スペースシャトル事故
もう2日前のニュースだ。NHKの朝の連ドラでちょうど宇宙飛行士をめざしている若者の物語をやってるけど、この事故でシナリオに影響があるんじゃなかろうか。
やっぱりまだまだ人間が地球の引力圏から離れて、またもどってくるということは、技術的に安定していないことなんだと、つくづく思った事故だった。
それと、これは顰蹙ものかもしれないが、違和感を感じたのが、報道のなかでみたアメリカ・テキサス州のある男性の一言。
シャトルはもちろん、乗組員のカラダも服も、かなりの広範囲に落下していて、そのうち乗組員のものと思われるバッチを見つけたその彼が、つくづく言っていた。
「思わずふみそうになって……。よく見たらバッチでした。乗組員の名前が書いてあって……。それを読んだときに涙がでてきて……」
たしかにさもありなんと思いながら、私は欺瞞を感じてしまう。
いまアメリカ政府はイラク攻撃の口実をやっきになってつくりあげようとしている。どうしても戦争をはじめたいらしい。
アメリカによって空爆をうけたアフガンでは、何人の罪なき人たちの肉片がとびちったことだろうか。またバクダットで、その行為がくりかえされようとしている今、スペースシャトルの事故による被害者には涙をながせるアメリカ国民と、それを痛ましく報道する日本の放送局が、同時に、戦争をひきおこすのをよしとするか、それを助長するような報道をしていることに、なんとも居心地の悪さを感じるし、素直に、ニュースを見られないのだ。