netscapeだと、Internet Explorerでは反映していたレイアウトが、くずれてしまうという目にもあって、なにがどう関係しているのかを解明するまで、かなりの忍耐力を要した。

今後も改善の余地はおおいにありそうだが、とりあえずのリニューアルを終え、今回、アップロード完了。

2003年06月06日

きょうという日に

いつかこの日記を読み返して、きょうという日に、自分がどういう判断をしていたのか、振り返れるように、やはり、きちんと書き留めておかねばならないと思う。

有事法案が参議院で可決成立した。
前の国会で反対していた民主党、自由党もふくめ、国会内の圧倒的多数の賛成による。
反対したのは、共産党と社民党だ。
しかし、国会の外の、国民大多数の声を代弁したのは、むしろ、共産党と社民党の議員だったと確信する。

誰でも戦争はイヤだ。
なかには、アメリカさんがいるから日本は安泰だという人もいるかもしれない。
しかし、私は、イラク戦争勃発にいたる経過と、勃発後の、言語に絶する惨害を知るにつけ、アメリカがやろうとしていることの実態が、ここにあるのだと、まざまざと見せつけられたと思っている。

日本がアメリカに守られているのではない。
日本はアメリカに占領され、血税をアメリカの世界展開されている軍隊のために湯水のように使われ、自衛隊はアメリカの補完軍隊として増強され、世界への覇権確立にむけて着々と態勢を整えているのだ。

私はこの数ヶ月地上波放送はいっさい見ていない。
事務所や食堂のテレビで有事法案可決成立のニュースを見た。
NHKの若いアナウンサーが、感情のまったくこもらない無機質な声でこう枕詞を言う。

日本が武力攻撃を受けた際の態勢を整えるための有事関連法案……
と。
いったい、現在、世界第2位の軍事費をつぎこんでいる世界有数の自衛隊という軍隊をもっている日本に、どこがせめてくるというのか。

北朝鮮のことが騒がれているが、飢餓・食糧難が喧伝され、独裁体制による矛盾があちこちに吹き出ている脆弱な社会体制である国家の軍隊とは、くらべものにならないくらいの軍事力をもっているのは、この北東・東南アジアのなかで、中国を入れても、日本がダントツなのである。

むしろ、アジアにとっての脅威は、さきの侵略戦争を美化し、世界有数の軍隊を、またいつか展開したような、侵略のための手段として、武力による威嚇の手段として使用するのではないかという脅威なのではないのか。

なんのことはない、「日本が武力攻撃を受けた際」とNHKアナウンサー氏は言うが、国会答弁によれば、この場合の「日本」とは、インド洋や紅海にうかぶ巡洋船であり、イージス艦なのである。アメリカと軍事的共同行動を、現在もなしくずしにとっている自衛隊が、今回のような法制度のもとで、実際に起動するとなれば、まさに、イラクへの侵略戦争のような戦闘行為に、日本の軍隊と、日本国民の財産、公務員、医師、看護婦、港湾労働者、船舶労働者、航空労働者などが、まるごと関わることになる。

たしかに法律は成立したが、具体的法令はこれから作成されるのだという。
断じて、この諸法案を生きて機能させてはだめだ。
あのイラク戦争のような行動に日本の同胞をまきこませてはならない。
一人たりとも、大義なき戦争のための加害者としてはならない。

私は、一般メディアには、すでになんらの期待も、要望も持ち合わせてはいない。
インターネットの世界は、その点で、世界の良心的情報発信者と、こだわりなく、制約なく、つながりをもつことができる。いま、この特性を存分に生かすことが、とても大事になっていると思う。
与えられる情報ではなく、自らの良心にしたがって、つくり、広げる情報へ。
世論は市民の生活感覚から生まれる。生存への欲求から生まれる。
断じてアメリカ政府のバカ殿と、フィクサーたちの、意のままに、世界世論は動くはずもないし、動かしてはならない。

2003年06月09日

入梅まじか

先週末、天気予報で8日ごろから、東海・関東甲信地方は入梅、という情報を得ていたのに、なぜか晴れてる。

それでも10日ごろから本格的に雨つづきになりそうなんだけど、心配しすぎて、洗濯をあきらめていたのに、こんなタイミングで晴れの日がまだ続くんだったら、もっとチャッチャとすませとけばよかった。

2003年06月11日

IRAQ BODY COUNT, 7000

IRAQ BODY COUNTという調査機関はイラクでの全面的な戦闘が終わったのちも、一般市民の殺傷された実態を調査しつづけている。つい3週間前だったか、5000人をカウントしたと書いたのは。いまミニマムで5500人、マキシマムで実に7000人をこえている。

米英軍の強引な侵略の最大の大義名分であった大量破壊兵器は、なかった。

殺された7000人をこえる老人、女性、子どもたちの命を、いったい誰があがなうのか。

小泉首相は先日、ブッシュ大統領の個人の牧場に招かれ、ブッシュの運転する車に乗せてもらってご満悦だったそうだ。7000人をこえる人間を殺した殺人者と同席して、さぞや楽しかったことだろう。

きょうも「党首討論」で、米英軍のイラク攻撃を支持した根拠とした大量破壊兵器の存在について、いったいその証拠をどこで入手したのかという質問に、おちゃらけて答えていたが、こういう集団によって日本の政治が動かされているのだと思うと、悪寒がする。

人間の痛みとか、人生の喪失感とか、そういうものとはまったく無縁なところで生きてきた人種なのだ、きっと。そうでなければ、あれだけの能天気さで、戦争と平和の問題を口にはしないだろう。

2003年06月12日

招かねざる…

去年だったか、ねずみに荒らされた顛末を書いたのは。きょう久しぶりにねずみとバッタリ顔を合わせてしまった。

ねずみに荒らされたり、ねずみに居心地がいいと思われないように、台所の流しには生ごみを放置しないで、きちんと蓋のしまるごみ入れに片付けるようにしているし、床もきれいに掃き掃除している。

それでもふろ場にある穴から入ってくるらしい。

前の住人か、大家が、洗濯機の排水口をつくるつもりで開けた穴らしいのだが、いまとなってはいい迷惑である。

幸い、昨年とはちがい、被害らしい被害はない。

なにかがかじられているということもないし。

だいたい、そういうことがないように、ねずみにかじられそうな食品は戸棚の奥にしまうか、ねずみがのぼってこれないような場所に保管してあるのだ。

そういえば、そのおかげで部屋のなかが片付いているのかもしれない。洗い物も放置したまま出かけることはなくなったし。そういう意味では、ねずみに感謝すべきか。

2003年06月14日

晴れのち曇りのち雨

ようやく梅雨入りらしい天気になった。
それにしても、朝の清々しさは格別だった。ただ、もう8時をすぎると猛烈に蒸し暑くなる。昼頃から曇りはじめ、午後4時すぎごろからパラパラと降りだした雨は、おしめり程度のこれまでの雨とちがって、苗を植えたあとの田に、一定度の水をたくわえられるくらいにはなったかもしれない。

MARIO FRANGOULIS

1年前、SonyMusicのサイトからたまたま出会った彼のサイト
サイトを開いたとたんに流れてきた曲に聞きほれてしまった。サイトのなかでは、彼自身がもっとも気に入っている曲、“Vincero, Perdero”を野外ステージで歌う彼と彼の歌声が動画ストリーミングで堪能できる。なんど観ても感動してしまう。

歌詞の意味はわからなかったけれど、哀感を帯びながら、朗々と謳いあげる、彼のストレートな声にとても好感をもった。なにしろ顔がいいもんだから、女性にたいへん人気があるらしいが、実力も相当なものだ。サイトの英語の案内によれば、この“Vincero, Perdero”という曲の歌詞、“I will win, I will lose”という意味らしい。彼自身がたどってきた人生と、成功までの道のりを、重ね合わせながら謳いあげているのだろうか。
サイトのなかで、英語ではあるけれども、彼の現在の活動状況から、キャリア、それに歌声の試聴までできる。とにかくサイトに入ってみて、堪能することをお勧めします。

2003年06月15日

IBC Web Counter設置

Netscapeでは画像レイアウトがズレまくっているが、とりあえずCenter指定は成功したのでアップロード。

とにかくなんとかリアルタイムで現状を知りたかったし、たまたま私のサイトをのぞいた人に、知ってもらいたかったので、カウンタ設置を試みた。なんとか成功しているようだ。

2003年06月16日

きのうの観劇―感激

山梨県内で屈指の文化団体、と言っていいと思う。甲府市内で主に活動している劇団やまなみの代表、梅津さんの、演劇人生50年を記念した公演「父と暮らせば」の最終日の舞台を観劇した。

この演目は以前NHKの芸術劇場の録画放映で見たことがあって、そのとき、娘の人生の岐路と迷いのなかに登場する、リアルな幻影であり娘の思い出の具現化である父を演じたのは、すまけいだった。

梅津さんはたびたび、原爆にかかわることを、梅津さん自身の生き方にかかわる課題といっておられたっけ。

今回の公演は13日の夜から14日の夜と最終日15日の昼間まで、3日間ぶっつづけであった。梅津さんの年齢から考えると、驚異的である。高校と大学時代に芝居をかじったことのある私には、舞台に立つことがどれほど体力を消耗するものか、よくわかる。それも1時間40分の長丁場を、ほとんど出ずっぱり。

梅津さんと、同じく劇団やまなみの坂本さんという女性俳優との共演、二人芝居であった。

坂本さんというすばらしい女優さんを知ることができたことはとても大きな収穫だったし、梅津さんが、この公演の準備を通じて、坂本さんという俳優を育て上げようという真摯な想いも伝わってきた。

はずかしいくらいに涙がとめどなく流れ出てしまって、会場を出るときに、泣きはらした顔をさらすのがとてもはずかしかったけど、しばらくは当時の広島市民の絶望や、後悔や、恐怖や、怒りや、悲しみのなかの希望や、そういうさまざまな感情に移入してしまって、興奮さめやらぬ状態だったっけ。

1日おいて、ようやく冷静に舞台を観た印象をなぞることができた。

2003年06月17日

すばる望遠鏡サイト提供のスクリーンセイバー

すばる望遠鏡のWebサイトのURLは
http://www.subarutelescope.org/

ここから最新ニュースのページにリンクすると、スクリーンセイバー提供の案内がある。そこからダウンロードさせてもらって、さっそくインストール。

すばらしい。

すばる望遠鏡の技術的概要の紹介もそつがないし、その技術的発展によって、マウナケアに設置されている望遠鏡がとらえた映像が、かなり数多く紹介されている。

その映像の鮮明さ……ただただ溜息。

そしてハッブルの映像や動画より印象的なのは、「またたき」である。マウナケア山頂から、大気を通して見ている天球がスクリーンセイバーでも再現されていて、星がまたたいているのだ。もう、ただただ感動して、スクリーンセイバーが早く起動するように、省電力設定を変えてしまったくらい。

一度お試しあれ。

2003年06月18日

Chanson Update

「桜んぼの実る頃」という歌は、「紅の豚」で加藤登紀子が歌った。彼女の歌声は私は好きではない。私の印象とまったくちがう歌い方しか聴いたことがないからだ。どの歌も。

オリジナルを誰がはじめに歌ったのか、記録がわからない。コラ・ヴォケールも歌っている。彼女の歌だったら、ぜひとも聴いてみたいものだ。どのように歌い上げたのだろう。コラ・ヴォケールがオリジナルで歌ったのが、やはりシャンソンのページに掲載している「サントロペへはまいりません」(一般的には「サントロペの思い出」)である。この歌の作詞は彼女の夫だ。

さて「桜んぼの実る頃」の歌詞を作詞したのは、なんとパリ・コンミューンの闘士だったそうな。発表されたのは1866年とのこと。それで、訳詞を途中まで現代語ですすめていたのを、文語調に訳しなおしたのだ。

文法的に気になるところもあるし、訳の上で、「あれ? ちょっとちがうかも」と思うところもあるから、またアップデートするかも。

2003年06月19日

台風がきてたんだ

地上波放送を見ていなくても、気象ニュースくらい見ろよ、と自分をつっこみたくなるくらい、きのうまで台風接近を知らなかったんだよなあ。私の生まれ故郷が、暴風圏内にスッポリと見事に入ってしまっていて、いまさっき、電話をしたら、庭の植木の鉢をしまいこむのにおおわらわだったそうな。それくらいですんでよかったよ、ほんとに。

こっちは体調最悪。低気圧接近が原因かどうかはわからないが、だるさは極限。出勤も帰宅も、「たどりついた?」っていうかんじ。

それでもって仕事はうまくはかどらないし。お互い話がすれちがったまま気まずくなっちゃうし。いいことなしの数日間。

これで空がピーカンに晴れ上がってくれれば気分も晴れ上がるのになあと思いつつ、田んぼに水が入るのか心配になって、中途半端のこの「梅雨」も困りもの。降るなら、ドシャーっと降って、そいでもって、カラっと晴れ上がる日があるのが、梅雨でしょうが。

ことしの「梅雨」のこの中途半端さは、いったいいつまで続くのやら。

2003年06月20日

梅酒を仕込む

ありがたやありがたや。わがアパートの大家さんから4キロ近くもおおぶりの青梅をいただく。

さっそく2升の梅酒を仕込んだ。1升は生協から購入したブランデー「風」リキュール。要はカラメルと香料で、それっぽい風味がついてるだけのなにやらあやしげなもの。もう1升はみんなが一般的に使用しているホワイトリカー。あと2升仕込めるぞ。ビンを買ってこなきゃ。

それにしてもこの作業を午前9時ごろやっていて、10時半に定期診察に出かけたのだが、久しぶりの晴天のせいもあったのか、すっかり気分も晴れ上がった。

友だちからのメールでは「暑い暑い」という。そういや、病院から帰宅してから草取りを少ししたら汗ダクダクだったけど、そんなに「暑?」っていうほどでもなかったのだが、かの友人のメールによれば、甲府は午前中32度まで上がったそうな。富士山の北ろくの富士吉田市でも「夏のようだ」というから、凄まじい日だったそうだ。

まわりが田んぼだったからか、窓と玄関を開け放していたせいか、とても快適にすごせたんだが。

2003年06月21日

市内は暑い

あっちっち。やっぱり郊外とちがって市街中心部は暑いよー。夏日でありました。

しかし空梅雨だよな。このまんま雨が少ないと、お百姓さんがほんとうにこまっちゃうんだけどなあ。

さて梅酒の方は、お金の余裕が現局面では、ないので、とりあえず青梅が痛まないように冷蔵庫にしまって、月末の給料日まで待つことにした。青梅がもちますように。

2003年06月22日

夏至

きょうは夏至だったそうな。昼のニュースを職場で見ていて、知った。そう言えば、きょうは6時45分の退社だったが、7時すぎまでまわりが明るかった。

ところがあいにく空には雲。これで雲が少ないか、ほとんどなければ、もっと昼間の時間の長さを楽しめたのに。それにしても、もう夏至だ。もう今年の折り返し点だ。

そう思うと、なんだかまだ8月にもなっていないのに、これから一途、冬に向かって日が短くなっていくんだなと思う。

2003年06月24日

「桜んぼ実る頃」考

シャンソン「桜んぼ実る頃」を訳し終わって、あらためて詩の内容を思ったら、やっぱりこれは酒場で、酔った男連中が肩をくみあったりして、大勢で歌った歌なのではないかと思った。

よく似た光景を思い出したのだ。アニメなんだけれども、「母をたずねて三千里」というフジテレビ系で放映され、いまも人気のある作品のなかで。

マルコが母親をたずねたずねて、とうとうアルゼンチンの内地深くにたどり着くのだが、そこで、イタリアからの船のなかで知り合った同郷人とばったり出会って、困っているところを、イタリア人入植者がよく集う酒場で助けられるシーン。

そこでイタリア男たちが歌っていた歌が「さらば恋人よ」。

綴りがわからないけど、イタリア語であることはたしかだろう。“ベラ・チャオ、ベラ・チャオ、ベラ・チャオ、チャオ、チャオ”といって肩を組みあい歌うのである。「さらば、さらば、恋人よ」の歌詞で知られている、かの歌である。

2003年06月25日

同窓会の案内

どういう偶然なのだろう。先日、中学校時代の同窓会の案内ハガキがとどいたのだが、その次の日には、実に20年ぶりに今度は高校時代の後輩からメールが届いたのだ。

中学校同窓会にはたびたび出席したことがある。今度は急逝してしまったクラスメートの一件もあり、

「やっぱり会えるうちに会う機会を多く持とう」

という趣旨らしい。この8月のお盆の時期に同窓会を予定してくれたのだ。

ふるさとの町にはけっこう同級生がいて、時折みんなで集まっている様子。ただお互い家族もいることだし、ほんとに、こんな機会でもないと、集まりにくいよな。

私はといえば、もっと質が悪い。だいたい帰省自体、あんまりしなかったし。こういうことでもないとウチに寄り付かない。帰ったときも知人に知らせることもしないし、のんびりぼおぉっとすごして、すぐもどってくる。

すでにこれまで生きてきた年数の半分をこちらですごしているから、物心がついてから数えたら、すっかり山梨県人である。こっちの風土にカラダもなれてしまったし。ことしの2月だったか、ひさしぶりに帰省したときには、体調をくずしまくってたいへんだったのだ。

しかし、高校時代の後輩からのメールにはおどろいてしまったし、なつかしかったな。当時の同窓生とはいまやほとんど交流がない。そのなかでもサークルが同じだった友人からは、年賀をいただく。ありがたいことだ。今度の後輩からのメールの件があってから、もう一度きちんと連絡を取り合ってみようと反省した。

この盆に予定されている中学校時代の同窓会。前後3、4日しか滞在を予定していないが、連絡がとれるところに取りまくってみるか。

2003年06月27日

夏の気配は網戸に

夜になって寝床にはいるときに、冷房装置のないわが部屋は、窓をあけるしかないけど、とりあえず夏至がすぎるほどの月になったとはいえ、まだ肌寒いし、完全に開けっ放しにするわけにいかない。寒すぎる。

それ以上にイヤなのは、蚊。

あれがとくに足の指の先を噛むと、かゆみで眠れなくなる。

蚊がはいってこないようにするためには、網戸にしたうえでカーテンをひく。玄関脇の小窓をあけて障子戸を閉める。そうして暑さをしのぐ。

ついでにさいきんはすっぽんぽんで寝る。

2003年06月29日

ほんとに梅雨、明けるの?

となりのおばさんから聞いたのだが、梅雨が明けるらしい。はて、梅雨はいつ来たのやら。来るくると言っていたから、いつだいつだと待っていて そういえばこの間、午前中だけとか、夜中だけとか 2、3回ドシャーと降って、それっきりだったから そろそろ本降りの季節に入ってもいいよな

と思っていた矢先、はや、梅雨明けだそうな。

おいおい……

でも、これまでにもなんどかあったけど、気象庁が梅雨明け宣言したあとに、たっぷり雨が降ったなんてことは2度や3度じゃありませんでしたよ。

ちなみにきょうの甲府盆地は真夏日で、35度はくだらなかったのじゃなかったろうか。

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